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第十章 終わりと始まり

10-13. 教会での宣言

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 にこにこと満面の笑みのヨルンとは対照的に、室内のほぼ全員が頭を抱えている。

「やられましたね……」

 法皇の側に座ったラヴレが苦笑しながら、手にした紙束を眺めて呟いた。
 そこには、『号外』の文字とともに綴られる、ヨルンと《始まりの魔女》のと、各国王族関係者、貴族やマスコミからの教会へ対する問い合わせの数々。

 その日の夕方には各地の関門駅にまで出回っていた号外に、ヨルンとユウリは教会へと呼び出されていた。

「不可抗力ですぅ……」

 涙目のユウリが反論する。彼女の意思では、決してない。
 まさかヨルンが、あんな強行突破をするとは思わなかったのだ。

「ヨルン!」

 勢いよく扉が開いたかと思うと、銀の長髪を振り乱しながら、大仰な外套を羽織った男性が駆け込んでくる。
 その姿を見て、ユウリはあ、と口を開けたまま固まった。

「ヨルン、お前は一体……!!」
「父上、本日もご機嫌麗しゅう」
「麗しくない! 全くもって麗しくないぞ、ヨルン!!」

 机に拳を叩きつけて怒りの咆哮をあげる人物は、まるで数十年歳を取ったヨルンのようで、更にヨルンが彼を『父上』などと呼んだお陰で、ユウリは酸欠の金魚のように口をパクパクとさせる。

「まあまあ、スヴェン陛下。まずは一度お座りになって……」

 法皇が取りなすように促すと、彼は大きな溜息をついて、ヨルンの向かいの椅子を引いた。
 そして、ヨルンの隣で心臓が口から飛び出しそうになっているユウリと、ばっちりと目が合う。

「ああ……もしかして貴女が」
「《始まりの魔女》、あ、いや、ユウリです! お初にお目にかかります、お義父様!」

 ヨルンがキョトンとした後、嬉しさを隠しきれないように吹き出した。
 余りの緊張で、初対面の四大王国の一国王に向かってとんでも無いことを口走ったユウリは真っ赤になって、再び固まってしまう。

「……スヴェン=ブルムクヴィスト、フィニーランド王国国王だ。お目にかかれて光栄です、《始まりの魔女》」

 ユウリの様子に柔らかに微笑んだスヴェンは、彼女の手をとり、その甲に口付ける。
 あわあわとするユウリとは裏腹に、ムッとした表情のヨルンがすかさず彼女の腕を引っ張った。
 スヴェンは、諦めたようにため息をつくと、誰に言うでもなく呟く。

「……全く、この愚息が誠に申し訳ない」

 それに応えるように、法皇が苦笑しながら、先程ラヴレが眺めていた紙束をトントンと指で叩いた。

「何はともあれ、ガイア王国とパリア王国へは、各王子が説明に向かっておる。ノーラン王国は、その、なんだ、『研究に協力していただけるのならどうでもいい』と返答が返ってきてな」

 各国へは、青天霹靂の号外を見てすぐ、スヴェン自身も書簡を出している。
 しかし、教会から呼び出されるまで、息子と《始まりの魔女》が恋仲などと、半信半疑だった。
 その真実を目の当たりにして、スヴェンは頭を抱える一人に加わる。

「言ったでしょ、ユウリを教会になんか渡さないって」
「ヨ、ヨルンさん……」
「このまま、ユウリが《始まりの魔女》だって広まれば、否が応でも《魔女》とおんなじ扱いをされるに決まってる。四大王国の王子が皆味方だからって、安心なんて出来ない」

 法皇をじっと見据えながら、ヨルンはきっぱりと言い放った。
 彼は、教会がユウリを囮にクタトリアの残党を洗い出そうとしたことを、強烈に皮肉っている。
 ただ一人で闘おうと、自分が何者かも分からずに、心を擦り減らしながらもがいていたユウリの葛藤を知るからこそ、それを利用し、彼女の命を危険に晒した教会を信じ切ることは出来ない。
 《始まりの魔女》としてしかユウリを見なかった法皇も、嘘の歴史に踊らされたからといって、その強大な力を恐れるあまり単純に封印という方法を取ろうとした幹部会も、許せなかった。
 それでも、ユウリが全てを赦し、世界の為に《始まりの魔女》であろうとするなら、彼女を『ユウリ』として守るのは自分の役目だと、ヨルンは決めていた。

「と言うわけで、父上。今更反対されても、母上には許可は頂いているので」
「ちょ、おま、いつの間に!? え、て言うか、アーネ、俺に何も言ってこないけど!?」
「ヨ、ヨルンさん、私全然聞いてないんですけど!?!?!」

 父親であるスヴェンをまるっと無視して、ヨルンはユウリの慌て具合に拗ねる。

「ユウリは、嫌……?」
「い、嫌とかそういう以前に、心の準備というものが」

 鬱になりながらハーッと息を吐き出して、スヴェンは真顔でヨルンに向き直った。

「真面目な話、ヨルン。お前はこれがどういうことかわかっているのか」
「わかってるよ」

 事も無げに言う息子に、スヴェンはますます鬱になる。
 彼の頭脳明晰さは知っている。確かにわかっているだろう。わかっている上で強行しているから、厄介なのだ。

「多分口さがない連中は、フィニーランドが《魔女》の恩恵を独占するかもしれないとか、本当に《魔女》はとか、噂するだろうね。だから、教会は俺たちを引き離しておきたい。折角皇帝を始末して、教会の権力が戻ったところに、また悩みの種が増えることは避けたいよね」
「手厳しいですね」

 ラヴレが苦笑する。幹部会で、《魔女》封印派であった長老達が、今まさにヨルンが指摘したようなことを囁いていたのを知っている。

「俺はそういうのも含めて、ユウリを守るって決めたんだよ」
「ヨルンさん……」

 自身の行動から派生する不利益すら何もかもわかった上で、ヨルンはユウリを守るためなら何でもすると宣言した。
 スヴェンは最早、呆れ果てたように眉間を揉んでいる。
 ユウリは、困ったようにヨルンを見上げ、考え込むように瞳を伏せて、それから、上目遣いで睨むことにしたようだ。

「勝手に決めて、そんなこと言うなんて……」
「ユウリ、俺は」
「ヨルンさんがそう思ってくれるように、私だって、私のせいでヨルンさんが、フィニーランド王国が悪く言われるのは嫌です」

 更に言い募ろうとしたヨルンは、予想外のユウリの言葉にぽかんとして、額をコツンと合わせると、ごめん、と呟いた。
 それを見て、法皇が苦笑する。

「まるで似た者同士だな」

 そうして、ラヴレ、と嗄れた声で告げると、それを受けて、ラヴレが立ち上がる。

「ユウリさん、ヨルン君。ここにスヴェン陛下をお呼びしたのは、教会からある提案をしたかったからです」

 二人は顔を見合わせる。ただ、かき回してしまったことを叱責されるために呼び出されたのではないのか。
 戸惑いの表情を浮かべる二人に、ラヴレは少々言い難そうにその提案を切り出した。
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