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第七章 ユウリとヨルン

7-5. サマーパーティー2

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 レヴィは足早にナディアを連れて、パーティー会場である大広間へ行ってしまい、ユウリは、行ったり来たりする実行委員の貴族達を眺めて、隅の方で所在無さげに立っていた。
 すると、扇子を持っていない方の手を突然取られ、そちらに目を向けると、銀の髪が手袋へサラサラと当たる感覚がする。
 ヨルンが膝を折って手の甲に口づけを落としたことに気付いて、ユウリの心臓がどくんと跳ねた。

「ご機嫌よう、ユウリ」
「ヨヨヨヨルンさん! ご機嫌麗しく、です……ッ」

 しどろもどろになるユウリに、ヨルンはその双眸を細める。

「宝石も、ドレスも、よく似合ってる。綺麗だね」
「はぅ……どちらかというと、ヨルンさんの方が美しいですよ……」

 無造作だった銀の髪は綺麗に梳かされていて、サラサラきらきらと眩しい。
 外套はいつもと違うもので、白磁に若草色の刺繍が綿密に施され肩の宝飾も豪奢である。それが、銀の刺繍が映える三つ揃いによく合っていた。
 腰のベルトには、漆黒の革紐がいくつか結ばれ、その先端には色とりどりの宝石が煌めいている。袖口から覗くカフスにも特大のエメラルドがついていて、流石フィニーランドの王子といった正装だ。

 そう、王子、なのだ。

 普段から散々外套に包まれたり、頭を撫でられたり、抱き枕にされたり、過剰とも言えるスキンシップを取られているが、こう『王子』を強調されると、ユウリは必要以上に意識してしまう。
 差し出された腕に指を絡ませるのすら、恥ずかしい。

「ドレス、ぴったりだね」
「ひゃぁっ!」

 ドキドキとする心臓を落ち着かせることに集中していたユウリは、リュカの十八番芸、背後からの囁きに、色気のない声を上げて、文字通り飛び上がった。
 正装用の羽飾りを肩に掛け、宝飾されたステッキを持ったリュカは、くすくすと意地悪な笑い声を漏らす。

「ふふふ、お邪魔だったかな?」
「ま、また! 止めてください、余計なこと言うの!」
「もう、ユウリ、今日のエスコートは俺」

 バシバシとリュカを叩いていた手を、拗ねたように言うヨルンに取られて、再び腕を握らされた。ユウリの頰がかあっと熱くなる。

「行こっか」
「は、はい……」

 照れまくっているユウリに気づく様子のない、鈍感なヨルンに促され、会場へ続く広々とした大理石張りの階段を降りていく。
 ドレスを踏まないようにするのが精一杯のユウリは、先程までの躊躇いは吹っ飛んでいて、ぎゅっとヨルンの腕を握った。
 後ろからはリュカがステッキをくるくると回しながらついてくる。くすくすと揶揄からかうように笑う声は、聞こえないふりをしておく。
 既に会場入りしている生徒達が三人に気付いて歓声を上げるが、二人のカウンシル役員を連れているのがユウリだとわかると、ざわめきが広がっていった。

「あれが、例の……」
「《奨学生》らしいけど、どうせリュカ様のコネなんだろ」
「ヨルン様にエスコートしていただいてるなんて、羨ましい……!」
「そりゃあ、次期パリア王国王に頼まれたら、断れないだろ」
「たいした実力もないくせに」

 ユウリの耳にも届いた誹謗中傷に、思わず笑ってしまう。
 彼らにとっては、きっかけさえあれば、何だっていいのだろう。
 一般人がカウンシルと親しいことはあり得ないことだと、そうして自分達の矜恃を守っている気に成っているのだ。

「何も、こんな時にまで……無粋な輩だねぇ」
「ユウリ」
「平気ですよ。この腕が、支えてくれてますから」

 ヨルンとは目を合わせずに、ユウリは彼の腕を握る手に力を込めた。
 しっかり前を向いて、ぴんと背筋を伸ばす彼女を、華やかな装いだからだろうか、ヨルンは素直に美しいと思う。

(参ったな……)

 頰の熱を気付かれないように、ヨルンも目線を前へと向ける。
 獲物を見つけた猫のような笑みを湛えたリュカは、一際声を上げていた女生徒の集団へ近づいていた。彼の冷酷な面を知るユウリは、彼女達に訪れるであろうを想像して、同情の眼差しを向ける。

 生徒達が二人のために少しずつ道を開けると、談笑の輪から階段に目を移す白銅色が見えた。
 ラヴレは輪の中から抜けると、真っ直ぐとこちらへ向かってくる。ヨルンの目には、彼が一瞬、幽霊でも見たかのような表情をしたように見えた。

「ユウリさん、ヨルン君」
「学園長」
「学園長! ご、ご機嫌麗しゅう」

たどたどしく貴族風に挨拶するユウリに、ラヴレはふふと笑みを漏らした。

「無理をなさらず、楽しんでくださいね」
「はい! 全部ピカピカキラキラで、見ているだけでも楽しいです!」 

 無邪気なユウリの言葉に促されるように、ヨルンも軽く膝を折ると、ラヴレの瞳が、す、と細まる。
 白銅色の瞳の奥が、鋭い光を放っていた。
 先程の険しい顔は、ヨルンの見間違いではなかったようだ。

「それにしても珍しいですね、ヨルン君。いつもは面倒臭いと寝てばかりの貴方が、まさかパーティーに出席するなんて」

 問うラヴレの声は、通常とは違い、ピリリ、とした響きだった。
 困惑しながら、ヨルンは答える。

「俺は、ユウリに誘われて」
「おや、ユウリさんに?」
「え……そ、その前からヨルンさん出るって言ってましたよね!?」

 確かにエスコートを頼んだが、まるで自分がヨルンと出たいと強請ったみたいだと、ユウリは抗議した。ラヴレの纏った空気がふと緩む。

「それなら良いのですよ」
「え?」
「ああ、ほら、ビュッフェが始まったようです」

 通常の緩慢な声音に戻って、ラヴレは二人を会場の一部に設置されたビュッフェへと導く。

(なんだ?)

 ヨルンは、腑に落ちない。
 あの一瞬の緊迫感は何だったのだろう。
 また、ユウリに関することなのかと身構えたが、それに反して、ラヴレはあっさりと身を引いた。

 ヨルンの思考を遮るように、明るい声が響く。

「ユウリ、ヨルンさん!」
「ナディア! あれ、レヴィさんは?」
「あのクソ真面目、こんな美少女置いて、実行委員のフォローに行ったわ」
「言葉遣いぃ! あと、また自分で美少女って言った!」
「それにしても、お似合いよ、お二人とも」

 ツッコミを無視しながら花のように微笑んだナディアに言われて、ユウリの頰がさっと染まる。
 彼女が、ユウリと誰かを認めるなんて珍しいのだが、よくよく見てみると、ヨルンとユウリの衣装は示し合わせたように、銀の刺繍で統一されている。
 加えて、光に反射する銀の髪と艶やかな漆黒の髪が、まるで対のような印象を受けた。

(これって、ちょっと、もしかしなくても……)

 ペアルック、とまではいかないが、二人に繋がりがあるような装いに、ユウリは嬉しいやら恥ずかしいやらで、ヨルンを仰ぎ見て、どきりとする。
 いつもならこんな時、ふにゃりと微笑ってくれる顔が、そこはかとなく真面目に引き締まっていた。

 不安そうなユウリの目を見て、ヨルンの心は、穏やかでない。
 微笑んで安心させたいのに、それが出来ない。頰が引きつる。

 初めはただ、純粋な興味だったはずだ。
 《始まりの魔女》と同じ力を持つ、記憶のない少女。
 その強大な力にも関わらず、普通魔法すら満足に使えず、挙句陰湿な嫌がらせまで受けても、挫けず、何に対しても一生懸命で、それでいて、その努力をひけらかさなかった。
 一人きりで闘うと、孤独の殻に閉じ籠ってもがいていたのが、徐々に綻んで、恐る恐る歩み寄ってきて、よく笑うようになって、それまであった壁が、いつの間にか消えていた。
 時たま、信じられないくらい無鉄砲で、誰かのために迷わず自分を犠牲にしたりして、そのたびに、何とも言えない気持ちになっていった。

 ——けれど、あの日、腕に感じた冷たい身体が

 失ってしまうかと恐ろしかった。
 また、世界から《魔女》が消えてしまうと、その恐怖だと思っていた。
 でも、命を吹き込むために重ねた唇がまだ温かくて、柔らかで。
 そうして、ようやく自覚したのだ。

 ——『ユウリ』を失うことこそが、自分の恐れ

 彼女がエスコートを願い出た時、ヨルンは驚いていたのではなかった。
 あまりの嬉しさと戸惑いで、言葉が出なかったのだ。
 自分の贈った宝石に泣きそうになりながら、はにかむように紡がれた言葉に。
 同じ想いのはずなのに、ヨルンは酷く苦しかった。

 ユウリは、《始まりの魔女》だ。
 何者かが、それを理由に彼女を狙っている。
 ユージンの言うように、がユウリを独占することは、彼女をより危険な目に合わせることになるのではないだろうか。

「ヨルンさん……?」
「飲み物でもとって来ようか、ユウリ」

 心配そうに呟いたユウリに、ヨルンは目を合わせることなく、頭に手をポンと置いただけで離れていく。

「ちょっと、はしゃぎすぎたかも……」
「ええ? どうしたの、ユウリ」
「ヨルンさん、笑ってなかった」

 浮き足立って、不快な思いをさせてしまったのかもしれないと、ユウリはスカートを掴む自分の指先に目を落とした。
 ナディアが慌てて、そんなことはないと慰めるも、ユウリの表情は暗く沈んでしまったままだ。
 待っていて、とだけ行って、ナディアは飲み物を提供するバーへと走っていった。

「おい」

 唐突に声を掛けられて、ユウリはちらりと頭上を見る。紺の外套に揃いのウェストコートを身に付けたユージンが、ユウリを見下ろしていた。

「ユージンさん」
「何を俯いている。パーティーくらい、顔を上げて楽しめ。ヨルンはどうした?」

 曖昧に笑って誤魔化すユウリに、ユージンはナディアの去った方向を見て、眉を顰めた。
 もう一度ユウリに視線を戻すと、溜息をつく。

「外の空気を吸いたい。付き合え」

 え、と困惑気味に見るユウリの返事を待たずに、ユージンは彼女の手をとって会場を後にした。
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