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第五章 記憶
5-8. カウンシル執務室の平穏
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「本当に、ここでいいの?」
「はい。皆さんのお話も聞いていたいし、今すぐ寮に戻っても、眠れそうにないですし」
執務室の長椅子に横になるユウリを、ヨルンが心配そうに見下ろしている。
医務塔へ送る、と言う彼を制して、ユウリは皆とともに帰りたがった。
悪魔のようなオーガとの戦闘の後、色んな情報が交錯して、皆の疲労もピークのようだ。
「なんか、凄い一日だったね……」
リュカがソファに腰掛けて呟く。誰の返事もないが、そこに流れる空気が、彼に同調していた。
「クタトリア、か」
「なんだか、現実味のないお話ですよね」
レヴィがお茶の準備をしながら、溜息を吐いた。
数百年前に消滅した帝国。
もしくは、それを隠れ蓑にした第三者。
それらに狙われる、《始まりの魔女》であるユウリ。
彼女に戻った、記憶と力。
誰ともなく、それが実際に起きたことであると確認するように、今日あったことを並べていく。
「ある意味、どこか一国がユウリを匿った方が安全なんじゃないか」
ロッシの言葉に、ユージンが難しい顔をする。
「学園長が、言ってただろう。『彼らは《始まりの魔女》を手に入れて、もう一度世界を牛耳ろうとしているのではないか』って。そんな疑惑の中、一王国がユウリを独占所有してもいいものなのか」
「所有……って、やめなよ、ユージン。ユウリをモノみたいに」
「甘いことばかり言っている場合じゃないことは、お前もわかっているはずだぞ、ヨルン」
「まぁまぁ、ここで俺たちが揉めてもしょうがないでしょ? それに、流石に本人の前でそれって」
ハッとしたように皆が振り返る。心配をよそに、ユウリは笑っていた。
「ごめんなさい。こんなこと言っていいのかわからないんですけど」
長椅子から起き上がった彼女は、晴れやかな顔をしている。
「私、今、すごく嬉しいんです」
「え?」
ずっと、心の中にあった暖かい両親の思い出。
その思い出が、漠然とした家族ではなく、具体的に形になって戻ってきた。
そうして、やっと、ユウリは自分自身が孤独の中で踠いていたのだと気付いたのだ。
ずっと独りで、歩んできた人生——独りで闘い、切り開いてきたと思っていた人生。
それが、あの二人に支えられて、教えられて、築いてきたものだとわかって、胸の中に空いていた穴が、満たされ、溢れている。
「色んな人から助けてもらえる、今の私を、あの二人が作ってくれた。こんな大事なことを忘れていられたなんて、信じられません」
本当に嬉しくてたまらないといった様子で微笑むユウリに、ヨルンが頭を撫でながら、外套で包み込む。
「それで嬉しい、なんだ。全くユウリ、君って子は」
「ふふふ、ヨルンさんが撫でてくれるのも嬉しいです」
「仔猫ちゃん、健気だねぇ」
「んもう、こんな時まで茶化さないでください、リュカさん!」
「健気、というか、能天気すぎるな」
「ユ、ユージンさんまで!」
睨むように視線を向けようとしたユウリの頭に、ぽん、とユージンの手が置かれる。
一瞬きょとんとして、それがいつもは固く握られた拳のはずであると認識して、ユウリの頰は紅潮した。
「今日は、よく休め」
「え、あの、はい……」
呆然として頭に両手を当てながら答えるユウリを、ヨルンが苦笑して見ている。
命を狙われているはずなのに、この娘は、どこまでも純粋無垢なのだ。
流石のユージンも毒気を抜かれるはずである。
「わぁ、ユージン、どういう心境の変化?」
「黙れ、リュカ」
「リュカさんのテンションもウザくなってきましたし、そろそろ休みましょうか」
「え……レヴィ、今の俺のことウザいって言わなかった……?」
「ユウリ、お前一人で帰れるか?」
ロッシに聞かれて、ヨルンの外套の中でまだ惚けたまま、ユウリは頷くのだった。
「はい。皆さんのお話も聞いていたいし、今すぐ寮に戻っても、眠れそうにないですし」
執務室の長椅子に横になるユウリを、ヨルンが心配そうに見下ろしている。
医務塔へ送る、と言う彼を制して、ユウリは皆とともに帰りたがった。
悪魔のようなオーガとの戦闘の後、色んな情報が交錯して、皆の疲労もピークのようだ。
「なんか、凄い一日だったね……」
リュカがソファに腰掛けて呟く。誰の返事もないが、そこに流れる空気が、彼に同調していた。
「クタトリア、か」
「なんだか、現実味のないお話ですよね」
レヴィがお茶の準備をしながら、溜息を吐いた。
数百年前に消滅した帝国。
もしくは、それを隠れ蓑にした第三者。
それらに狙われる、《始まりの魔女》であるユウリ。
彼女に戻った、記憶と力。
誰ともなく、それが実際に起きたことであると確認するように、今日あったことを並べていく。
「ある意味、どこか一国がユウリを匿った方が安全なんじゃないか」
ロッシの言葉に、ユージンが難しい顔をする。
「学園長が、言ってただろう。『彼らは《始まりの魔女》を手に入れて、もう一度世界を牛耳ろうとしているのではないか』って。そんな疑惑の中、一王国がユウリを独占所有してもいいものなのか」
「所有……って、やめなよ、ユージン。ユウリをモノみたいに」
「甘いことばかり言っている場合じゃないことは、お前もわかっているはずだぞ、ヨルン」
「まぁまぁ、ここで俺たちが揉めてもしょうがないでしょ? それに、流石に本人の前でそれって」
ハッとしたように皆が振り返る。心配をよそに、ユウリは笑っていた。
「ごめんなさい。こんなこと言っていいのかわからないんですけど」
長椅子から起き上がった彼女は、晴れやかな顔をしている。
「私、今、すごく嬉しいんです」
「え?」
ずっと、心の中にあった暖かい両親の思い出。
その思い出が、漠然とした家族ではなく、具体的に形になって戻ってきた。
そうして、やっと、ユウリは自分自身が孤独の中で踠いていたのだと気付いたのだ。
ずっと独りで、歩んできた人生——独りで闘い、切り開いてきたと思っていた人生。
それが、あの二人に支えられて、教えられて、築いてきたものだとわかって、胸の中に空いていた穴が、満たされ、溢れている。
「色んな人から助けてもらえる、今の私を、あの二人が作ってくれた。こんな大事なことを忘れていられたなんて、信じられません」
本当に嬉しくてたまらないといった様子で微笑むユウリに、ヨルンが頭を撫でながら、外套で包み込む。
「それで嬉しい、なんだ。全くユウリ、君って子は」
「ふふふ、ヨルンさんが撫でてくれるのも嬉しいです」
「仔猫ちゃん、健気だねぇ」
「んもう、こんな時まで茶化さないでください、リュカさん!」
「健気、というか、能天気すぎるな」
「ユ、ユージンさんまで!」
睨むように視線を向けようとしたユウリの頭に、ぽん、とユージンの手が置かれる。
一瞬きょとんとして、それがいつもは固く握られた拳のはずであると認識して、ユウリの頰は紅潮した。
「今日は、よく休め」
「え、あの、はい……」
呆然として頭に両手を当てながら答えるユウリを、ヨルンが苦笑して見ている。
命を狙われているはずなのに、この娘は、どこまでも純粋無垢なのだ。
流石のユージンも毒気を抜かれるはずである。
「わぁ、ユージン、どういう心境の変化?」
「黙れ、リュカ」
「リュカさんのテンションもウザくなってきましたし、そろそろ休みましょうか」
「え……レヴィ、今の俺のことウザいって言わなかった……?」
「ユウリ、お前一人で帰れるか?」
ロッシに聞かれて、ヨルンの外套の中でまだ惚けたまま、ユウリは頷くのだった。
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