カルバート

角田智史

文字の大きさ
上 下
70 / 81

 さき 3

しおりを挟む
 MKに真理恵が入り、さきが入り、僕はもちろん嬉しかったが、古賀さんもテンションが上がっていた。
 一度古賀さんが言ってきたのだった。
 「もうハッキリしようや、推しが誰って。」
 カウンター越しにさきが立っていた。
 僕はその言葉の裏側を敏感に感じとっていた。
 確かに僕はずっと真理恵推しで通してきた。
 この古賀さんの言葉は、僕に対して「振り分けをしよう」そういう提案なんだと、理解した。
 理解した上で、いやむしろ理解したからこそ、僕は言った。

 「さきちゃんです!いやそれはもう、さきちゃんですよ!」

 古賀さんは僕の予想外の言葉に、言葉を詰まらせていた。彼の中ではさとしが真理恵、俺がさき、お互い邪魔しない、そんな妄想を抱いていたのだろう。
 そんな甘いわけあるか、そう思った僕はキッパリと言い放ったのだった。
 そもそもその振り分けに何の意味もなく、あの山之内がしずかを檻の中に入れたがっていたのと一緒の事で、それをしたところで、女の子の気持ちが変わるわけではない。優位に立つわけでもない。最終的に誰がいいかは女の子しか決められない。
 その提案の無駄加減を知らしめる為に、僕は敢えて古賀さんが望んだ答えの逆を示したのだった。
 
 古賀さんが、さきを同伴に誘ってきていた。
 それはさきの誕生日だった。そして初の同伴、そんな話だったようだ。
 僕がまいた種は想像以上に育っていた。ただ、それは、さきにも一因があって、LINEのやり取りが問題だった。まるで彼氏彼女のようなLINEを繰り広げていて、それ対し僕は、
 「いやいや、そんなん返す必要ないやろ?」
 と言えば、
 「だって、それでお客さんがお店に来なくなったらどうするの?」
 と本気で、怒ったように言っていて、店サイドの立場でもある僕は、さきが入る事で跳ね上がったMKの売り上げも頭をちらつき、自分で自分の首を絞めていっているだけのさきに、それ以上何も言えなかった。

 古賀さんだけでなく、そんな客ばかりだった。
 そのお陰で、店に入ってさきがいない事が分かるとすぐに出ていく客もいたし、飲みにくるわけでもなく、ただ、さきとのLINEの内容に疑念を抱いた人間が、さきの様子を見る為だけに来店しウーロン茶だけを飲んで帰る、そんな客も、ちらほらいたのだった。
 古賀さんの初同伴を待たずに、僕はさきとご飯に行った。一度だけではなかった。一度は古賀さんがいないタイミングだったが、もう一度は、古賀さんは他の女の子と同伴で、MKにいた。
 さすがに、さきとタイミングをずらしてMKに入ったものの、誰と行ったのか、それはすぐに分かるもので、店に入り辛くて仕方なかった。
 いつものように、古賀さんの横に準備された席に座りはしたが、いつもの、
 「なんやと!?なんやと!?」
 という言葉もなく、
 「誰と行ったと?」
 と聞かれる事もなかった。
 その事がまた、より一層気まずさに拍車をかけた。

 古賀さんからすれば、真理恵も、さきも、僕に取られている。そして、真理恵からも、さきからも、古賀さんからどういう事をされた、という事、さきに至っては、その2人のLINEの内容まで、僕に筒抜けだったのだ。
 その気まずさに、僕は本当にどうしていいやら、分からなかった。

 さきの誕生日、さきの気持ちを思うと、古賀さんとの同伴は複雑な気分であったが、先に決まっていた話なので無理にねじ曲げようとはしなかった。
 僕はその日、さきへプレゼントを渡した。欲しがったコスメだった。
 「嬉しい!!」
 さきは飛び上がって喜んでいた。
 そして僕は改めて、その週のさきが休みの日にフレンチへ連れて行って、一晩過ごしたのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

七人の魔族と森の小さな家

サイカ
ファンタジー
ここは……森の中、目の前には小さな家。 遭難を避けるために誰も住んでいないこの家に住み始めて一年。 結局誰にも会うこともなく一人言も増え始めた頃…… 森の中で男の子を拾った。 魔力というものを目の当たりにしてやっぱり異世界に来てしまったのかと一年越しに改めて実感することになるとは…… 魔王が誕生したとか勇者募集とか、周りは目まぐるしく変わるけれど…… 異世界で安心して穏やかな生活を送りたいと願う私のお話。

 『ようこそ 本屋へ 飲み物は無料です お気に召した本は差し上げます』

カエデネコ
ファンタジー
そこは不思議な本屋。美味しい飲み物、その人に合った本を差し上げましょう。   短編ですので、5分だけ不思議な空間を味わってみませんか?

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

ネズミになった伯爵を見つけた令嬢は魔法で人間に戻す!

あんみつ豆腐
恋愛
美しい令嬢エリザベスは、ネズミになった伯爵を見つける。

まさか、こんな事になるとは思ってもいなかった

あとさん♪
恋愛
 学園の卒業記念パーティでその断罪は行われた。  王孫殿下自ら婚約者を断罪し、婚約者である公爵令嬢は地下牢へ移されて——  だがその断罪は国王陛下にとって寝耳に水の出来事だった。彼は怒り、孫である王孫を改めて断罪する。関係者を集めた中で。  誰もが思った。『まさか、こんな事になるなんて』と。  この事件をきっかけに歴史は動いた。  無血革命が起こり、国名が変わった。  平和な時代になり、ひとりの女性が70年前の真実に近づく。 ※R15は保険。 ※設定はゆるんゆるん。 ※異世界のなんちゃってだとお心にお留め置き下さいませm(_ _)m ※本編はオマケ込みで全24話 ※番外編『フォーサイス公爵の走馬灯』(全5話) ※『ジョン、という人』(全1話) ※『乙女ゲーム“この恋をアナタと”の真実』(全2話) ※↑蛇足回2021,6,23加筆修正 ※外伝『真か偽か』(全1話) ※小説家になろうにも投稿しております。

スペリオンズ~異なる地平に降り立つ巨人

バガン
キャラ文芸
 光の人、炎の大輪、キングシュトローム、彼らには様々な呼び名があるが、彼らを良く知るものたちは『スペリオン』と呼ぶ。『アルティマ』と呼ばれる未来の地球を舞台に繰り広げられる戦端に、彼らは在る。  ガイ、彼はこの世界に召喚され、仲間、愛すべき者、逃れられない宿命と出会うべき運命と相対する。黄金の髪と光輪を戴く、完全無欠のヒーローが今、君の元に。  特撮ヒーローが好きなので、それっぽい作品を書きたいと思ったから書きました。  この作品はハーメルン https://syosetu.org/novel/198460/ 小説家になろう https://ncode.syosetu.com/n9281fy/ でも同じものを投稿していますよかったら見てね。 

「向日葵が咲く丘の上で。」

霧夜眩羽
BL
病院で出逢った二人の御話。 ・冴木 悠馬(さえき ゆうま) ・水城 朔(みなしろ さく)

ソング・バッファー・オンライン〜新人アイドルの日常〜

古森きり
BL
東雲学院芸能科に入学したミュージカル俳優志望の音無淳は、憧れの人がいた。 かつて東雲学院芸能科、星光騎士団第一騎士団というアイドルグループにいた神野栄治。 その人のようになりたいと高校も同じ場所を選び、今度歌の練習のために『ソング・バッファー・オンライン』を始めることにした。 ただし、どうせなら可愛い女の子のアバターがいいよね! と――。 BLoveさんに先行書き溜め。 なろう、アルファポリス、カクヨムにも掲載。

処理中です...