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第三章 《始まりの魔法》
3-2. 行方不明
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生徒達のレポートを回収しながら、ヨルンはふと、よく見かけるスミレ色のストレートヘアーが何かを探すように辺りを見回しているのに気づいた。その隣にいつもある漆黒が見えない。
「ナディアちゃん」
「ヨルンさん!」
ヨルンに声を掛けられたナディアが勢いよく振り返る。その瞳は今にも溢れそうだった。
「ユウリ、見ませんでしたか?!」
「え?」
「いないんです! あっちの方で作業してて、私がクラスメイトと話して戻ったら、もういなくて」
ナディアの叫びに、他の生徒達がざわつきだす。はらはらと涙を落としながら、彼女は人目も憚らずにヨルンに縋り付いた。
「私が目を離したから、多分あの子、また変な嫌がらせで」
ユージンではないが、ヨルンは舌打ちしたくなる。
こんな時にまで、あの娘には悪意が向けられるのか、と悔しくなると同時に、カウンシルの役目であるユウリのサポートを、ナディアに任せ切っていた自分を呪う。
「大丈夫。先生に報告してきてくれる? 俺とユージンで直ぐに探しにいくから」
頰を拭いながら力強く頷いて駆けていくナディアの後ろ姿を見送って、ユージンを呼び止める。二人の会話が聞こえていたらしい彼は、すぐにヨルンに並んで、ナディアが指差した辺りを目指して走り出した。
「待て、ヨルン」
「何!?」
唐突に外套を掴まれて、珍しく声を荒げたヨルンが、立ち止まってしまったユージンの視線を追うと、上級クラスの生徒達が固まって何か囁き合っている。
「おい」
ユージンの鋭い声に、その中の数人がびくりとした。ヨルンにもその理由が分かって、知らずと厳しい表情となる。
「初級クラスの、ユウリという黒髪の女生徒を見かけたか」
「ええと、多分ナディアさんとご一緒してるのは見ましたわ」
「お前達、そちらから帰ってきたな。本当に、それ以外見なかったのか」
念を押すように言われた女生徒達が顔を見合わせ、意を決したように一人が口を開いた。
「お、思い出しましたわ。彼女、ナディアさんを追いかけて、あの樫の大木の方に行ってらしたので、そこから左に行けばいい、と教えて差し上げて」
視線が泳いで、彼女の発言が真実でないことを物語っている。
ユージンは舌打ちすると、ヨルンに短く、飛ぶぞ、と告げて詠唱を始めた。飛行魔法はかなりの魔力を要するが、ユウリに迫っているであろう危機を考えると、背に腹は変えられない。
すでに空中を蹴っているヨルンは、詠唱を終えたユージンに確かめるように叫ぶ。
「樫の大木から右にしばらく行くと、危険種の生息地帯だ」
ユージンは頷いて、加速したヨルンの後を追った。
「ナディアちゃん」
「ヨルンさん!」
ヨルンに声を掛けられたナディアが勢いよく振り返る。その瞳は今にも溢れそうだった。
「ユウリ、見ませんでしたか?!」
「え?」
「いないんです! あっちの方で作業してて、私がクラスメイトと話して戻ったら、もういなくて」
ナディアの叫びに、他の生徒達がざわつきだす。はらはらと涙を落としながら、彼女は人目も憚らずにヨルンに縋り付いた。
「私が目を離したから、多分あの子、また変な嫌がらせで」
ユージンではないが、ヨルンは舌打ちしたくなる。
こんな時にまで、あの娘には悪意が向けられるのか、と悔しくなると同時に、カウンシルの役目であるユウリのサポートを、ナディアに任せ切っていた自分を呪う。
「大丈夫。先生に報告してきてくれる? 俺とユージンで直ぐに探しにいくから」
頰を拭いながら力強く頷いて駆けていくナディアの後ろ姿を見送って、ユージンを呼び止める。二人の会話が聞こえていたらしい彼は、すぐにヨルンに並んで、ナディアが指差した辺りを目指して走り出した。
「待て、ヨルン」
「何!?」
唐突に外套を掴まれて、珍しく声を荒げたヨルンが、立ち止まってしまったユージンの視線を追うと、上級クラスの生徒達が固まって何か囁き合っている。
「おい」
ユージンの鋭い声に、その中の数人がびくりとした。ヨルンにもその理由が分かって、知らずと厳しい表情となる。
「初級クラスの、ユウリという黒髪の女生徒を見かけたか」
「ええと、多分ナディアさんとご一緒してるのは見ましたわ」
「お前達、そちらから帰ってきたな。本当に、それ以外見なかったのか」
念を押すように言われた女生徒達が顔を見合わせ、意を決したように一人が口を開いた。
「お、思い出しましたわ。彼女、ナディアさんを追いかけて、あの樫の大木の方に行ってらしたので、そこから左に行けばいい、と教えて差し上げて」
視線が泳いで、彼女の発言が真実でないことを物語っている。
ユージンは舌打ちすると、ヨルンに短く、飛ぶぞ、と告げて詠唱を始めた。飛行魔法はかなりの魔力を要するが、ユウリに迫っているであろう危機を考えると、背に腹は変えられない。
すでに空中を蹴っているヨルンは、詠唱を終えたユージンに確かめるように叫ぶ。
「樫の大木から右にしばらく行くと、危険種の生息地帯だ」
ユージンは頷いて、加速したヨルンの後を追った。
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