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第八章 襲撃
8-3. 魔法教会幹部会
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金の刺繍に彩られたフード付きの外套を羽織った集団が、高座の前に立ったラヴレの前に集まっている。
高座に座った人物——法皇を見上げると、ゆっくりとした頷きが返ってきた。それに頷き返し、ラヴレが片手を上げると、薄暗い部屋の中に静寂が訪れる。
「本日、皆様に集まっていただいたのには、訳があります」
ぐるりとその集団——教会幹部会を見回すと、ラヴレは険しい声で告げる。
「魔法学園に在籍する《始まりの魔女》について」
ラヴレのその言葉で、幹部会の面々に緊張が走る。敢えて触れられてこなかった話題が、定例会でもないこの場で言及されることは、事態の急変を意味していた。
「これまで様々な危機に晒されてきた彼女の身に、今、また災いが降りかかっている」
睨みつけるような視線で、ラヴレは続ける。
「学園内での生徒からの嫌がらせ……ですが、これをご覧になってください」
ラヴレの手から机上にばら撒かれる、魔導具の数々。数人が息を呑むのがわかる。
「例え王族であろうと、おいそれと手に入れられないであろう、魔導具です。教会関係者——さらに言うと、教会幹部会が流通を管理する高等魔導具によって、《始まりの魔女》に危害を加える輩が後を絶たない」
「何が言いたいのだ」
年長の幹部の一人が苛ついた声を発するが、ラヴレは動じない。
「そうですね……回りくどい言い回しは、若輩者の私には使いこなせませんね」
告げられた事実に揺れる室内で、何故か動揺していない年長の幹部達数名に、嫌味を込めて言う。
「法皇様の眼を欺き、この中のどなたが《魔女》に手出しをしたのですか」
「なっ……!?」
「ラヴレ、貴様、言葉が過ぎるぞ!」
老人の一人が声を荒げる。怒声が飛び交う中、それを冷めた目で眺めているラヴレに、一人の幹部が歩み寄った。
「お前も、法皇様の目を欺いているのではないか?」
嘲るように笑う老人に、何を、と言おうとする。
「フィニーランド第一王子と《始まりの魔女》が、親密になったという話を聞いた」
続いた言葉に、ラヴレは一瞬ギクリとした。それを顔に出さぬよう、アントンに目配せするが、彼は小さく首を振る。
(老いぼれどもが)
ラヴレは心の中で悪態をついた。アントンが報告していないとすれば、あの中の誰かが、学園の動向を監視していていたということだろう。
幹部会の年長者たちは旧態然としていた。消滅したはずの《魔女》の復活も、歴史の反復も、急激な変化を悪とする彼らにとっては、すぐにでも片付けてしまいたい問題なのだ。
「図星すぎて、言葉も出ぬか」
「血迷ったか、ラヴレ! 歴史を繰り返すことはならん!」
「法皇様、やはり早急に《魔女》封印の命を……!」
ぐ、と拳を握るラヴレに、罵声が浴びせられる。一族の秘密を守らなければならないラヴレにとって、真実を語ることは不可能に等しい。ましてや、この幹部会の中に、金の紋章をいまだ追い求める輩が隠れているかもしれないとなれば、尚更だ。
「お待ちください」
窮地に陥ったラヴレに、アントンが助け舟を出す。
「ラヴレ殿の報告書には、そのような記述はない。そして、報告書は、騎士団が法皇様に精査を仰せつかっている。……ご一同、言葉を慎まれよ」
暗に、騎士団を疑うのか、と、剣呑な声音で言われて、一同は言葉に詰まった。平和維持のために監視や調査、必要ならば戦闘などの実務を請け負う教会騎士団は、各国の精鋭たちを集めた、いわばエリート集団だ。その上、絶対主義であるアントンが団長として率いるようになってからは、苦手とされていた魔法戦においても引けを取らない武力を誇っていた。
負け惜しみのように、年長者たちは絞り出す。
「だ、だが、お主はラヴレの同期と聞く」
「そうだ、親しくしているようではないか」
「ほお……それは、騎士団、ひいては私をも侮辱することだとおわかりか」
アントンが牽制するように腰に携えた剣の柄に手を添えた。一触即発の雰囲気に、ラヴレはいまだ沈黙を守る法皇を仰ぎ見る。
法皇の唇がゆっくりと開かれようとした時、入り口の扉が激しく叩かれ、返事を待たずに、教会騎士団の一人が転がるようにして飛び込んできた。
「幹部会の最中だぞ、慎め!」
幹部の一人が怒声を上げるのを片手で制して、アントンが報告を促す。
「ご、ご報告します……!魔法学園上空に、夥しい数の危険種が確認されました!」
その言葉を聞くや否や、呆然とする幹部会を放って、ラヴレとアントンは転移魔法陣へと駆け出した。
高座に座った人物——法皇を見上げると、ゆっくりとした頷きが返ってきた。それに頷き返し、ラヴレが片手を上げると、薄暗い部屋の中に静寂が訪れる。
「本日、皆様に集まっていただいたのには、訳があります」
ぐるりとその集団——教会幹部会を見回すと、ラヴレは険しい声で告げる。
「魔法学園に在籍する《始まりの魔女》について」
ラヴレのその言葉で、幹部会の面々に緊張が走る。敢えて触れられてこなかった話題が、定例会でもないこの場で言及されることは、事態の急変を意味していた。
「これまで様々な危機に晒されてきた彼女の身に、今、また災いが降りかかっている」
睨みつけるような視線で、ラヴレは続ける。
「学園内での生徒からの嫌がらせ……ですが、これをご覧になってください」
ラヴレの手から机上にばら撒かれる、魔導具の数々。数人が息を呑むのがわかる。
「例え王族であろうと、おいそれと手に入れられないであろう、魔導具です。教会関係者——さらに言うと、教会幹部会が流通を管理する高等魔導具によって、《始まりの魔女》に危害を加える輩が後を絶たない」
「何が言いたいのだ」
年長の幹部の一人が苛ついた声を発するが、ラヴレは動じない。
「そうですね……回りくどい言い回しは、若輩者の私には使いこなせませんね」
告げられた事実に揺れる室内で、何故か動揺していない年長の幹部達数名に、嫌味を込めて言う。
「法皇様の眼を欺き、この中のどなたが《魔女》に手出しをしたのですか」
「なっ……!?」
「ラヴレ、貴様、言葉が過ぎるぞ!」
老人の一人が声を荒げる。怒声が飛び交う中、それを冷めた目で眺めているラヴレに、一人の幹部が歩み寄った。
「お前も、法皇様の目を欺いているのではないか?」
嘲るように笑う老人に、何を、と言おうとする。
「フィニーランド第一王子と《始まりの魔女》が、親密になったという話を聞いた」
続いた言葉に、ラヴレは一瞬ギクリとした。それを顔に出さぬよう、アントンに目配せするが、彼は小さく首を振る。
(老いぼれどもが)
ラヴレは心の中で悪態をついた。アントンが報告していないとすれば、あの中の誰かが、学園の動向を監視していていたということだろう。
幹部会の年長者たちは旧態然としていた。消滅したはずの《魔女》の復活も、歴史の反復も、急激な変化を悪とする彼らにとっては、すぐにでも片付けてしまいたい問題なのだ。
「図星すぎて、言葉も出ぬか」
「血迷ったか、ラヴレ! 歴史を繰り返すことはならん!」
「法皇様、やはり早急に《魔女》封印の命を……!」
ぐ、と拳を握るラヴレに、罵声が浴びせられる。一族の秘密を守らなければならないラヴレにとって、真実を語ることは不可能に等しい。ましてや、この幹部会の中に、金の紋章をいまだ追い求める輩が隠れているかもしれないとなれば、尚更だ。
「お待ちください」
窮地に陥ったラヴレに、アントンが助け舟を出す。
「ラヴレ殿の報告書には、そのような記述はない。そして、報告書は、騎士団が法皇様に精査を仰せつかっている。……ご一同、言葉を慎まれよ」
暗に、騎士団を疑うのか、と、剣呑な声音で言われて、一同は言葉に詰まった。平和維持のために監視や調査、必要ならば戦闘などの実務を請け負う教会騎士団は、各国の精鋭たちを集めた、いわばエリート集団だ。その上、絶対主義であるアントンが団長として率いるようになってからは、苦手とされていた魔法戦においても引けを取らない武力を誇っていた。
負け惜しみのように、年長者たちは絞り出す。
「だ、だが、お主はラヴレの同期と聞く」
「そうだ、親しくしているようではないか」
「ほお……それは、騎士団、ひいては私をも侮辱することだとおわかりか」
アントンが牽制するように腰に携えた剣の柄に手を添えた。一触即発の雰囲気に、ラヴレはいまだ沈黙を守る法皇を仰ぎ見る。
法皇の唇がゆっくりと開かれようとした時、入り口の扉が激しく叩かれ、返事を待たずに、教会騎士団の一人が転がるようにして飛び込んできた。
「幹部会の最中だぞ、慎め!」
幹部の一人が怒声を上げるのを片手で制して、アントンが報告を促す。
「ご、ご報告します……!魔法学園上空に、夥しい数の危険種が確認されました!」
その言葉を聞くや否や、呆然とする幹部会を放って、ラヴレとアントンは転移魔法陣へと駆け出した。
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