カルバート

角田智史

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 MK 6

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 会社では既に、正造の後任が配属されていた。社歴は僕より少し浅いくらいで、営業としては新人の27歳だった。
 もちろん新人なので、もろもろと目につく部分もあり、指導をしていかないといけないのだが、僕は何かを言おうとする、その度に、正造が頭をよぎっていた。あり得ない話というのは重々承知しているが、どうしても、また記憶を失くすとまでいかなくとも、それに近いような症状になるんじゃないか。一瞬、そんな懸念が湧き上がっては、すぐに言いたい事も一つタイミングがずれたり、ワンクッション置いたり、そんな対応になっていた。
 これもまた、支社長も同じく彼を思い出しているんじゃないか、そう考えると、後任営業に何かを言いたくても一瞬のストップがかかるその度に、またしても正造への怒りがぶり返していくのだった。 

 まきは、正造の前にはつかなかった。ずっと僕らの前にいた。ただもう、まきも痺れを切らしていたのだ。
 「もう、言いたい事あんなら言いね?お客さんも他におらんなったし。」
 まきは僕に言ってきた。気が付けば客は正造、そして僕と真理恵だった。他のスナックのママの息子はいい時間に店に戻ると言って切り上げていた。
 僕は笑いながら、机の上の肘に顔を埋めた。
 「え?椅子、壊していい?」
 僕は彼の座っている椅子を蹴ったくりたい衝動にかられていた。
 「んー…いやー椅子はねぇ…、でも、さとしが言うんやったらうちも言う!」
 まきは続けて言った。
 「うちも言いたい事めっちゃあるっちゃかい。」
 結局、そのやり取りを何度か、繰り返したが、椅子を壊していいかどうかの返答を聞く事もなく、僕は一旦、トイレに向かった。
 すると、正造の、変わらない歌声が、聞こえてきたのだ。これまでの事のみならず、今日、それまで楽しかった時間を、彼の登場によって一瞬にして食い潰された事、酔った僕はその事が正造の歌声によって何よりもフォーカスされていた。正造の歌で、気分が、悪くなっていた。

 トイレから出た僕の心は、決まっていた。

 気持ち良く歌っている正造が座っているその椅子の背もたれを、思いっ切り蹴飛ばした。

 その瞬間、正造は立ち上がった。

 まるでそれを待っていたかのように。

 そして、
 「あ?こら?なんかおまえ?」
 と僕に相対して、近い距離で言ってきた。
 「あ?」
 と僕は返した。
 それは予想外ではあったものの、正造のそれに凄みや恐れは全く感じなかった。
 「いきなり椅子蹴るてなんや?あ?」
 「あ?お前自分が何してきたか分かっちょっとか?」
 一触触発のムードに見えたのか、まきや真理恵、他の女の子が止めてきた。
 「いやいや、おかしいじゃないですか、いきなり椅子蹴るって、ねえ?」
 正造は女の子達に同意を求めたのだが、誰一人賛同するはずもなく、とりあえず座って話そう、そんな言葉に正造は納得して座ったのだった。
 酔っていて隅々の会話までは覚えていない事が残念だが、覚えている限り、次のような内容だった。

 「おかしいですよ、ねえ?」
 との彼の言葉に
 「お前もうここにくんな!二度とくんな!」
 僕は唇を震わせながら、そう言った。
 「いやいや、それ、おかしいですよね?」
 誰ぞの好きな「論破」でもしようとしているのか。そもそもの次元が違う。
 正造はずっと、何かの反論や言い訳を準備しているようだった。それは幼稚で、浅ましいものでしかなく、僕やまきの言葉に、言葉を詰まらせる以外ない事は重々に感じられた。
 「お前これからどんげすっとか?子供も4人おるっちゃろうが!」
 この僕の言葉も、思いもよらない言葉だったらしく、言葉を詰まらせていた。
 「ねえ、もうお願いやからはっきりして。」
 まきは言っているのは、記憶のあるなしの事だった。
 まきの周りのネットワーク、近くの友人なんかからの目撃情報、正造と話したという情報はいくつも入っていた。端的に言えば、「嘘をつくなら突き通せ」という話だった。ただそれに関しては正造は少し、反論、言い訳めいた事を言ってはいたが、
 「いや!覚えてるやん!!」
 というまきの今まで聞いた事がないような厳しい口調の言葉と、真理恵の同意の前に、身をすぼめていた。

 正造のその「記憶がない」に対する挙動は、誰から見ても、ざるだった。
 
 
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