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第六章 学園カウンシル

6-4. ヨルンの個別指導

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「こんにちは!」
「やあ、ユウリ。今日も元気だね」
「はい! 今日も元気に頑張らせていただきます!」

 弾んだ声で応えるユウリの顔には、少し疲れが見える。それを悟らせないとするかのように明るく振る舞う彼女に、ヨルンは気づいていないふりをしながら、差し出された教科書に目を通し始めた。

「ああ、促進魔法とその応用か。初級だと何をやるんだっけ?」
「なんでもいいので、植物の種を芽吹かせる、ってやつです」
「へぇ、そんなんでいいんだ」
「それは、授業一杯使っても出来なかった私への嫌味ですか」
「あはは、ごめんごめん」

 膨れるユウリに謝ってから、ヨルンは執務室の隅にある植物棚へ向かい、そこで作業するロッシに声をかける。

「ロッシ、ちょっと種分けて」

 ピクリと眉を上げたロッシは、ジロリと二人を見据えた。

「俺が品種改良の研究をしている薬草の希少な種を、失敗するとわかっている魔法のためにやる訳があるか」
「えーいいじゃん、ケチー」
「庭園にいけ、庭園に!」

 選別していた種をヨルンから守りながら、ロッシは眼鏡を押し上げて窓の外を指差す。

 学園の敷地内には、いくつかの庭園があった。
 研究対象の植物を育てていたり、カフェテリアやレストランで使う野菜を栽培する畑が隣接されていたり、ベンチや東屋があり、天気の良い日などピクニックなんかも出来るようになっている。
 その中でも、西の端にある庭園はあまり人気がなく、ユウリの指導が屋外で必要な際、大いに役立っていた。

「……で、あそこの温室に見えてるのが、ピーモの木。夏の終わりになると、すっごく甘い果実をつけるよ」
「へええ、初めて実物を見ました。ヨルンさん、詳しいんですね」
「ピーモは、俺の国の特産でもあるからね。後は、マギとかチュルとか」
「あ、私、チュル大好き! パイにすると、美味しいんですよね!」
「そうそう」

 西の端の庭園は畑と果樹園に隣接しており、《辺境の地》で育ったユウリが、食べたことはあるが実際に見たことにない植物の特徴などを知るのに、重宝していた。
 ユウリの植物学のおさらいをした後、念のため人払いの魔法をかけた一角で実技の指導が始まり、ヨルンの解説を彼女は熱心に聞いている。

「ここを、こうすると、ほら。さっきより簡単でしょ?」
「やっぱり、ヨルンさんにやってもらうと、わかりやすいです」
「はい、じゃあ、ユウリの番」
「む……むむ……ん……」
「いや、魔力だけ流しても、魔法にならないよ? 呪文もちゃんと唱えて?」
「と、唱えようと思ってるんですけど! 先に魔力の方ちゃんとやっとかないと、集中できないんですぅ」
「んー、じゃあもう一回、さっきよりゆっくり見せてあげるね?」

 ヨルンがしゃがんで地面に向かって詠唱すると、土を盛り上げながら、緑色の葉が顔を覗かせる。さらに、もう一度詠唱すると、それは枝葉をつけながら、ユウリの膝くらいの高さになった。

「わかった? 成長促進の魔法は、どの呪文でも大体魔力の流れは同じなんだ」
「わかる、と、できる、は、全くの別物ですね……」
「あはは、頑張って!」

 あっけらかんと言われて、ユウリは溜息を吐きながら、地面と向き合う。
 追試まであと数日しかないのに、愚痴を言っている場合ではない。

 ヨルンの魔力の流れは、なんというか、迷いがなかった。
 目的の魔法に向かって、数ミリのズレもなく嵌まり込むのだ。
 流し方は大体わかるが、ユウリの制御では、中々ばっちり決まらない。

 数十回試してようやく、小さな双葉を芽生えさせて、ヨルンから頭を撫でられる。
 いつの間にか慣れてしまったそれは、とても暖かくて気持ちよくて、安心した。
 だからユウリは、紺色の拳骨指導とは違い、ヨルンからの指導は楽しみなのだ。

 穏やかで、優しくて、強くて、その上、王子様。

 非の打ち所がなさすぎて、平凡な自分がそんな王子の隣にいることに、ユウリは時たま夢を見ているのではないかと疑いたくなる。

「ヨルンさんは、完璧人間すぎますよね」
「ユウリだって、《魔女》のくせに、何言ってるの」
「私、《魔女》なのに普通の魔法すらできないですよ? ヨルンさんは、どうしてあんなに早く詠唱できるんですか?」
「んー、何でだと思う?」
「えーと、練習の、賜物?」
「それもあるけど……ヒントは俺の性格」
「性格……?」

 ふと、とんでもなく単純な答えに思い当たる。

(まさか、幾ら何でもそれは……)

 顔を引きつらせながら、ユウリは湧き出た可能性を口にしてみた。

「もしかして、面倒臭いから……とか言わないですよね?」
「本当にユウリって、座学は優秀だよねー」
「ええええええ! ちょっと待って、そんなんで出来るもんじゃないですよね!?」
「えー、パッとやってパッと終わりたいじゃん。わーっと魔力使うのも、疲れるし。子供の頃からこんなだから、いかに合理的に素早く学問の時間を終わらせて、遊びに行くことばっかり考えてたし」

(そうだ、この人、頭もめちゃくちゃ良かったんだ……)

 自分の実力、呪文に必要な魔力、その流れ、全てが最短距離で魔法として発動させる術を、綿密な計算で把握し尽くしているのだ。
 本当に、真似しようと思っても、ユウリには真似できないと思う。

「ヨルンさんって、とてつもなく凄い人だったんですねぇ。そんな人に教えを乞うって、私、贅沢です」
「なーにぃ、そんな褒めてもなんも出ないよ。……あ、出せるか」

 そう言って、いつもの調子でヨルンの唇が少し動いたかと思うと、先程成長を促した植物がさらに大きくなり、大輪の花をつけ始める。
 ヨルンはそれを魔法で束にして、唖然とするユウリの手の中に納めた。

「はい、どうぞ」
「あり、がとう、ございます……?」

 なぜ花束を差し出されたかも疑問だが、何よりもユウリの目には、ヨルンが唇を二度、ピクッと動かしたようにしか見えなかった。

(凄すぎるでしょ……)

 《始まりの魔女》という肩書きは、この人こそ持つべきなのではないかと、ユウリは自分の存在意義を問うのだった。
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