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正造 2
しおりを挟む社内に衝撃が走った。
ナチュールの工事が終わって1週間後の月曜日だった。
それは僕がまきとフレンチに行った、その次の週明けだった。
僕の出社の時間は大体8時前後である。正造はそれよりも2,30分遅れて出社してくる事が多かった。
時計が8時40分になっても正造が出社してこない事を支社長が気づいた。それまでは笑いながら管理課長、業務課長らと馬鹿話していた。「またアイツは熱が出たとか、そういう事を言ってくるんじゃないか」暗にそんな雰囲気が流れていた中で
「あ、僕電話しますわ。」
と少しニヤニヤしながら、僕は正造に電話を掛けた。
1コール、2コール、今度は寝坊か?と思ったその時、呼び出し音が止まった。
電話口は正造ではなかった。
女性の声だった。
「しょうが…、倒れて…、今救急車で運ばれてて、落ち着いたら本人から連絡させますので…。」
まず、嫁が電話に出た事の戸惑いと、その内容に僕は反応できなかった。
「ああ…はい。わかりました。」
そう言う事が精一杯だった。
電話を切って、僕はありのまま支社長へ報告した。当然、支社長のみならず、会社全体が、騒然となった。この状況では原因も何も分からない。ただひたすら、本人からの連絡を待つ以外無かったのだ。
僕は営業活動と称して、会社から出て車を走らせたものの、とても営業できるような心持ちではなかった。事実なのかどうかも怪しかった。僕は搬入されたという病院まで行って、その駐車場で彼の車を探した。ナンバーまで覚えているわけではなかったので、それは徒労となったが、とても平然としてはいられなかったのである。
目的地があるわけでもなく、ただ、漠然と車を走らせていた。
するとようやく待ち焦がれた、支社長からの連絡があった。
「えーっと、正造の事やっちゃけど…。どうも記憶がないらしいわ。延岡に来てからの記憶がすっぽり抜けてるとと。家を建てた事も、4人目の子供が生まれたのも覚えてないらしいわ。」
「マジっすか…。」
それ以外に発する言葉なんてなかった。心からの驚きよりは、少し、予想していた部分もあった事は否めなかった。
そんなドラマのような事が現実にあり得るだろうか。
そんな都合のいい事が実際に起こりえるだろうか。
子供…。子供はどうなる?生まれた事も覚えてない?
数枚で見せてもらった子供の写真が脳裏をよぎった。
きちんと顔を見た事も、喋った事もない、正造の嫁さんの存在もよぎった。
何だそれは?
理解が追い付かなかった僕は、車を走らせた。
走らせながら、声を上げて泣いていた。
気が付けば、僕は10号線を南下していた。
サンボウに行かなければ。
僕はもう、人前でいつも通りのふるまいなんて、できるはずがなかった。
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