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三章
29話 読まない
しおりを挟む「なら…お前はどんな能力なんだ?」
と、何故か、少しだけ嬉しそうに尋ねてくる智明。
……どんな能力…?なんて説明すればいいんだろう。
人の真似をする能力…?
それとも人の特技を盗む能力?
人の個性を全て奪ってしまう能力?
……自分が誰か忘れてしまう能力?
……ダメだ、ネガティブになっちゃダメだ。
私には取り柄なんてないんだから…底無しに明るいフリをしなきゃ。
自分を使い分けるのが上手いフリをしなきゃ。
演技が上手いフリをしなきゃ。
…全てが計算のうちだというフリをしなきゃ。
手の震えをぐっと抑え、
「…ただモノマネが上手くなるだけや。」
なんて言ってみると、朱里と龍馬が、何故か同情する様な表情をし、少しだけ眉間に皺を寄せた。
心を読んでみても、『晶さん…』や『晶…』みたいな事しか考えてないし…何が言いたいのか分からない。
何がダメだったのかな?それとも手の震えに気付かれた?
ごめん、だって私の能力を表す言葉なんてこれしかないんだよ。
私の能力を…こんなゴミみたいな能力を表す言葉なんて、これしか。
少しだけ目を伏せ、バレないように頬の内側を軽く噛むと、智明が
「ほぉ、かっこいいじゃねえか」
と、優しく答えてくれた。
…かっこいい?
……かっこいい?私のゴミみたいな能力が?
何も持っていない人にはこんな私でもかっこよく見えてしまうの?
…違う、それは私を見た目しか知らないからだ。
中まで知られたら、きっと幻滅される。
「かっこいいやと?そんくらい知ってるわ」
…偽んなきゃ生きてけないんだよ。
私みたいな…弱虫。
「モノマネしてみよか?誰のモノマネがいい?」
絆創膏だらけの右腕を押さえながら、少しだけ身を乗り出すと、3人が優しく微笑んだ
……ダメだ。
このままじゃダメだ。
3人からは見えない様、こっそりパーカーのポケットの中に手を入れ、拳をぎゅっと固く握りしめる。
…この3人の事を…裏切るような事しちゃダメだ。
私は、期待に答えなきゃいけない。
この3人の目には、私は強く映ってるんだ。
私の想像の…倍くらい。
……それなら、答えなきゃ。
本当に強くならなきゃ。
……その為には。
……もう…心は読まない。
私は、私の力だけで…強くなってみせる。
「じゃあ私野菜ブラザーズの三郎がいいな!」
「僕一郎!」
「じゃあ俺五郎な!」
「待って何そのアニメ知らんねんけど。」
「じゃあ僕たち先車行ってるね!」
「うん、じゃあ後でな!」
ガレージに向かう龍馬と朱里を見送ってから、皐月が待っているリビングへ足を踏み入れ、こう問いかけてみる。
「…で、用事って何や。」
…皐月は今何を考えてるんだろう。
分かんない。
でもそれが普通なんだ。
すると、皐月が私の顔をじっと見つめてから、向かいの椅子を指差した。
……これは、座れって事…やんな?
いや考えんでも分かるわ、アホかうち。
皐月の指示通り向かいの椅子に座り、初対面で、その上友達の親に対する対応とはかけ離れた話し方で、ずっとずうっと気になっていた質問を何個か投げかけてみる。
「私の母の生年月日は」
「知らん」
「旧姓は」
「知らん」
「私の事を愛していたか」
「知るわけない」
「父の事を愛していたか」
「知りたくもない」
「……じゃあ」
「何も答えない」
…なんやそれ。
彼女の態度に少しばかりの苛立ちを覚えた私は、両掌で思い切り机を叩き、椅子が後ろに倒れそうなくらいの勢いで立ち上がる。
しかし、皐月はピクリとも表情を変えず、飄々とした態度でこんな言葉を口にした。
「…本当に親子そっくりだな。」
…お前は…私にそんな事しか教えてくれないのか。
『自分の母親の事をどうしても知りたい』
なんて思う私は、お前の瞳に滑稽に映っているのか?
私の事を馬鹿だとでも思っているのか?
私の事を玩具だとでも思っているのか?
…何が母の親友だ。
何が母の仲間だ。
本当に、くだらない。
ヒリヒリと痛む掌をぎゅっと握りしめ、態とらしいくらいに大きな溜息を吐く。
「なんで死んだ。」
溜息と混ざり、口の端からそんな言葉が漏れた。
決して、言わないでおこうと思っていた言葉が。
「…私が知りたい。」
恨めしそうにじっ…と睨まれ、背中に一筋の汗が伝うのを感じた。
16年生きていて、味わった事がないくらい冷たい視線。
氷なんて比にならないくらい、私に対して何の関心も持っていない奴の視線。
……正直、すごく…怖い。
…作戦変更だ。
拳をぎゅっと握りしめ、覚悟を決める。
今までずっと隠して生きていた、私の汚い部分をさらけ出して少しでも関心を得よう。
好意じゃなくていい、嫌悪感で良いんだ。
だって…好きの反対は…嫌いじゃないから。
「……皐月さんが…うらやましい。」
「…何で?」
「……うちやって……一回くらい…お母さんに…会って…抱きしめてもらいたかった……。」
…皐月が私のお母さんに抱きしめてもらった事があるって、私が抱きしめられた事が無いって決まったわけじゃないけど。
「…なんでもいいから…ひとつだけ…教えてくれませんか…」
震える声でそう呟いた瞬間、皐月が立ち上がり
ぎゅっ…と、私を抱きしめた。
「…私も、会わせてあげたかった。」
「…皐月さん…」
「晶、ひとつだけ教えてあげる…あいつには内緒だよ?」
「…はい…何ですか…?」
「……実は…あいつ結構タバコ臭かった。」
「…ほんまに親子そっくりや」
皐月の背に腕を回し、服をぎゅっと掴み、もう一つだけ質問を投げかける。
「…お母さん…どんくらい美人やった?」
「……世界で一番…。」
…良かった、それを聞けただけで…。
……ダメだ、涙出てきそう…。
「晶…帰ったと思ってた…」
うわ…やばい…智明……。
ど、どうしよう…とりあえず…。
皐月から離れ、咳払いをしてからいつもの調子で智明に話しかける。
「まだ帰らんで、うちの胃袋がまだ満足してないって言ってるし!」
……あ、しまった、これは流石に行き過ぎたか…。
なんて考えていると、皐月が私の顔を覗き込み、ケラケラと笑い始めた。
「あはは!本当がめついな…あいつそっくり」
…良かった、杞憂だった。
二人にバレないようそっと息を吐き、調子が良くなった私は、ずっと胸の中で暖めていたネタを披露する事にした。
「あ、せや智明、お前に渡したいもんがあるんやけど。」
と言いながら、ポケットから”ソレ”を取り出し、そっとテーブルに置くと、二人が分かりやすく動揺し始めた。
「…お前、どこでこんなの手に入れた。」
最初に言葉を発したのは智明だった。
…うん、想定内。
「歩いてたら落ちてたから拾ったんや。」
「適当に誤魔化すな。」
…そりゃあ、誤魔化せるわけないわな。
でも…一応友達なんやからそんな今にも胸倉を掴みそうなくらいの剣幕で言わんでもいいやろ…怖いやん…。
なんて呑気な事を考えていると、私の思った通り、私の胸ぐらを掴み力強く問いかけ始めた。
「これをどこで手に入れた?」
「…痛いんやけど…」
あー……んー…?
こいつ何でそんな事気にするんや…?
……まぁいいか、他人の事なんか心でも読まん限り分かるわけないし…。
この状況だったら…正直に答えた方がいいかな。
「…家の…倉庫の中。」
そう答えると、呆れたように私から手を離し、そっとテーブルに視線を移動させた。
するとその時、皐月がそっとテーブルの上に置いてあるソレを手に取り、隅々まで食い入るように見始めた。
「…これ、あいつのだ…お前の…母親の…」
…よかった、気付いてくれた。
ほっと溜息を吐き、今度こそずっと暖めていたネタを披露する。
「これを…智明、お前に預ける。うちの母親の形見や、何よりも大切に扱え…自分の命よりも…な。」
浅い呼吸を繰り返しキョロキョロと辺りを見渡している智明にそう言い放つと、何かを察したのか、ゆっくりと頷き、ソレを手に取った。
「おぉ…似合うな、さすが男前。」
なんて冗談を言ってみると、気が抜けたのか少しだけ口角を上げ、手の中にあるソレをまじまじと見始めた。
「…本物やからな、丁重に扱えよ」
「分かってる。」
…こいつに渡してよかった。
なんて考えながら玄関に背を向け、複雑な顔をしている皐月に向かって頭をそっと下げる。
…あんまり収穫はなかったけど…来てよかった。
何故か緩む口角をそっと押さえ、渡したソレを見ながらゆっくりと話し合う二人に向かって、最後にこう言い放つ。
「…そういえば…
“シブサワ”…って、知ってるか?」
「………知らねえ訳ねえだろ。」
「まさかお前が送ってくれるとは思わんかったわ」
「仕方ねえだろ、母さんに頼まれたんだから…」
「どうせなら華奈ちゃんが良かったなぁ」
「文句言うなら一人で帰れ」
「無理無理無理夜道怖い」
「まだ夕方だろうが」
なんて冗談を言い合いながら、智明と二人で冴木が車を停めたガレージへ向かう。
五月やけど夜は冷えるなぁ、なんて雑談をしていると、智明が突然立ち止まり、神妙な顔つきで私にこうお願いをしてきた。
「晶…何でもするから…俺の秘密…朱里とか、彩ちゃんとか…龍には、言わないでくれ」
…ん?今何でもって……
…しまった、今は冗談を言う状況じゃない。
「…分かってるよ、絶対秘密にする。」
と言いながら、無理矢理智明の小指に自分の小指をそっと絡めてみる。
「ほら、約束な、指切りげんまん」
すると、智明が少しだけ顔を明るくしてからそっと頷いてくれた。
「あぁ、約束だ」
……
「……こういうのやめよ、こんなんうちらのキャラじゃない。」
「…だな、二度としないでおこう。」
…にしても、約束か。
こういうフレンドリーな感じの約束したの久しぶりかもしれんな…。
……ん?
さっき智明…朱里と…彩ちゃんと龍…って言ったよな?
「なぁ、明人には言っても良いん?」
どうしても気になり、私の二歩先を歩く智明にそう問いかけてみると、
「…あぁ、明人には言ってもいいぞ、あいつには知られちまってるみてえだし…。」
と、少し寂しそうに呟いた。
…へぇ。
……こいつ何言ってんのやろ。
明人がそんな事知れるわけないのに。
「智明!と晶!」
あ、もう着いたんか…。
…よし、よし、うち頑張れ、いつも通りや、頑張れうち。
「朱里っちただいまぁ!うちを抱きしめてぇ!」
「ちょっ、何!いきなりデレ期!?いいよいいよ!?」
いつもの数段明るいトーンでこう言いながら朱里に向かって走り、思いきり朱里を抱きしめる。
そして、龍馬に見えるようわざとらしく耳元にこう囁く。
「…後で話がある、帰ったらうちの事務所に来い…良いな?」
すると、朱里が少しだけ固まってから、私の腰に手を回し、私にしか聞こえないくらいの声で
「…二人っきり?」
と尋ねてきた。
「当たり前や、浮気すんなよ。」
「分かってる……よし!晶に私の元気分けた!」
簡単な会話が終わると、朱里がいつもと変わらない調子で智明に向かってこう話しかけた。
「じゃあ…またね、智明」
「あぁ、またな」
…ラブラブやな、早く付き合えよ。
なんて事を考えながら、軽く手を振る智明に手を振り、車に乗り込む。
「龍馬さん、家どこっすか?」
「えっと…なんて言えば良いんだろ…」
「最寄駅どこっすか?
「駅じゃないけど…○○公園前ってバス停の近くです…」
「あー、あそこですね!了解しました!」
龍馬をマンションの前まで送る事にした私は、「なんで降りるんすか?」と不満そうに唇を尖らせる冴木に「お前運転荒いから嫌やねん」と文句を言って、冴木の車から降りた。
「ごめんね、送ってもらっちゃって…」
「いいねん、気にせんといて」
申し訳なさそうにか細い声で「ありがとう」とお礼を言ってくる龍馬の横顔を見ていると、何処からか自身が湧き、ついさっき決断した事をこいつにだけ打ち明ける事にした。
「…うちさ、もう…心読まへん事にしたんよ、能力に頼らずに生きていけたらなって思ったから…。」
「…晶さんはかっこいいね、応援してるよ…頑張って。」
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