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第三章 《始まりの魔法》
3-3. 力の発動
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息を殺し、茂みの中から辺りの様子を窺って、ユウリは途方に暮れている。
(これは、困った)
素直に案内に従ってしまった不注意さにも、課外授業にも関わらず容赦のない嫌がらせにも、危険種魔獣に属するジャバウォックの群れに遭遇してしまう自分の不運さにも、呆れて乾いた笑いしか出てこない。
数少ない普通魔法のレパートリーの中から連発した霧の魔法で、なんとか身を隠すことには成功したが、身動きできる気がしないために、群れに見つかるのは時間の問題だと思われた。
(あまり、気は進まないけれど、命には代えられない……)
そろりと頸にある小さな金具に手を添える。
——と同時に、ユウリが居る茂みと反対方向の森がうねりを上げ、魔獣達の注意を引きつけた。
慌てて辺りを見回すと、遥か遠方の上空に空中移動してくる二つの影を認める。
(ヨルンさん、ユージンさん!)
駆け出そうとする彼女に、ヨルンは人差し指を口元に当ててみせる。はっと振り向くと、群れはまだ警戒を解いていないようだった。
二人がゆっくりと降下して来る方向に、未だ晴れない霧の中をそろりと進み始めた。
あと少しで合流できる、と安心して、踏み出した右足の下に違和感を感じて血の気が引く。
踏みしめた枝が裂ける、僅かな音。
一斉にこちらを見据える赤黒い眼の集合に、冷たい汗が吹き出る。
「ユウリ!」「チッ!」
咄嗟に目の前に降り立ったヨルンとユージンの間から、光に反射する凶悪な爪が振り下ろされるのが見えた。
「嫌——ッ!」
無意識に手の内に収めていた機械時計が、チリ、と熱くなる——刹那。
轟音とともに、強大な火柱が立ち昇り、圧倒的な熱量を持って魔物達を一掃する。
「きゃあ!」
「何……?!」
熱から顔を守るように上げた腕を下ろすと、あたりはマグマに薙ぎ払われたようにぶすぶすと燻っていた。
更には、驚愕の表情のユウリの身体から立ち上る、触手のような魔力の揺らめきがユージンとヨルンの身体に巻きついている。
飛行魔法で消費した大量の魔力が補われていくのを感じて、二人は自分の掌を呆然と眺めた。
「なんだ、これは……」
「呪文……ではないよね」
回復魔法などという生易しいものではない。身体中の細胞に満たされていくいつも以上の魔力量。
わけがわからない、といった表情でユウリを見返して、その違和感に気づく。
「ユウリ、その眼」
「え?」
普段は深く揺らめく漆黒の瞳が、今は真紅に燃えていた。
学園長の言葉が蘇る。
『その力は、《始まりの魔法》と呼ばれています』
《始まりの魔法》を使うもの、即ち——《始まりの魔女》。
——その者、闇に炎を携え舞い降りる
——全てのものに終わりと始まりの平等を
歴史書の決まり文句が、二人の脳裏を去来する。
畏怖と驚愕の入り混じる二人の視線を、ユウリはただ困惑気味に受け止めていた。
(これは、困った)
素直に案内に従ってしまった不注意さにも、課外授業にも関わらず容赦のない嫌がらせにも、危険種魔獣に属するジャバウォックの群れに遭遇してしまう自分の不運さにも、呆れて乾いた笑いしか出てこない。
数少ない普通魔法のレパートリーの中から連発した霧の魔法で、なんとか身を隠すことには成功したが、身動きできる気がしないために、群れに見つかるのは時間の問題だと思われた。
(あまり、気は進まないけれど、命には代えられない……)
そろりと頸にある小さな金具に手を添える。
——と同時に、ユウリが居る茂みと反対方向の森がうねりを上げ、魔獣達の注意を引きつけた。
慌てて辺りを見回すと、遥か遠方の上空に空中移動してくる二つの影を認める。
(ヨルンさん、ユージンさん!)
駆け出そうとする彼女に、ヨルンは人差し指を口元に当ててみせる。はっと振り向くと、群れはまだ警戒を解いていないようだった。
二人がゆっくりと降下して来る方向に、未だ晴れない霧の中をそろりと進み始めた。
あと少しで合流できる、と安心して、踏み出した右足の下に違和感を感じて血の気が引く。
踏みしめた枝が裂ける、僅かな音。
一斉にこちらを見据える赤黒い眼の集合に、冷たい汗が吹き出る。
「ユウリ!」「チッ!」
咄嗟に目の前に降り立ったヨルンとユージンの間から、光に反射する凶悪な爪が振り下ろされるのが見えた。
「嫌——ッ!」
無意識に手の内に収めていた機械時計が、チリ、と熱くなる——刹那。
轟音とともに、強大な火柱が立ち昇り、圧倒的な熱量を持って魔物達を一掃する。
「きゃあ!」
「何……?!」
熱から顔を守るように上げた腕を下ろすと、あたりはマグマに薙ぎ払われたようにぶすぶすと燻っていた。
更には、驚愕の表情のユウリの身体から立ち上る、触手のような魔力の揺らめきがユージンとヨルンの身体に巻きついている。
飛行魔法で消費した大量の魔力が補われていくのを感じて、二人は自分の掌を呆然と眺めた。
「なんだ、これは……」
「呪文……ではないよね」
回復魔法などという生易しいものではない。身体中の細胞に満たされていくいつも以上の魔力量。
わけがわからない、といった表情でユウリを見返して、その違和感に気づく。
「ユウリ、その眼」
「え?」
普段は深く揺らめく漆黒の瞳が、今は真紅に燃えていた。
学園長の言葉が蘇る。
『その力は、《始まりの魔法》と呼ばれています』
《始まりの魔法》を使うもの、即ち——《始まりの魔女》。
——その者、闇に炎を携え舞い降りる
——全てのものに終わりと始まりの平等を
歴史書の決まり文句が、二人の脳裏を去来する。
畏怖と驚愕の入り混じる二人の視線を、ユウリはただ困惑気味に受け止めていた。
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