51 / 81
正造 4
しおりを挟む確信に変わったのだった。
これまでずっと、仕事、家庭、夜、そんな中で様々な形でストレスを受け、それに至ったという理解だったが、その最終的なトリガー、それが最悪の形で、正確に僕に伝わった。
これまでずっと、僕や、支社長、まき、彼を心配して、そしてどうすれば、成長していくのか、考えてきた。大きな課題だった。それは、幼稚園児に対するように、分かりやすく、彼の中に入っていくように、試行錯誤しながらの作業だった。
その全ては、一瞬にして無くなった。
そしてその原因は、目もあてられないものだった。
僕らは、こんな無意味な事の為に、一生懸命になっていたのだろうか。
僕ならまだいい。
支社長や、まきは。
そして、その気持ちは。
そう考えると、決して許せるものではなく、僕はそれが脳裏をかすめる度に、苛立ちを覚えた。
結局彼は、同グループの別会社への異動となった。一時間超の電車通勤となった。「大変やなあ」という人がいても僕は「いや、自業自得でしょ」とスッパリと切り捨てた。
荷物の整理の必要があり、彼は、最後に出社した。
彼のデスクは、僕の目の前だった。やはり彼は「お疲れ様です」としか言わなかった。そして机の引き出しの一つ一つの書類や何やらを取り出しては、手に取って、何か考えるようにしながら、作業をしていた。
当然、僕は記憶を無くした事がないから、分からないが、そんな書類の一つ一つ、それは記憶を取り戻す為の重要なツールなんではないだろうか。
しばらく、その様子を目の前で見ていたが、彼は最後まで、僕にも、周りの人間にも、何も聞く事も、話す事もかったので、僕は会社から出る事にした。僕は冷やかしと、カマをかける意味も込めて、一言だけ、交わした。
「シュレッダー、あそこにあるかいよ。」
記憶がないのであれば、シュレッダーの場所は知る由はない。そして、見積関係は機密書類となるので、必ずシュレッダーにかけないといけない。先輩として、当然の助言だった。
「…シュレッダー…」
彼は、無駄に席を立って少し歩き、僕が指さしたシュレッダーを確認していた。
「ああ…はい、分かりました。」
彼に会話をする気はさらさらないようだった。
すぐここに、彼の中の消えた1年半の記憶、その重要人物が目の前にいるにも関わらず、彼は何も聞いてきはしなかった。
僕には分からない。分からないが、迷惑をかけてなかったのか、どういう風な自分だったのか、気に、ならないのだろうか。これがもし、自分の立場だったら、方々に連絡を入れるだろう。そして、教えてもらうだろう。記憶がない期間の自分について、そして聞いたあとに「迷惑かけましたけど、これからも宜しくお願いします。」と言うだろう。
僕はひたすら、彼を殴りたかった。
ただ、それをしてしまうと、記憶がない彼からすれば「何も知らないのに、いきなり殴られた」そんな謎の人物となってしまい、下手をすれば、見方を変えれば「何も覚えてない人にいきなり殴りかかるなんて、なんてひどいんだ」と、理解の少ない外野から、そんな解釈に発展する可能性もあり、僕にはそれができなかった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
七人の魔族と森の小さな家
サイカ
ファンタジー
ここは……森の中、目の前には小さな家。
遭難を避けるために誰も住んでいないこの家に住み始めて一年。
結局誰にも会うこともなく一人言も増え始めた頃……
森の中で男の子を拾った。
魔力というものを目の当たりにしてやっぱり異世界に来てしまったのかと一年越しに改めて実感することになるとは……
魔王が誕生したとか勇者募集とか、周りは目まぐるしく変わるけれど……
異世界で安心して穏やかな生活を送りたいと願う私のお話。
『ようこそ 本屋へ 飲み物は無料です お気に召した本は差し上げます』
カエデネコ
ファンタジー
そこは不思議な本屋。美味しい飲み物、その人に合った本を差し上げましょう。
短編ですので、5分だけ不思議な空間を味わってみませんか?
前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています
矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜
――『偽聖女を処刑しろっ!』
民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。
何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。
人々の歓声に包まれながら私は処刑された。
そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。
――持たなければ、失うこともない。
だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。
『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』
基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。
※この作品の設定は架空のものです。
※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。
※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)
まさか、こんな事になるとは思ってもいなかった
あとさん♪
恋愛
学園の卒業記念パーティでその断罪は行われた。
王孫殿下自ら婚約者を断罪し、婚約者である公爵令嬢は地下牢へ移されて——
だがその断罪は国王陛下にとって寝耳に水の出来事だった。彼は怒り、孫である王孫を改めて断罪する。関係者を集めた中で。
誰もが思った。『まさか、こんな事になるなんて』と。
この事件をきっかけに歴史は動いた。
無血革命が起こり、国名が変わった。
平和な時代になり、ひとりの女性が70年前の真実に近づく。
※R15は保険。
※設定はゆるんゆるん。
※異世界のなんちゃってだとお心にお留め置き下さいませm(_ _)m
※本編はオマケ込みで全24話
※番外編『フォーサイス公爵の走馬灯』(全5話)
※『ジョン、という人』(全1話)
※『乙女ゲーム“この恋をアナタと”の真実』(全2話)
※↑蛇足回2021,6,23加筆修正
※外伝『真か偽か』(全1話)
※小説家になろうにも投稿しております。
スペリオンズ~異なる地平に降り立つ巨人
バガン
キャラ文芸
光の人、炎の大輪、キングシュトローム、彼らには様々な呼び名があるが、彼らを良く知るものたちは『スペリオン』と呼ぶ。『アルティマ』と呼ばれる未来の地球を舞台に繰り広げられる戦端に、彼らは在る。
ガイ、彼はこの世界に召喚され、仲間、愛すべき者、逃れられない宿命と出会うべき運命と相対する。黄金の髪と光輪を戴く、完全無欠のヒーローが今、君の元に。
特撮ヒーローが好きなので、それっぽい作品を書きたいと思ったから書きました。
この作品はハーメルン https://syosetu.org/novel/198460/ 小説家になろう https://ncode.syosetu.com/n9281fy/ でも同じものを投稿していますよかったら見てね。
ソング・バッファー・オンライン〜新人アイドルの日常〜
古森きり
BL
東雲学院芸能科に入学したミュージカル俳優志望の音無淳は、憧れの人がいた。
かつて東雲学院芸能科、星光騎士団第一騎士団というアイドルグループにいた神野栄治。
その人のようになりたいと高校も同じ場所を選び、今度歌の練習のために『ソング・バッファー・オンライン』を始めることにした。
ただし、どうせなら可愛い女の子のアバターがいいよね! と――。
BLoveさんに先行書き溜め。
なろう、アルファポリス、カクヨムにも掲載。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる