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三章
22話 姉さん
しおりを挟む自分の部屋の鍵を閉め、制服から部屋着に着替えてから、あの日龍馬さんに見せた僕の日記を開く。
…龍馬さん…。
あの瞬間の龍馬さんの顔が、何日経っても頭から離れない。
恐怖や驚きじゃなく、まるで僕を心配しているような、あの顔が。
普通自分を襲おうとした奴の心配なんてしない筈だ。
なのに、それなのに、龍馬さんは僕のことを心配してくれた。
…僕は…僕は一体どうやってあなたを嫌いになればいい。
智明にはあの女がいるように、貴方には姉さんがいるのか?僕には晶がいるのか?
まぁ晶のことは人としては好きだけど、女としては好きになれないんだ。
晶も同様に僕のことは男として見れない筈だ。
お互いそういう存在になれるよう努力していたんだから。
僕は、女になりたい。
そんな僕が女の晶と付き合ったって、晶を幸せにできる確証も、自分が幸せになる確証もないし、どうせ自分が男だという現実に潰されて辛くなるに決まってる。
それに、晶と付き合ったら今までの苦労が水の泡になって、ただ龍馬さんにトラウマを与えただけで終わりになる。
大好きな相手にそんな事出来るわけない。
それに僕は龍馬さんが好きで、女になりたいのは龍馬さんに愛されたいからだ。
でも女になったからって龍馬さんが僕を愛してくれる確証なんて…
……あー、誰に話してんだ、僕。
…なんで泣いてんだ、僕。
………龍馬さん…。
あの日、貴方を押し倒さなきゃよかった。
…中指の腹で目尻を拭い、左手で床を押して立ち上がり、いつも勉強する時に座っている椅子に腰を掛ける。
そして、机の中から数か月ぶりにスケッチブックやその他諸々の画材道具を取り出し、前髪をピンで止めて、久しぶりに絵を描くモードに入る。
前は油絵が好きだったけど、今はそんな気分じゃない。
ボロボロの筆箱からデッサン用の鉛筆を取り出し、まだ何も描いていないスケッチブックのページに、適当に線を引き、アタリを取ってから、何も考えず、ただひたすらに手を動かし、スケッチブックに人間を描く。
…モデルのいないデッサンなんて初めてだ。
こんなのデッサンじゃないかもしれないけど。
気付いたら、スケッチブックには
……。
絵が描かれたページを、苛立ちを込めてビリビリに破る。
…なんで、今…自画像なんか描いてんだ。
バカなのか、僕は。
「…クソ。」
舌打ちをし、思い切りゴミ箱を蹴り飛ばす。
散らばった紙屑やスナック菓子のから袋に紛れ、一枚の写真が目に入った。
…ごめんよ、お前の写真を捨てたりして。
でも、すまん、お前のことは嫌いなんだ。
まるで、自分を見てるみたいで嫌になる。
…なぁ、雪。
……お前は、どうしてアリスのことを嫌いになったんだ?
…どうやってアリスのことを嫌いになればいい?
その場に座り込み考え込んでいた時、部屋の扉をノックする音がした。
「明人―、ご飯できたけど…持って行こうか?」
…姉さん…。
……いつもなら、人に食べているところを見られるのが嫌だから一人でご飯を食べるけど。
…今日は、なんか、
……一人で居たくないな。
「…いや、今日は姉さんと一緒に食べる。」
扉の向こうにいいる姉さんにそう返すと、嬉しそうに
「そっか、じゃあ待ってるね!」と言ってくれた。
デッサンのせいで汚れた手を洗うため、洗面台に立つと、鏡の自分と目が合った。
…あー、ひどい顔だ。
目が真っ赤で髪がボサボサで…こんな姿、身内以外に見せられない。
手を洗い終わってからリビングに移動し、テーブルに並べられた料理を見る。
「……今日唐揚げなんだ、食べたかったのか?」
と姉さんに尋ねると、エプロンを脱ぎながらこう言った。
「うん、晶ちゃんのこと考えてたらなんか唐揚げ食べたくなっちゃって…。」
へえ、晶のこと考えてたのか…確かに今日1日ずっと保健室だったもんな。
友達なら心配くらいするか。
…それより、なんで晶の事考えてたら唐揚げになったんだ?
あぁ、言われてみればよく食堂で唐揚げ食べてたっけ。
なんて事を考えながら椅子を引き、ゆっくりと腰掛けると、姉さんが炊飯器に入った炊き立てのご飯をしゃもじで攪拌し始めた。
…そういえば、僕が保健室に居た時に救急箱取りに来たちっちゃい奴、僕のこと知ってたみたいだけど、晶の知り合いかなんかか?
なんだっけな、確か名前は…。
「明人―、ご飯どれくらい食べる?」
…あー、しまった、考え込んでた。
「…少なめでいいよ。」
と答えると、姉さんが嬉しそうに親指を立て、こう言った。
「了解!大盛りにしとくね!」
「なんでだよ……。」
姉さんの冗談に少し呆れて笑うと、姉さんが嬉しそうにまた話し始めた。
「そういえばさ、明人っていつも学校から帰った後部屋で何してるの?」
…何してるって言われてもな。
「特に変わった事はしてないよ、課題したり絵描いたりしてるだけ。」
と、茶碗の準備をする姉さんに話しかけると、独り言のようにこう呟いた。。
「明人の絵久しぶりに見たいなー…。」
…始まった。
「明人才能あるもん…私明人の絵好きだよ。」
と言いながら、僕の前に少なめにご飯が盛られた茶碗を置く姉さん。
才能がある、か。
…それ以外に褒める言葉が浮かばなかったのか?
無知な奴はいつもそうだ。
どうせそっちから話を振っておいて、僕が自分の創作物について語ったら「難しい」だの「怖いね」だの言って誤魔化して話を変えるんだ。
「抽象的な絵画」がそんなに難しいか、言葉を理解出来ないなら幼稚園からやり直せ。
挙げ句の果てには「なんかガチでやってる人って苦手なんだよな。」って言うんだろ。
どうせ晶の言っていた心を覗ける奴がこれを聞いたとしても「被害妄想」とか言うんだろ。
すまねえな、全部経験済みだし現実だよ。
後で姉さんがうるさいから、ちゃんと「いただきます」と言ってから、小さめの唐揚げを一つ頬張る。
「…美味いよ、姉さん。」
「ふふ…ありがとう!」
衣がサクサクしてて,衣自体にもほんのりと味付けがしてあるのか、学食や売店で食べる唐揚げより少し味が濃い。
でも噛む度鶏肉から肉汁が溢れ出てきて最高だ。
…久しぶりに唐揚げ食べたけど、やっぱり美味しいな。
晶が好きな理由も分かる。
味付けも僕好みだし、明日にでも晶に自慢してやろうか。
……明日晶が学校に来れたらの話だけどな。
もう一つ唐揚げを口に入れ、ゆっくり咀嚼する。
…やっぱ姉さんの料理は美味いな。
しばらく食べることに集中していると、姉さんがいきなり失礼な事を言ってきた。
「明人ってご飯不機嫌そうに食べるよね。」
「は?」
「美味しいって言うのはわかってるんだけど…その、眉間にシワが寄っててさ…。」
自分の額を指差しながらこう言われ、首を少し傾げてから自分の眉間を触ってみると………あー、本当だ…。
「…よく見てるな。」
「目の前に座ってるんだし見ないほうが難しいよ…」
「それもそうか。」
「もー…天然だな…はぁ。」
とわざとらしく溜息を吐いてから、小さめの唐揚げを頬張った。
姉さんが唐揚げを頬張った瞬間、食卓がしん…と静まり返った。
……何か話すか…?
姉さんばっかり話題振らせたし…うん…。
龍馬さんについての話は共通の話題になるけど…今は話さないほうがいいよな。
一週間くらい前のことだけど、僕が晶に教えたせいで広まっちまった。あの口軽女が。
…どうしようか、話題……学校のことでいいかな。
「…今日…学校…どうだった?」
と尋ねると、嬉しそうに親指を立ててこう言った。
「ん!…私はね、新しいカプの可能性を閃いてしまったんだ!後で授業中にメモったやつ見せるね!」
「勉強しろ。」
不真面目代表かこいつは。
…まあ授業中に紙吹雪作って僕の背中に入れたレンよりかはマシか。
ずっと猫背だから気付かなくて、家帰ってブレザー脱いだ途端バサーっと…。
…大人しいフリしてた時だったから怒れるに怒れなかったし。
「後でメモ帳見せるね!」
「いらん。」
「アリラフの両片思いあるよ?」
「…いくらだ。」
20XX年5月9日 水曜日
智明の事が気になってあまり眠れなかった。
でも少しだけ夢を見た、久しぶりに普通の夢。
夢の中で僕は僕ではない人物になってた。
晶さんくらいの髪の長さで、絵を描く事とアイドルが好きな子だった。
イヤホンで曲を聴いてて、出かける時も絵を描くときもずっとそのアイドルさんの曲を聴いてた。
その子のスケッチブックには、その子の好きなメンバーさんがページいっぱいに描いてあるんだ。
その人が踊っているところや、その人が笑っているところ、他のメンバーさんと一緒になってふざけてる姿に、何か凄い賞に選ばれたのか、壇上で肩を震わせて泣いている姿がページいっぱいに。
変かもしれないけど、僕も今とは生き方が違ったら、この子の好きなアイドルさんみたいになっていたのかな、と思ってしまった。
そのアイドルさんと僕を比べちゃダメなんだけどね。
でも、表舞台でファンと交流する。
そんな生き方も悪くないかな、なんて。
何言ってるんだろ、夢日記の影響がもう出てきたのかな。
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