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第九章 真実の歴史
9-3. 《魔女》の願いー1
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《始まりの魔女》が、初めてフィニーランドに打ち明けたのは、月明かりの綺麗な夜だった。
彼の居室のベッドの中で、天窓から降り注ぐ月光に目を細めると、彼女はぽつりと零した。
「……ただの、人間になりたいわ」
「え?」
「貴方と、同じ時間を歩んで、生きていけるように……貴方がいう、『か弱い女性』になってみたいわ」
彼の腕の中の細い身体が、微かに震えていた。
「《魔女》、貴女は……」
「フィニーさえいれば、他に何にもいらないから」
——私の願いを、叶えてくれる?
どこかで無理だとわかっていたその願い。
叶えるためには、どれだけの犠牲が必要なのだろう。
***
「本気で言っているのか、フィニーランド!」
「うん、本気」
王宮内のある一室で、フィニーランドの旧知の友人であるイェルディス=ヴォローニは声を荒げた。
代々占術を家業とするヴォローニ家長男の彼は、誰よりも《魔女》から与えられた魔力の扱いに長けていて、その才能を買われ、幹部として教会に招かれていた。
その友人に、フィニーランドはひっそりと相談したのだ。
——《始まりの魔女》から魔力を消す方法を探して欲しい
「どういうことだ! 貴様、まさか」
「ああ、ごめんごめん。言葉足らずだったかも。そんな怒んないでよ、イェル」
やれやれといった仕草をされ、イェルディスはこめかみの血管が切れそうになる。
昔から、このおっとりと能天気な男は、唐突に荒唐無稽なことをやってのける。
イェルディスが反乱軍の存在を知り密かに参加した時、決起集会の壇上で、軍を率いる将軍の一人として名を連ねるフィニーランドを見つけ、卒倒するかと思った。
それが、今度は、その強大な力を分け与えて世界を平定し、平和をもたらしたその女性から、魔力を消し去るなどという畏れ多いことを言ってのけた。
怒るな、という方が無理である。
「《魔女》はね、人間になりたがってるんだ」
「は?」
「俺と、生きていけるように。その願いを叶えたい」
恥ずかしげも無く言い放ったフィニーランドに、イェルディスは絶句する。
四大王国が誕生した後、何故か《始まりの魔女》の寵愛を一身に受けているという友人を、イェルディスは信じられないものでも見るように凝視した。
「無理、かな?」
「いや、無理とか、そういう以前に、お前……」
「フィニー、どこ?……あら、お客様」
ひょっこりと扉の影から顔を表した女性に、イェルディスは硬直する。全身から汗が吹き出て、言葉が紡げない。
《始まりの魔女》その人には、教会でしか遭遇したことはなかった。
《契約の地図》を開き、紅く燃える瞳で幹部達に淡々と四大王国の協定内容を告げる姿。
彼女に会うときは、いつだって極度に緊張してしまう。
「《魔女》、彼はイェル。俺の古くからの友人だよ」
「まあ、ご機嫌よう、イェル」
「ほ、本日は《始まりの魔女》もご機嫌麗しゅう……」
「やぁだ、堅苦しいのはナシナシ!」
「はぃ……?」
唐突に朗らかな声音で返されて、その意外さにイェルディスは呆然とする。
それを完全に無視して、《始まりの魔女》は薄手のドレスにガウンを羽織った部屋着姿で、フィニーランドの膝の上に座り、うっとりとした表情で彼を眺めていた。
唖然とするイェルディスに、フィニーランドは楽しそうな声で《魔女》に告げる。
「イェルは教会幹部だから、《魔女》会ったことあるかも」
「フィニーは、友人まで素敵なのね。何をお話ししていたの?」
「それは……貴女の願いのこと」
《魔女》の目が、驚きに見開かれていた。そうして、その瞳にみるみると涙が溢れる。
「フィニー、フィニー」
「イェルなら、何かわかるかもしれないと思って」
「大好き! 大好きよ!」
フィニーランドの頰を両手で挟み、顔中に口付けを落とす《魔女》の様子を、イェルディスは驚愕の表情で見ている。
(俺は、今、何を見せられているんだ)
教会で見る《始まりの魔女》と、今の彼女は、本当に同じ人物なのか。
フィニーランドの前での彼女は、あの威圧的で威厳ある姿からは想像できない。
(ただの、乙女ではないか)
愛する人と、添い遂げたいと願う心。
人間なら、誰しも一度は感じたことのある感情。
全てを持って生まれた《始まりの魔女》がそれを欲するなんて想像できなかったイェルディスだが、目の前の光景に、考えを改めざるを得ない。
「恋人がこんなに願っているんだから、叶えてあげたいよね」
首に齧り付きながらすんすんと鼻を鳴らす《魔女》の背中を撫でながらいうフィニーランドに、イェルディスは二つ返事で協力を約束したのだった。
彼の居室のベッドの中で、天窓から降り注ぐ月光に目を細めると、彼女はぽつりと零した。
「……ただの、人間になりたいわ」
「え?」
「貴方と、同じ時間を歩んで、生きていけるように……貴方がいう、『か弱い女性』になってみたいわ」
彼の腕の中の細い身体が、微かに震えていた。
「《魔女》、貴女は……」
「フィニーさえいれば、他に何にもいらないから」
——私の願いを、叶えてくれる?
どこかで無理だとわかっていたその願い。
叶えるためには、どれだけの犠牲が必要なのだろう。
***
「本気で言っているのか、フィニーランド!」
「うん、本気」
王宮内のある一室で、フィニーランドの旧知の友人であるイェルディス=ヴォローニは声を荒げた。
代々占術を家業とするヴォローニ家長男の彼は、誰よりも《魔女》から与えられた魔力の扱いに長けていて、その才能を買われ、幹部として教会に招かれていた。
その友人に、フィニーランドはひっそりと相談したのだ。
——《始まりの魔女》から魔力を消す方法を探して欲しい
「どういうことだ! 貴様、まさか」
「ああ、ごめんごめん。言葉足らずだったかも。そんな怒んないでよ、イェル」
やれやれといった仕草をされ、イェルディスはこめかみの血管が切れそうになる。
昔から、このおっとりと能天気な男は、唐突に荒唐無稽なことをやってのける。
イェルディスが反乱軍の存在を知り密かに参加した時、決起集会の壇上で、軍を率いる将軍の一人として名を連ねるフィニーランドを見つけ、卒倒するかと思った。
それが、今度は、その強大な力を分け与えて世界を平定し、平和をもたらしたその女性から、魔力を消し去るなどという畏れ多いことを言ってのけた。
怒るな、という方が無理である。
「《魔女》はね、人間になりたがってるんだ」
「は?」
「俺と、生きていけるように。その願いを叶えたい」
恥ずかしげも無く言い放ったフィニーランドに、イェルディスは絶句する。
四大王国が誕生した後、何故か《始まりの魔女》の寵愛を一身に受けているという友人を、イェルディスは信じられないものでも見るように凝視した。
「無理、かな?」
「いや、無理とか、そういう以前に、お前……」
「フィニー、どこ?……あら、お客様」
ひょっこりと扉の影から顔を表した女性に、イェルディスは硬直する。全身から汗が吹き出て、言葉が紡げない。
《始まりの魔女》その人には、教会でしか遭遇したことはなかった。
《契約の地図》を開き、紅く燃える瞳で幹部達に淡々と四大王国の協定内容を告げる姿。
彼女に会うときは、いつだって極度に緊張してしまう。
「《魔女》、彼はイェル。俺の古くからの友人だよ」
「まあ、ご機嫌よう、イェル」
「ほ、本日は《始まりの魔女》もご機嫌麗しゅう……」
「やぁだ、堅苦しいのはナシナシ!」
「はぃ……?」
唐突に朗らかな声音で返されて、その意外さにイェルディスは呆然とする。
それを完全に無視して、《始まりの魔女》は薄手のドレスにガウンを羽織った部屋着姿で、フィニーランドの膝の上に座り、うっとりとした表情で彼を眺めていた。
唖然とするイェルディスに、フィニーランドは楽しそうな声で《魔女》に告げる。
「イェルは教会幹部だから、《魔女》会ったことあるかも」
「フィニーは、友人まで素敵なのね。何をお話ししていたの?」
「それは……貴女の願いのこと」
《魔女》の目が、驚きに見開かれていた。そうして、その瞳にみるみると涙が溢れる。
「フィニー、フィニー」
「イェルなら、何かわかるかもしれないと思って」
「大好き! 大好きよ!」
フィニーランドの頰を両手で挟み、顔中に口付けを落とす《魔女》の様子を、イェルディスは驚愕の表情で見ている。
(俺は、今、何を見せられているんだ)
教会で見る《始まりの魔女》と、今の彼女は、本当に同じ人物なのか。
フィニーランドの前での彼女は、あの威圧的で威厳ある姿からは想像できない。
(ただの、乙女ではないか)
愛する人と、添い遂げたいと願う心。
人間なら、誰しも一度は感じたことのある感情。
全てを持って生まれた《始まりの魔女》がそれを欲するなんて想像できなかったイェルディスだが、目の前の光景に、考えを改めざるを得ない。
「恋人がこんなに願っているんだから、叶えてあげたいよね」
首に齧り付きながらすんすんと鼻を鳴らす《魔女》の背中を撫でながらいうフィニーランドに、イェルディスは二つ返事で協力を約束したのだった。
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