48 / 114
第五章 記憶
5-5. 学園長の告白
しおりを挟む
ユウリの放った言葉に、時が止まったかのような静けさが訪れる。
誰一人として微動だにせず、けれど、その視線は、彼女の前に佇むラヴレに向けられていた。
「本当に……予想外なことばかり起こりますね」
彼は大きく溜息をついて、額に手を押し当てる。その表情は、意外にも、どこか清々しさを感じさせた。
「……シーヴ。彼女の本名は、シーヴライト= ヴォローニ。……私の、伯母です」
絶句して目を見開くユウリの隣に近づき、ラヴレは小刻みに震える肩を優しく撫でる。
「貴女の言うように、伯母は一族で一番力を持っていました。そして、彼女の夫グンダハール、ああ、貴女はグンナルと呼んでいましたね。その二人が《始まりの魔女》を保護したことは、誰にも、教会にさえ知られてはならない一族の秘密でした。けれど」
二人が命を落としたことは、直ぐにラヴレの父に伝えられた。
それも、一番避けたかった最悪の事態の中で彼等が逝ったということを知って、父親はラヴレに告げたのだ。
「彼等の行ったことに対する教会からの追及を逃れるため、生贄になれと、そう父に言われました。表向き彼等は、突然行方不明になったとされていたのです。彼等の行動が、一族の総意ではないと断言することが必要だった。私の実力は、一族の中で二番目です。教会幹部に名を連ねることも、学園の長に納まることも、全ては、一族の忠誠を教会へ示すために、私に与えられた責務だったのです。そして、その地位は首輪のように、何があっても私を教会に繫ぎ止める」
ラヴレは、あの柔らかな微笑みを湛える伯母を思い出す。
一族に課せられた使命のために、喪われた命。
では、何故自分は、それを奪った奴らに従っているのだろう。
彼もまた、独りで闘っていた。
伯母の死を、無駄なものにしないために。
一族の悲願を、叶え届けるために。
「貴女を見つけた時、息が止まるかと思いました。その魔力の意味を理解すると同時に、《始まりの魔法》を持ったまま、不完全な魔法で記憶の無い貴女を、どうしても手元に置いておきたかった。そうすれば、教会の手が貴女に伸びるのを、学園という隠れ蓑の中で、一番近くで阻止できる。伯母が、身命を賭して逃がした貴女を、この髪と瞳に懸けて教会から守ることが、私の使命だと思ったのです」
「学、園長……」
ぎゅっとラヴレのローブを握って、ユウリはその胸に顔を埋めた。静かな嗚咽が響く。
すっかり沈んでしまった夕日が、名残惜しそうに空を鮮やかなグラデーションに染め上げている。
「皆さんに、お願いがあります」
ユウリの背中を撫でながら、ラヴレは神妙な面持ちで佇む五人に向き直った。
「私と、そしてユウリさんの話したことは、ヴォローニ家が何百年もの間守り続けてきた秘事です。それを知ってしまった貴方達の記憶を操作することは容易いですが、やはり、お願いしたいのです」
言外に、秘密を漏らすことはないと信頼している、というラヴレに、五人は頷きあう。
「俺たちは、誰にも漏らしません」
ヨルンがそう告げると、ラヴレは瞳を伏せて、小さく、ありがとう、と呟いた。
「ユウリさん。そして、皆さんにも。話しておかなければならないことがあります」
緊迫した声音に、ユウリは顔を上げる。
先程とは打って変わって、ラヴレの顔には暗い影が差していた。
「教会は、ユウリさんが《始まりの魔女》の力を持っていると知っています。ただし、過去に消滅させた《魔女》であるのかということに、確信は持っていません。また、《始まりの魔法》が、生まれ変わる前の貴女と同じであるのか、という疑問も持っています」
「では、ユウリにそれを使用することを禁止すれば良いのでは」
ユージンの提案に、ラヴレは首を振る。それほど単純であれば、どんなに良かったか。
「教会は……現法皇様は、貴女が以前と同じように、狂ってしまわなければ、手を出す必要がない、とおっしゃっているのです」
「待ってください。では、今回、いえ、前回も合わせて二度もあった魔物の襲撃は、教会ではないと?」
俄かには信じ難いといった表情でロッシが問うのに、ラヴレは肯定の意を示すように瞳を閉じた。
「そう。二度の魔物の襲撃、そして、伯母と伯父が命を落とした、あの襲撃。どれもが、法皇様の命ではなく、悪意のある何者かによって行われていた」
「そ、んな……」
顔色を失って、二、三歩後退しながら蹌踉めくユウリを、ヨルンが受け止める。
消耗している彼女に、今告げるべきではないことなのかも知れないが、今後起こり得る危険を回避するためには知っておいた方が良い。
「キマイラの襲撃後、その死体から一部を回収し、私はある紋章を発見しました」
両手を突き出したラヴレが詠唱すると、その紋章が立体的に投影される。何処かで見たことのあるようなそれに気付いたのは、レヴィだった。
「それは確か、四大王国以前の、帝国の紋章ではないですか」
《始まりの魔女》が現れて、四人の王となる人物に魔力を渡した後、四大王国として四分割され、事実上消えてしまった帝国。
その名を、クタトリア帝国と言う。
歴史の授業の中でも習う、その帝国の紋章が何を意味するのか。
「和平のために四分割された後、有志たちが《魔女》とともに平等と平和を維持する目的で教会を創ったことは、皆さんご存知ですね? しかし、クタトリアについて、伝えられていない事実があります」
「伝えられていない……?」
はい、とラヴレは頷いて、その事実を告げる。
「クタトリア帝国は、和平の後消えてしまったのではなく、和平のため、滅ぼされたのです」
——《始まりの魔女》と、四大王国の王達によって
誰一人として微動だにせず、けれど、その視線は、彼女の前に佇むラヴレに向けられていた。
「本当に……予想外なことばかり起こりますね」
彼は大きく溜息をついて、額に手を押し当てる。その表情は、意外にも、どこか清々しさを感じさせた。
「……シーヴ。彼女の本名は、シーヴライト= ヴォローニ。……私の、伯母です」
絶句して目を見開くユウリの隣に近づき、ラヴレは小刻みに震える肩を優しく撫でる。
「貴女の言うように、伯母は一族で一番力を持っていました。そして、彼女の夫グンダハール、ああ、貴女はグンナルと呼んでいましたね。その二人が《始まりの魔女》を保護したことは、誰にも、教会にさえ知られてはならない一族の秘密でした。けれど」
二人が命を落としたことは、直ぐにラヴレの父に伝えられた。
それも、一番避けたかった最悪の事態の中で彼等が逝ったということを知って、父親はラヴレに告げたのだ。
「彼等の行ったことに対する教会からの追及を逃れるため、生贄になれと、そう父に言われました。表向き彼等は、突然行方不明になったとされていたのです。彼等の行動が、一族の総意ではないと断言することが必要だった。私の実力は、一族の中で二番目です。教会幹部に名を連ねることも、学園の長に納まることも、全ては、一族の忠誠を教会へ示すために、私に与えられた責務だったのです。そして、その地位は首輪のように、何があっても私を教会に繫ぎ止める」
ラヴレは、あの柔らかな微笑みを湛える伯母を思い出す。
一族に課せられた使命のために、喪われた命。
では、何故自分は、それを奪った奴らに従っているのだろう。
彼もまた、独りで闘っていた。
伯母の死を、無駄なものにしないために。
一族の悲願を、叶え届けるために。
「貴女を見つけた時、息が止まるかと思いました。その魔力の意味を理解すると同時に、《始まりの魔法》を持ったまま、不完全な魔法で記憶の無い貴女を、どうしても手元に置いておきたかった。そうすれば、教会の手が貴女に伸びるのを、学園という隠れ蓑の中で、一番近くで阻止できる。伯母が、身命を賭して逃がした貴女を、この髪と瞳に懸けて教会から守ることが、私の使命だと思ったのです」
「学、園長……」
ぎゅっとラヴレのローブを握って、ユウリはその胸に顔を埋めた。静かな嗚咽が響く。
すっかり沈んでしまった夕日が、名残惜しそうに空を鮮やかなグラデーションに染め上げている。
「皆さんに、お願いがあります」
ユウリの背中を撫でながら、ラヴレは神妙な面持ちで佇む五人に向き直った。
「私と、そしてユウリさんの話したことは、ヴォローニ家が何百年もの間守り続けてきた秘事です。それを知ってしまった貴方達の記憶を操作することは容易いですが、やはり、お願いしたいのです」
言外に、秘密を漏らすことはないと信頼している、というラヴレに、五人は頷きあう。
「俺たちは、誰にも漏らしません」
ヨルンがそう告げると、ラヴレは瞳を伏せて、小さく、ありがとう、と呟いた。
「ユウリさん。そして、皆さんにも。話しておかなければならないことがあります」
緊迫した声音に、ユウリは顔を上げる。
先程とは打って変わって、ラヴレの顔には暗い影が差していた。
「教会は、ユウリさんが《始まりの魔女》の力を持っていると知っています。ただし、過去に消滅させた《魔女》であるのかということに、確信は持っていません。また、《始まりの魔法》が、生まれ変わる前の貴女と同じであるのか、という疑問も持っています」
「では、ユウリにそれを使用することを禁止すれば良いのでは」
ユージンの提案に、ラヴレは首を振る。それほど単純であれば、どんなに良かったか。
「教会は……現法皇様は、貴女が以前と同じように、狂ってしまわなければ、手を出す必要がない、とおっしゃっているのです」
「待ってください。では、今回、いえ、前回も合わせて二度もあった魔物の襲撃は、教会ではないと?」
俄かには信じ難いといった表情でロッシが問うのに、ラヴレは肯定の意を示すように瞳を閉じた。
「そう。二度の魔物の襲撃、そして、伯母と伯父が命を落とした、あの襲撃。どれもが、法皇様の命ではなく、悪意のある何者かによって行われていた」
「そ、んな……」
顔色を失って、二、三歩後退しながら蹌踉めくユウリを、ヨルンが受け止める。
消耗している彼女に、今告げるべきではないことなのかも知れないが、今後起こり得る危険を回避するためには知っておいた方が良い。
「キマイラの襲撃後、その死体から一部を回収し、私はある紋章を発見しました」
両手を突き出したラヴレが詠唱すると、その紋章が立体的に投影される。何処かで見たことのあるようなそれに気付いたのは、レヴィだった。
「それは確か、四大王国以前の、帝国の紋章ではないですか」
《始まりの魔女》が現れて、四人の王となる人物に魔力を渡した後、四大王国として四分割され、事実上消えてしまった帝国。
その名を、クタトリア帝国と言う。
歴史の授業の中でも習う、その帝国の紋章が何を意味するのか。
「和平のために四分割された後、有志たちが《魔女》とともに平等と平和を維持する目的で教会を創ったことは、皆さんご存知ですね? しかし、クタトリアについて、伝えられていない事実があります」
「伝えられていない……?」
はい、とラヴレは頷いて、その事実を告げる。
「クタトリア帝国は、和平の後消えてしまったのではなく、和平のため、滅ぼされたのです」
——《始まりの魔女》と、四大王国の王達によって
0
お気に入りに追加
79
あなたにおすすめの小説
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした
葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。
でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。
本編完結済みです。時々番外編を追加します。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
もう彼女でいいじゃないですか
キムラましゅろう
恋愛
ある日わたしは婚約者に婚約解消を申し出た。
常にわたし以外の女を腕に絡ませている事に耐えられなくなったからだ。
幼い頃からわたしを溺愛する婚約者は婚約解消を絶対に認めないが、わたしの心は限界だった。
だからわたしは行動する。
わたしから婚約者を自由にするために。
わたしが自由を手にするために。
残酷な表現はありませんが、
性的なワードが幾つが出てきます。
苦手な方は回れ右をお願いします。
小説家になろうさんの方では
ifストーリーを投稿しております。
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。
音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。
だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。
そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。
そこには匿われていた美少年が棲んでいて……
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる