上 下
27 / 114
第三章 《始まりの魔法》

3-1. 課外授業

しおりを挟む
 《北の大地》に密集する森林は、魔導の森と呼ばれている。
 学園に隣接する森は、学園を挟んで東の森と西の森に分かれており、その奥地へ進むほど魔力の影響は強くなり、危険生物も多くなる。
 その代わりに、学園近くでは、森の魔力のおかげで、ここでしか見られない珍しい性質の動植物が観測され、採集や研究に用いることが出来た。
 学園の授業の一環で、この森で課外授業をすることも珍しくない。

「今日は、魔導森ブドウを探して採集、その成分の分析を各自のレベルで行ってもらう。このブドウは、危険地域近辺にしか生息していないため、一歩間違えば、魔物や魔植物の群生地に足を踏み入れかねない。皆、私や助手達から離れすぎないように」

 植物学の教師が説明を終えると、本日の助手であるヨルンとユージンが二手に分かれて生徒を誘導し始めた。
 学園近くの森とはまた違った風景に、ユウリはきょろきょろと辺りを見回す。今日は、彼女にとって初めての課外授業だ。

「初めてこんな奥まで来た」
「あら、そうなの?」
「うん、オットー先生のとこ行ったとき、ちらっと東の森の入り口に寄り道するくらいしかしたことない」
「まあ確かに、こんな奥まで来るのは、私も課外授業の時だけだわ」

 ナディアと雑談しながら、教科書に図解されているブドウを探す。魔導森ブドウは、そのまま食べると苦く、主に薬の原料や料理のスパイスとして使われ、熟成させると極上のワインになるらしい。

「あ、あれじゃない?」
「まあ、さすがユウリ!」

 相変らず大げさにユウリを褒めて、ナディアはいつも通り正確に浮遊魔法を放つ。ふわりとブドウが二房、彼女の手の中に転がった。
 まだ樹木の上の方に鈴なりになっているのを、お酒好きのオットーに少し持って帰ってやろうかと相談していると、数名の生徒達がこちらに来るのが見える。少し強張ったユウリの瞳に気付き、ナディアはその方向を確認してから彼女に微笑んだ。

「上級クラスの子達だわ。ちょっと行ってくるわね」
「うん、ごめんね」
「そこは、いってらっしゃいでしょ、ユウリ」

鼻をぎゅっと摘まれる。
へへ、と照れたように笑って、ユウリはナディアを見送った。そして、随分と綺麗になった自分の手の甲を見つめる。

(ナディアは優しいな)

 彼女の働きかけか、完全には無くなっていないものの、嫌がらせは随分と減った。
 二人で行動することが当たり前になると、遠巻きにしていた他の生徒達も少しずつ話しかけてくるようになったし、壁はあるものの、クラスメイトとして過剰に避けられることはあまりなくなったと思う。
 一部の生徒はそれでもやっぱり、攻撃的ではあるのだけれど。
 また、実技の時間の失敗が減って、教師達からの評価も少しずつ回復してきた。
 いまだに底辺ギリギリを彷徨ってはいるが、完全に落第という事態は免れたようだ。

(独りの時間も、もう怖くない)

 ただそれだけのこと、と思われるかもしれないが、ユウリにとってはこの上ない喜びだった。
 ナディアがいなければ、もう挫けてしまっていてかもしれないとも思う。
 一人で闘うよりも、誰かが側にいてくれることがこんなに心強いなんて、昔のユウリは知らなかった。

 そんなことを思いながら、しばらくブドウの成分を書き出していたユウリが顔を上げると、あたりの生徒はまばらになっている。
 ナディアはまだ帰ってきてないが、戻れば合流できるだろう。

「ちょっと、そっちは危険地域よ」
「え?」

 呼び止められて振り返ると、以前ナディアといる時に言葉を交わした上級クラスの生徒達が居た。

「私達が来た方から帰った方が、ナディアさんともすぐ合流できると思うわ」
「でも」
「ああ、そっか、お一人ですもんね」

 やはりまだ警戒しそうになるユウリの手を握って、彼女達は優しく微笑んだ。

「ここをずっと真っ直ぐ進めば、大きな樫の木があるの。、最初の広場に出るわ。大丈夫、私達もあと少し書き終えたら、追いかけてあげる。不安なら、その木のところで待っていて」
「あ、ありがとうございます」

 丁寧な説明にほっとして、ユウリは頭を下げて示された道を歩いていく。
 その背中に投げかけられる視線が鋭く冷たいことに、彼女は気づいていなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

悪役令嬢に転生するも魔法に夢中でいたら王子に溺愛されました

黒木 楓
恋愛
旧題:悪役令嬢に転生するも魔法を使えることの方が嬉しかったから自由に楽しんでいると、王子に溺愛されました  乙女ゲームの悪役令嬢リリアンに転生していた私は、転生もそうだけどゲームが始まる数年前で子供の姿となっていることに驚いていた。  これから頑張れば悪役令嬢と呼ばれなくなるのかもしれないけど、それよりもイメージすることで体内に宿る魔力を消費して様々なことができる魔法が使えることの方が嬉しい。  もうゲーム通りになるのなら仕方がないと考えた私は、レックス王子から婚約破棄を受けて没落するまで自由に楽しく生きようとしていた。  魔法ばかり使っていると魔力を使い過ぎて何度か倒れてしまい、そのたびにレックス王子が心配して数年後、ようやくヒロインのカレンが登場する。  私は公爵令嬢も今年までかと考えていたのに、レックス殿下はカレンに興味がなさそうで、常に私に構う日々が続いていた。

転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留
恋愛
【タイトル変えました】 公爵令嬢エミリア・ブラウンは、突然前世の記憶を思い出す。 この世界は前世で読んだ小説の世界で、泣き虫の日本人だった私はエミリアに転生していたのだ。 小説によるとエミリアは悪役令嬢で、婚約者である王太子ラインハルトをヒロインのプリシラに奪われて嫉妬し、悪行の限りを尽くした挙句に断罪される運命なのである。 だが、記憶が蘇ったことで、エミリアは悪役令嬢らしからぬ泣き虫っぷりを発揮し、周囲を翻弄する。 どうしてもヒロインを排斥できないエミリアに代わって、実はエミリアを溺愛していた王子と、その側近がヒロインに罠を仕掛けていく。 それに気づかず小説通りに王子を籠絡しようとするヒロインと、その涙で全てをかき乱してしまう悪役令嬢と、間に挟まれる王子様の学園生活、その意外な結末とは――? *異世界ものということで、文化や文明度の設定が緩めですがご容赦下さい。 *「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも掲載しています。

悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています

平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。 自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

闇黒の悪役令嬢は溺愛される

葵川真衣
恋愛
公爵令嬢リアは十歳のときに、転生していることを知る。 今は二度目の人生だ。 十六歳の舞踏会、皇太子ジークハルトから、婚約破棄を突き付けられる。 記憶を得たリアは前世同様、世界を旅する決意をする。 前世の仲間と、冒険の日々を送ろう! 婚約破棄された後、すぐ帝都を出られるように、リアは旅の支度をし、舞踏会に向かった。 だが、その夜、前世と異なる出来事が起きて──!? 悪役令嬢、溺愛物語。 ☆本編完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

処理中です...