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第六章 学園カウンシル

6-6. 抱き枕

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 午前中の作業を終えて、レヴィが執務室へと続く扉を開けると、ソファに座ったリュカが心底楽しげな笑みを浮かべながら、人差し指をその唇に当てた。
 その視線の先を見ると、長椅子に横たわるヨルンの影が、今日は心なしか大きな気がする。
 レヴィが歩み寄ってみると、そこにはいつものように惰眠を貪るヨルンと、外套に包まれて彼の腕を枕にスヤスヤと気持ち良さそうな寝息を立てているユウリがいた。
 レヴィが目を丸くしたのを見て、リュカがくつくつと笑い出す。

「俺が来た時にはもうこんな状態だったよ。無防備すぎるよねぇ」
「起こして差し上げた方が良いのでしょうか」
「そうだねぇ、妬けるしねぇ」

 言葉ほど嫉妬しているように見えないリュカの視線は、上下する小さな肩を慈しむようだった。
 レヴィは、それにも驚きを隠せない。

 彼の知るリュカは、口では愛だの恋だの博愛主義を謳って、選りすぐった親衛隊などというものを侍らせていても、その瞳はいつもどこか冷めていた。
 その親衛隊にしても、違和感があり過ぎる。
 毎日取っ替え引っ替え、牽制し合う女生徒達と疑似恋愛を楽しみ、けれど、誰に対しても執着がない。
 それは寧ろ、博愛主義とは正反対の姿勢に見える。

 ——誰も、愛していないのではないか

 レヴィは、そう推測していた。
 けれど、今ユウリを見つめているリュカの目には、熱っぽい感情が見え隠れしているように見えた。

 それは、つい最近までは見られなかった目だ。
 日々ユウリを構い倒していたリュカは、ただそこにある玩具で遊ぶような、揶揄(からか)ってその反応を楽しんでいるだけだったように思う。
 レヴィの幼馴染に、『全く心のこもっていない賞賛なんて、ユウリに失礼すぎるわ!』と言わしめるほど、そこに感情なんてなかったはずだ。

 ——純粋無垢な《始まりの魔女》
 ——欲しければ、そう言えばいいのに

 ヨルンのように、一切躊躇いなく、彼女に寄り添えばいいと思う。
 自分の感情を隠さず、相手を茶化さず、ありのままで接すれば、ユウリは少なからず、それを受け止めてくれるはずだ。
 何故、そうまで自分を偽って、演じることに慣れてしまっているのだろう。

「リュカさんって、色々と損してますよね」
「ん? なんのこと、レヴィ?」
「いえ、なんでもありません」

 レヴィはお茶の用意を終え、ユウリの肩を軽く揺らす。

「おはようございます、ユウリさん」
「……? おはよう、ござい、ます? あれ? なんでレヴィさんが」

 眠たげな目を擦りながら、ユウリはまだ寝惚けた様子で身体を起こそうとして、絡みついている重たい腕を邪魔そう見る。
 二、三度瞬きをすると、悲鳴を上げて真っ赤になった。

「え、わ、ぎゃー! ヨルンさん、寝ちゃっ……わー!!!」
「あはははは。おはよう、仔猫ちゃん」
「んー、ユウリ、どうしたの……?」

 ユウリは今すぐにでも走り去ってしまいたい衝動に駆られたが、未だ彼女の腰に回されている腕が、それを許さない。ヨルンの外套を引っ被って隠れてみるも、余計に密着してしまい、逆効果だった。

「君達は、本当に仲良しだねぇ」
「あううう……」
「よい、しょ」

 恥ずかしさの余り両手で顔を覆って膝を抱えてしまったユウリを、器用に外套で包みながら座らせて、ヨルンは欠伸をした。

「ユウリを抱っこすると、寝すぎちゃうね」
「……!?」

 あっけらかんと言われて、ユウリの心臓が破裂しそうになる。
 ヨルンの外套に包まれるのも、大きな手で撫でられるの、そうされながら、ごろんと長椅子に横になるのも、安心できて大好きだ。
 しかし、それはあくまでも二人だけの時であって、恋人同士でもない男女が抱き合って眠っているのを大っぴらに出来るほど、ユウリは大人ではなかった。

「ヴァネッサに、舌打ち禁止令に続き、抱き枕禁止令出してもらおうか」
「嫌だぁぁ! ヴァネッサさんに言わないでぇぇぇ!」
「まあまあ、ユウリさん、お茶でも飲んで、ゆっくりしてください」
「その、レヴィさんの気を遣った微笑みも! やめて! 死ぬ!」

 そう言いつつも、ユウリは未だにヨルンの外套に包まれたままだ。

「……いっそ付き合うって言っちゃえばいいのに」
「……!?」
「んー。大体いつも昼寝には付き合ってもらってるけど」
「ね、ユウリ。ヨルンに遠回しは効かないって」
「ううううううううるさい! リュカさん、うるさい!」

 指先まで真っ赤になってしまったユウリは、お茶のカップをぐいぐいと傾けて、隣に座るヨルンを見ないようにしている。
 側から見ても、彼女がヨルンに少し特別な感情を抱いているのは丸わかりなのだが、当の本人はその感情が漏れまくっている自覚がないらしい。
 赤面したまま睨みつけるユウリに、リュカは先程と同じような優しげな目で笑い返している。

(本当に損な性格ですね、リュカさん)

 レヴィは嘆息しながら、お茶のお代わりを注いだ。
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