明治仕舞屋顛末記

祐*

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第一部 《鬼手》と《影虎》

撃ち合い(二)

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 きん、と鉢金が鳴る。番傘がどしゃりと地に落ちる。
 互いに、遅れた。

 居合いで抜かれた後に、拳が入った。斬りつける前に、拳が入った。

 ばっと後退って間合いを取ると、隆二と晃政はふ、と息をつく。
 しばらく見つめ合って機を計りながら、一分の隙も見せない。
 絡み合う殺気の中、隆二の眉間に僅かばかりの皺が寄る。

「《影虎》よぉ……下諏訪に、覚えはねぇか」
「下諏訪……?」

 唐突に出された地名に、晃政は惚けた声を出す。剣呑な光を湛えた瞳を向けたまま、隆二はさらに言い募った。

「じゃあ、碓氷峠はどうだ?」
「!」

 晃政は、ぐ、と刀を持つ手に力を入れた。

 ——あまり、乗り気はしないが

 そんなことを言いながら受けた仕事が、なかったか。

「お主、まさか……」

 下された命は、かつては仲間だった隊の殲滅。
 隊長が説得に応じ出頭した隙を突いた、闇討ちだった。
 幾ら気が乗らぬとも、命に従い、無表情で、無感情で、斬って捨て、任務を遂行するだけ。
 それがかつて《影虎》と呼ばれた自分の仕事——生きる道だった。
 疑問も反論も、すべてその刃で決着をつけた。
 絶望に討たれて血溜まりへ倒れゆく男たちの中で、最後の一人まで手を緩めず、白刃を肉に沈めていく。

 ——許せ

 全て終わって呟いた言葉は、彼らに向けたのか、己に向けたのか。

「赤報隊所縁のものか」

 低く絞り出した声に、郷愁漂う声音が応える。

「九つの、餓鬼だったんだ。たった一人の四番隊なんて呼ばれちゃあいたが、俺は赤報隊隊士だった」

 確かめるように言い切って、別に責めているわけではないと隆二は言う。

「逆賊、不穏分子、偽官軍、どれも間違っちゃあいねぇかも知れねぇが、それでもあの人らは俺の家族だった」

 それを見捨てた維新政府、きっかけとなった志という名の私欲。
 志士という肩書きに囚われて、本質を見誤った時、彼らは紛れもなく討たれる対象となったのだ。
 責めるというなら、一番近くにいながら止めることのできなかった、無力な自分自身だ。

 《影虎》という人斬りは、その名を馳せた頃から一貫して、を進んでいた。
 無慈悲で、容赦のない、殺戮。
 見るものによって、まるで救世主のように、或いは死神のように、降り立ったその地を血で染め上げる。
 善でも悪でもない。そして、善でも悪でもある。

 ——人斬りは、人斬り

 命を受ければ、斬る。敵であれば、斬る。
 大義名分を掲げているわけでもない。ただ、斬る対象がそこに在るから斬るのだ。
 刀を握ったその時から、斬ることだけを追う人斬り。
 圧倒的な強さを持って、徹底的にそれを貫く人斬り。
 相楽の死を、志を持った男達の最期を見た隆二にとって、それは、心地よいほど単純な、それでいて真っ直ぐな志に思えた。

「おまえにとって、赤報隊は、数ある斬るべき相手だったんだろ」
「それは……」
「道を外れたのは、あの人たちだ。恨んじゃあいねえよ」

 ただ、と隆二は、少しだけ眉尻を下げる。

 二度も家族を喪う絶望を抱えて、誰も、何も信じずに、ただ生きていた。
 なのに、未だに時折胸に訪れるこの痛みはなんだ。
 初めは皆、本気で日の本の為になると、闘っていた。
 あの情熱を知っているから、それに惹かれて、共に生きようと思った幼い自分。
 それなのに、全てにおいて行かれるように投げ出された。

「何が正しいとか、間違ってるとか、もう考えるのはやめだ」

 本当に、何もかも、偽りであったと信じたくはない。
 あの人の心が何処にあったのかは、もうわからないけれど、志のために、信じるものを貫くために、ああなってしまったことはわかる。
 それが、酷く恐ろしい。

「だから、俺ぁおまえと撃ち合わねぇとならねぇ」
「……」
「明治の世になってまでそんなものを振るっている人斬りが、未だに人斬りであれば」

 ——俺を斬れるはずだ

 そう隆二は言う。
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