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32話 お花畑とゴミ捨て場

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 しばらくして、2-Aのクラスがざわついていた。
 悪い意味じゃない。ただ、浮き足立っているだけだ。
「最近、クラスの空気が気持ち悪かったぁ。やっと皇樹さんとお話しできる」
「でも……悪いことしたよね」
「皇樹さん綺麗だし、近寄りがたいってのもあったけど……でも、話してみるととっても気さくなひとみたいだし」
 女子が反省会を開いていた。
「ぜんぶ、高久のせいよ。ねー、天宮」
「まちがいない」
 クラスの女子が俺の後ろにあつまって、おしゃべりをしている。こうみると、クラスで高久をせめているようにも見えるのは気のせいだろうか。
 高久のちかくには気のいい男たちが集まって、「やり直そう」「ここから、ここから」と声をかけている。
「皇樹さんには聞きたいこと、いっぱいあるし。ねー、天宮」
「あるある」
 適当に返事をしていると、花恋からメッセージが飛んでくる。
「いま、玄関だよ。もうすぐ教室いくよ!」
 俺はそのメッセージにありがとう、と返した。
「本番いくぞー。ターゲット、いま玄関」
 スマホを見ながら、クラスに向けて言う。
「みんな、事前に質問を考えておこう。いざとなると困ってしまうぞ」
やる気満々の高久が言った。
「仕切るな、高久」
「調子のるな、高久」
「天宮、あいつあんなこと言いながら、おまえのこと都落ちとか言ってバカにしてたぞ」
「知ってる。あいつ生まれの良さとか成績の良さを価値だと思ってる、勘違い野郎だから」
「ぐふぅ、天宮、天宮ごめん」
「いや、許さねーし」
 踏んだり蹴ったりの高久を、われむような笑いが起こった。
 セブンが言っていた。やらかすたびに人間は強くなる、と。俺は助けないけど、がんばれ高久。
「来た、来た!」
 教室の扉から校舎内をみつめていた男子から声が上がる。
 全員、いつも通りのクラスの風景を演出するために、教室の後ろで話していたり、わざわざ寝たふりをしてくれるやつもいる。落ち着きなくそわそわしてるやつまでいて、様々だった。
 美月が教室にはいってくる。いつも通り学校での美月。凛として歩いている。背筋がよく伸びていて、髪をなびかせて、すこし顎を引いたように首を伸ばして歩く。
 俺としては、口の端をあげるようなニマニマしたような笑い方とか、大きく口を開くような屈託のない笑みを浮かべていてくれたほうが、いつもという気がするけれど。
「あれ、しぐれだ。おはよー。 いま、しぐれのクラスのぞいてきたのに、いなかったからどうしたのかと思ちゃった」
「おはよう。いや、ちょっとこっちに用があっただけだから。もう、戻るけど」
「えー……」
 すねたように美月が言う。
 唇をとがらせて、スクールバックを大きく振って俺に当ててくる。
 そんな美月に声をかける女子の姿があった。「ねー、天宮」とか、ねーっていいながら同意を求めてくる人懐っこいタイプの女子。
 ただし、名前は忘れた。
 誰にでも話しかける性格で、1年のとき、たまに話しかけられた覚えだけある。
「ねーねー、皇樹さん。エリス学園ってお嬢様ばっかりなのー? あとね、あとねー」
 たのんだ手前、先陣を切っていろんな質問をしようとしてくれているのはうれしい。
 それを皮切りに、美月のクラスメイトは待ってましたとばかりに口を開いた。
「ウチも気になる」
「エリスの女の子、紹介してくんねーかな?」
「部活動はなにやってたんですか」
 席を立ち、美月に質問しようをまわりに立つ。それが囲みとなって、美月をとりまいた。
 漫画のような、絵にかいた人気者の転校生が出来上がる。
 だれかが質問したことを、美月が驚きながら質問に答えようとするけど、質問が多すぎる。
「えっ、えっ? なんで?」
 驚いて、声をあげる美月を残して、俺はこっそり囲みをでた。イベントなんかでカメラを持ってモデルさんとかを撮影してると、頻繁にああいう光景に出くわすから、こりごりだ。
 クラスの大部分が協力してくれて、美月を輪にいれようと頑張ってくれているなか、高久は遠巻きにその光景をみていた。あの光景をつくるのに、嫌々協力してくれてるやつもいるだろうけど、ありがたいと思った。高久みたいに、いかないやつがいてもいいとは思う。
「いかねーの?」
「俺が行くと気まずいだろうさ」
「なに一歩引いてんだよ。お前の存在感なんて、そんなにないから輪に入っても大丈夫だろ」
「でも、なにを聞いていいか、わからないよ」
「ライン教えてでも、なんでもいいじゃん」
「皇樹さん、皇樹さん、ライン、ラインッ、ライン教えてっ」
 違和感ありまくりで、演技の下手な高久でも、一生懸命空気をつくろうとして言った。
「来るな、高久」
「離れろ、高久」
「俺らに関わるな、高久」
「ウグウ、ひ、ひどいよ、みんな」
 クラスメイトは高久を輪から蹴りだした。村八分の光景ってこんなのなんだろうなと思うぐらい、見事にはじき出されていた。
 まあ、予想と違うけれどいいかな。これでおせっかいでも、クラスで話し相手のひとりふたりできてくれればいいな。そう思って、俺は教室を出ようとしていた。
「ちょっと、しぐれ。たすけてよっ」
「えっ?」
 人垣をかき分けて、美月が手を伸ばして肩を掴んでくる。その顔は風呂あがりよりも赤く、開いた唇を恥ずかしそうに震わせている。
「どうしたよ」
「ねーねー、天宮もさ、皇樹さんと付き合ってるのー?」
「はっ?」
 さっきまで良い奴らだなと思ってたのに、一気に見方が変わった。ただのゴシップ好きなやつらだ、これ。
「だって、いつもいっしょに登校してるでしょー?」
「お昼ご飯もいっしょでしたよね」
「いや、ただの知り合いだ」
「ふーん、知り合いで、朝いっしょに登校するんだ。車で登校するってことは、どこかにいっしょにいたってことだよね? ねー、それとも車でわざわざお互いの家に寄るの? いっしょにいたって考えたほう自然だよね。で、どういう関係? ねー、天宮ー?」
 キャーッという笑い声があがる。
 美月をちらっと見る。「どうにかしてー」と恥ずかしそうに睨んでくる。こういうとき、美月はうまく逃げそうなのに。
「朝のホームルームがはじまるから、クラスに帰るわ」
 俺は逃げようとした。
 しかし、回り込まれた。
 どうもこのクラス、他人のウィークポイントをえぐることに一切の抵抗がない。そのうえ、こんなときばかり協調性をみせてくる。
 なんてクラスだ。
「ねー、天宮。高久がなにか言いたそう」
「天宮、実際どこまでヤったん?」
 聞きたいことを聞いてやったといわんばかりのドヤ顔だ。
 周りの男どもが美月を見て、鼻の下を伸ばしていた。
「すがすがしいクズに成り下がったな、腹グロ野郎」
「気がついたんだよ。教師にさえ見られなければ発言は自由だと。質問に答えろよオタク野郎」
 なつかしいなと思った。
 そういえば、1年のときは、なにかにつけて高久と口喧嘩してたっけ。勉強方法とか、国語のテストの問題傾向とか、英単語のアクセントまでもめたことがある。
「クズが優等生の仮面かぶったみたいな性格、一切なおってねえじゃねえか、お前。すこしだけ悪びれた態度とりやがって、反省しろ」
「っは。お前も休学して少しは口の悪さとオタクが治ったと思ったら、変わらないじゃないか。深夜アニメをリアタイした次の日、遅刻してくるクセぐらいは治ったんだろうな?」
「深夜アニメは俺の生きがいだから。あと、学校なんていくら遅刻しようがサボろうが三分の二出席してればいいだろ。結局、卒業すりゃいいんだよ。あと、勉強は家でもできる」
 高久は激怒した。
「イヤミか、天宮ーーっ」
「相変わらずコンプレックスの塊みてえなやつだな」
 美月が再び女子の輪に戻る一方、俺は高久とクラスの男子に囲まれて、ギャーギャーと言い合いをはじめる。
 お花畑とゴミ捨て場をみているようだと、だれかが言った。
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