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五章
37話「20XX年、6月。」
しおりを挟む肩までのボブカットだった。
目がぱっちりしてて、知り合いや親から「宝石みたいな目」って言われてたっけ。
蛇の目みたいにキラキラしてて、ずっと見てたら吸い込まれそうなくらい綺麗な目だった。
20XX年、6月。
高校一年の、晶が、完璧だった瞬間。
「朱里ちゃん今日髪下ろしてるんだ、なんで?」
「うん、ゴムが無くてさ…。」
「私のゴム使う?」
「んーん、評判いいからこのままでいるよ。」
「なにそれー!」
わざわざ晶のクラスの前で中学の頃からの友達と話してたのを覚えてる。
晶が高校にいるっていうのが嬉しくて、晶に友達がいるのが嬉しくてずっと見てたのを覚えてる。
たった一年前だから覚えてて当然なんだけど、昨日の事のように思い出せる。
サラサラの髪を耳にかけてニコニコ笑ってる。
私を見つけたらちょっと嫌そうな顔をしてからふんわり微笑んでこっそり手を振ってくれる晶が可愛い。
可愛くて仕方ない。
「なあ。」
「え?」
晶を見ながらニヤニヤしていると、入学当時噂になった金髪の男に話しかけられた。
「え…?何…ですか?」
「ですか、って何だよ…同い年だからタメ口でいいのに。」
「同い年…?」
この頃の私は智明を年上の先輩だと思ってた。
入学式で見かけたのは覚えてるけど、「私も結構薄めの茶髪なのにあの人のせいで目立たないじゃん!!」って拗ねてた記憶しかない。
「俺の名前は沢田智明、よろしくな。」
そう言いながら右手を伸ばす金髪男と右手で握手をする。
沢田、智明…。
…?沢…田?
「あー!君って入学初日で金髪にして来た子だよね!」
「そうだぞ、高校デビュー!」
「黒の方がかっこいいよ絶対!」
「うるせえ!俺はこれから一生金髪キャラで生きていくんだ!!」
友達の会話が遠くに聞こえる。
沢田智明、ねぇ。
「あ!そうだ!お前らに聞きたい事があって…。」
突然思考を遮られ体がびくりと跳ねてしまう。
「え?あ…うん…ど…どうしたの?」
「俺の友達見てないか?男で…黒髪で…こんくらいの背のやつ。」
話題になっていた金髪の男はそう言いながら、私と自分の間くらいの場所を手で指し示した。
…これくらいだったら…多分160後半くらいの子かな…。
「見てないけど…そのお友達がどうしたの?」
「なんか迷ったっぽくてさ…あいつ何も考えずに一人で歩いて迷う癖があるから困ってて…。」
「ふふ…一人で歩いて迷う癖があるって何?」
「嘘かもしれないけど本当なんだよ!迷う癖にあいつ楽しんでて…小学校の頃なんか「今日用務員さんのお部屋入っちゃった!」とか言い出すんだ…。」
…へぇ、小学校からの幼馴染か…。
ニヤニヤしながら話してるし…さては大好きだな?
ふんわりマウント取るのも強いし…。
「とりあえず見つけたら校門で待ってろって伝言しといて!迷いそうだったら連れて行ってやってくれたら嬉しいな…。」
そう言いながら申し訳なさそうに自分の髪を触る智明。
なんか保護者みたいだな…こういうBL見た覚えがあるぞ…。
なんて思いながら二人のこれからを想像していると、智明がこんな言葉を口にした。
「あ、そうだ、お前…確か…雅朱里だよな。」
「え…うん、そうだけど…?」
「いつも髪結んでるよな、おろしてるのも可愛いじゃん。」
「……あ…りがと…。」
それから部屋にあるヘアゴムを全部捨てたのは言うまでもないね。
この時に好きになったのも、言うまでもない。
「あ!あかりちゃん!!」
その時、遠くから声が聞こえた。
そこには小さな体で大きく手を振る彩ちゃんが。
「彩ちゃん!ごめん、今日は先帰ってて…。」
友達にそう頼むと、眉を上げ明るい表情をしてから私に背を向けた。
「分かった、また明日ね!」
その友達に手を振ってから、不安そうに震えてる彩ちゃんの元へ駆け寄る。
「あかりちゃん…。」
「どうしたのそんな大きな声出して…。」
「迷子になっちゃって…。」
「あらま…。」
…なんかデジャヴ。
もしかしたらあの智明が言ってた幼馴染と彩ちゃん…お似合いの二人になっちゃうんじゃない?
いや彩ちゃんは私の女。
誰にも渡さん。
晶も私の女。
みんな私の女。
「今日は一緒に帰ろ、彩ちゃんがまた迷っちゃったらダメだもんね…。」
「うん…ありがとう朱里ちゃん…。」
彩ちゃんとはこの頃からの友達。
みんなから「昔からの親友みたい」とか「幼馴染かと思ってた」って言われるけどね。
彩ちゃんの背中をぽんぽん撫でながらそっと晶の教室の方へ視線を移動させると、教室に居る誰かと親しげに話しながら廊下へ出る晶が。
そういえばこの頃は明人君と会った記憶が無いな…同じ高校だったはずなのにな…。
「朱里ちゃん…今日新刊出るから本屋さん行きたい…。」
「新刊?え?一片の?」
「うん、雪ちゃんが表紙。」
「マジか…わー金欠だどうしよ…。」
なんて事を彩ちゃんと話しながら晶とすれ違う。
すれ違うと同時に、左の掌に隠していたメモの切れ端を渡し、晶も私に何かを書いた紙をそっと手渡して来た。
晶にはこれを手渡した。
『晶は上手く溶け込めてるよ』と書いたメモを。
後で確認した晶からのメモには『良い子を見つけた』って書いてあったっけ。
これを読んだ日は晶に好きな人でも出来たのか…!って嬉しかった反面ちょっと悲しんでたけど…今思うとこれは明人君の事だったのかな。
それともまた違う誰か?
そっと振り返りメモを手渡した晶を見てみると、廊下の端に座り込み、自分の鞄の中をゴソゴソと漁っていた。
…まさか晶…今日…。
いや私がまだだから違うか。
「朱里ちゃんどうしたの?」
「いや…なんかあの子が困ってるみたいでちょっと気になって…。」
と言いながら晶を指差すと、彩ちゃんがそっと晶ちゃんを見てから少し不安そうな顔をした。
「え?あ…本当だ…。」
「私何があったか聞いてくる…待ってて。」
「分かった…。」
こういう設定にしておいたら話しても良いよね…?
心配なのは事実だし。
「どうしたの?」
と言いながら晶と同じようにその場に座り込むと、「鞄の中にしまったはずのキーホルダーがなくて…」と弱々しく呟いた。
「キーホルダー…?」
そんなのつけてたっけ?と悩んでいると、晶が少しだけ微笑み、私にしか聞こえない声でこう呟いた。
「いや…あんたが友達と話してるの見たら…羨ましくてさ。」
「羨ましいって…?」
「キーホルダーなんか探してないよ、ただあんたとこうやって話したかっただけ。」
…もう!!!!!!
好き!!!!!!!!!!!!!!
楽しかったなって思った。
このままこういう生活が続けば良いなって思った。
なのに。
次の月。
7月に何もかもが変わってしまった。
朝、眠い目を擦りながら晶を起こしに行くと髪を乱雑に切られた晶が。
綺麗な目が真っ黒に染まってて、乾燥した唇がぼそぼそと途切れ途切れにこんな言葉を口にした。
「もう生きたくない。」と。
晶の髪を撫でた。
綺麗だった黒髪が中途半端な位置で切られ、綺麗だった目は何者かによって真っ黒に染められてしまった。
晶が力を手に入れたせいで。
澁澤のクソ野郎のせいで。
晶が誰かを模倣しないと生きていけないようになってしまった。
誰かから聞いた自分の母親を模倣しながら生きていかなきゃいけないようなこんな世界のせいで。
晶の為に生きようと決めた。
死ぬのは怖いけど、晶の為ならと思った。
その時力が芽生えた。
神様が「晶を守れ」と言ってくれたような気がした。
私が晶を守る。
晶は私の全て。
細くて震えてる晶を抱きしめた。
強く抱きしめた。
声を出さずに無く晶が痛々しかった。
いつもこうやって泣いてたんだって思うと、胸が張り裂けそうになった。
「私が側に居るから…来年はずっと側に居られるように調整するから、ね?」
「朱里…もういやや…生きたくない…。」
「うん、大丈夫だよ、大丈夫だから…好きなだけ泣いていいよ…晶…大好きだよ…何があっても大好きだから…。」
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