異世界の魔女と四大王国 〜始まりの魔法と真実の歴史〜

祐*

文字の大きさ
上 下
106 / 114
第十章 終わりと始まり

10-7. 『不死』の術

しおりを挟む
 ここは——。

 アトヴァルの末弟——アルカディ=クタトリアスは、重たい瞼を無理やり押し上げる。手足を拘束され、冷たい石床に転がされている彼の周りを、数人の男達が取り囲んでいた。

 《始まりの魔女》消滅の儀式の後、イェルディスと別れて帰宅する途中に何者かに襲われた。
 酷い拷問を受けたのちに、意識を失った彼が目覚めたのは、教会奥深く、クタトリア最後の皇帝の石櫃の前だった。
 男達は、彼をじっと見つめるだけで、一言も言葉を発しない。
 腫れ上がった目をやっとの事で開いて目を凝らすと、畏れ多くも実兄の石櫃の上に腰掛けるようにしている人影が見えた。

「よくもやってくれたな」

 丸まった背中、嗄れた声——だが、その声に聞き覚えがあるような気がした。
 漆黒の闇に溶けるような男が身じろぎをすると、薄く入る光の中、フードの中がちらりと見える。

「兄……上……?」

 先の戦で、重症を負ってのちに死んだはずの兄が、アルカディの目の前で、動いて喋っている。
 彼は一瞬、自分が既にこの世のものではないのではないかと錯覚した。

「お前もクタトリアスの血を受け継ぐもの……なぜ裏切った」

 けれど、嗄れた声はアルカディを的確に糾弾していた。
 拷問の中で告白させられた事実を、知られている。
 自分の裏切りで、夢を叶えんとする同胞達の計画は潰えた。
 では、その『夢』とやらは、

「兄上……どうして」

 生きておられるのだと続けようとして、アルカディはぎょっとした。
 フードを背に落としたアトヴァルの顔が、半分腐り落ちている。

「ま、まさか、禁術に手を出したのか……」

 《始まりの魔女》から与えられた多くの魔法。
 それらを理解し、引き出し、実行することは、各々の知識や魔力量にかかっている。
 《魔女》は生活魔法に始まり、攻撃魔法、防御魔法、合成魔法、促進魔法……加えて、禁術や呪いを含むありとあらゆる魔法を、一瞬にして、平等に分け与えた。
 禁術や呪いが何故禁じられているのか——それを理解するには、それがどのようなものであるかという知識が必要だからだ。

 それを逆手に取って、禁術であることを知りながら真っ先に実行したのは、奇しくもだった。
 アトヴァルの命の炎が消える寸前に、帝国軍は、命の時間を完全に止める禁術を使用していた。
 ただ、流れ出る血液が止まり、再び目を覚ましたとしても、治癒魔法では傷は治らず、其処から徐々に腐り落ちていくのを止められないようだ。

 今まで押し黙ったままだった周りの男達が口を開く。

「《始まりの魔女》の魔力を奪い、我が皇帝に与えることが、我らの使命なのだ」

 それはまるで、彼女を貶めるために流された噂を擬えるような申し開きだった。

 ——魔力を全て与えて、世界を牛耳る

 果たしてそんなことが可能なのか、と考え、アルカディははっとする。

「《契約の地図》を狙っているのか」

 魔女にしか書き記せない、強制力を持っている不思議な地図。
 それを書き換えることが出来れば、確かに世界を手中に収めたも同然のこと。

「お前が、あのいけ好かない魔法オタクと結託さえしなければ、既に我が手中にあったものを」

 ギロリと睨みつけられて、アルカディは震え上がった。
 《始まりの魔女》は霧散しただけで、いずれ必ず復活する。
 それを知られてしまった今、自分が何故、この場所で兄と対峙しているのかを思い知らされた。

「色々と研究していたのはわかっている」
「あ、兄上……」
「お前は、人一倍臆病だった。だからこそ、《魔女》に取り入り、地位を得て、思う存分研究したのだろう」

 ——『不死』の術を

 低く、よく通る声が、アルカディを戦慄させる。

 彼は、死ぬことが怖かった。
 その恐怖があったからこそ、暴走する兄を止めることもせず、クタトリアスの家名の加護を甘んじて受け、自分だけ安全場所を確保して、世界の混沌から目を背けた。

 世界が平定され、兄が討たれた後。
 《始まりの魔女》と四大王国王たちの眼前で、アルカディは自分自身を酷く恥じ入った。
 だから、二度と過ちを起こさぬよう、強くなるために最善なことはなんなのかと考え、そうして出した結論が『不死』だった。
 死を恐れることがなければ、躊躇う事も無い。
 躊躇わなければ、悪に立ちはだかる事も出来る。
 ただ、彼は、立ちはだかるべき悪の手にそれが渡ることまでは、考えていなかった。

 そんな子供染みたアルカディを馬鹿にするように、アトヴァルは死の恐怖を突きつけて、協力を促す。
 圧倒的な力と、冷酷無残な性格で、暴虐の限りを尽くした最後の皇帝——彼には、拒否という選択肢は用意されていない。

「じゅ、術は、まだ完全でないのです」
「何が要る」

 冷たく細まる金の双眸に、アルカディは、ごくり、と喉を鳴らす。
 嘘は言っていない。嘘ではない。

「触媒を……命にも変えられぬ大切なもの……それがなければ」

 アトヴァルはしばらく逡巡して、傍に控えた従者に命じて、一振りの剣を持って来させた。
 それは、数多の戦で、星の数ほどの人間の血を吸った、兄の愛剣。
 拘束を解かれたアルカディは、その剣を手にして、震える声で詠唱を始める。

 触媒がなければ、『不死』は完成しない。
 ただし、その触媒は、命にも変えられぬ、まさに魂とも呼べるものになる。
 それを意図的に告げないことが、アルカディの最後の抵抗だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

捨てた騎士と拾った魔術師

吉野屋
恋愛
 貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...