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第25話 卒業4/5

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 7月30日(日)14時00分

「みんな五日ぶり~! メタライブ0期生、天母マリアですぅ。こんマリ~」

 母さんがマイクに向かってにこやかに話しかける。
 その後ろで、俺はマナーモードにしたスマホから配信に参加し、流れるコメントを目で追っていた。

「みんな心配させちゃったよね、ごめんね……。このとおりマリアはぴんぴんしてるから大丈夫。心配かけるといけないからツイッターでは『お休みします』としか言ってなかったんだけど、実は自律神経がおかしくなっちゃって……へへ。今日まで入院してました。そうそう、みんな知ってる? 病院のご飯って今すごく美味しいのよ! もうびっくり!」

 と、オープニングトークのような軽さで入院から退院までの経緯を説明していく。
 入院と聞いて最初は驚くリスナーだったが、母さんの明るい雰囲気に安心してか次第にいつもの「草」といったコメントが増えてくる。

「それで、ですね……今日は重大なお知らせがありまして……」

 途端に硬い口調になり、母さんはおそるおそるといった様子で切り出す。

 もう言うのか……?

「そのお知らせは……配信の後半で話すね。まずは私がメタライブに入った理由を聞いてほしいの。これは、メタライブが発足した経緯でもあるんだけど」

 突然の裏話にチャット欄が湧いた。
 ファンとしては気になる話だが俺は素直に喜べない。なんで母さんがマリアの生い立ちを語るのかと言えば、今日が最後の配信だからだ。

「みんな知ってることかもしれないけど、メタライブに入るにはオーディションで合格するかスカウトされるかのどっちかなのよね。でも、私だけはそのどっちでもないの」

コメント
:0期生だからか
:そもそも0期生って名前自体が謎すぎる
:マリアママだけメタライブの元社員だったとか?

「あー、元社員っていうのはある意味そうかも。当時……メタに入る前だからもう七年近く前ね、私はお仕事を探してた。ブラック企業で病んで辞めちゃったけどずっと働かないわけにはいかなくて。そんなとき、高校の同窓会に参加したのよね」

:無職で同窓会……ウッ!(心停止)

「まあ、『家事が仕事ですぅ!』で逃げればいいかなって……。それより昔の友達に会って気分転換したかったのよ。みんなね、顔はそんなに変わってないのに意外な仕事したりしててびっくりしたなぁ。私が学校で一番よく話してた友達なんか社長になってたのよ! で、その社長がね……今のメタライブの社長なわけ」

:そういう繋がりね!
:調べたら出てきたけど社長って女の人だったんだな。顔かわいい
:ん? メタライブの社長って今年35……
:マリアママも35歳ってことォ⁉

「違います34歳ですッ! まだアラサーなんですからね!」

 ……どっちも大差なくね?

 とはいえ、中の人が実年齢を明かすのは異例の事態だ。
 コメントが荒れるかもと心配したが、「やっぱり三十路」「若い若い」「もっと上だと思ってたのに……」と意外にもあっさり受け入れられていた。普段から年齢を臭わせるトークが多かったからだろう、リスナーにそれほど抵抗感はないらしい。

 問題はこの後だ。

 子ども――俺がいるという事実が起爆したとき、リスナーがどう反応するか。

「社長のコネで私がすることになったのが、VTuberのお仕事だった。コンプライアンスの関係で詳しくは話せないけど……他の会社さんの化粧品とかサプリメントの紹介ね。私って話すのが得意だからかな、ありがたいことに評判が良くて。それで社長が、VTuber関係で新しい会社を興すから一緒にやらないかって誘ってくれたの。それがみなさんご存じ、メタライブだった。…………まあ、断ったんだけどね」

:断ったの⁉ なんで⁉

「だって社長ったら、28歳の同級生つかまえて『次はアイドルになれ!』とか言い出すのよ。……もうね、はい無理ですサヨナラって感じ。もっと若くて可愛い子に頼めばいいじゃない、私には無理よ……って、そのときは思った。こうして今ここに居るのは社長から説得されたからなの……『母親でもアイドルになれる時代が来た』ってね」

 俺は顔を上げ、母の後ろ姿を見た。

「私には、子どもがいます」

:子どもってダックちゃんのこと?
:ネタ? ガチじゃないよね?

「実の子です。命よりも大切な、私の息子です」

 あまりにも前代未聞の配信だった。
 唐突なカミングアウトに冗談だと疑うリスナーも湧いたが、母さんの「実の子」という発言がその人たちを封殺した。あるいは、冗談だと信じたかったのかもしれない。
 年齢を公表したときとは比にならないほどリスナーは戸惑っていた。

:まってまっていみわかんないんだけどまじで
:要するに、マリアママは34歳子持ちの既婚者ってこと?
:ママって呼んでたらママになっちゃった件
:ママ……お前、ママだったのかよ?

「ごめんなさい。今まで黙っていたのは、こういうプライベートは言う必要のないことだと思っていたからで……ううん、違うの。ファンが離れていってしまうのが怖かった。子どもは大切だけど、子どもが理由で好きなことを諦めないといけなくなるのが怖くて……子どもとメタライブ、そのどっちかを選ばないといけない状況から逃げて、ずっと目を逸らしていたんです。本当に、本当にごめんなさい……っ!」

 画面の前で頭を下げる母さん。
 そのとき、チャット欄に一件のスーパーチャットが流れた。

「あっ、スーパーチャットありが…………え?」

:マリアママへ、お別れを言いに来たよ。今まで散々貢いだのに他の男のものだったことにはみんな裏切られた気分だね。もっと誠意ある対応をしたほうがよかったんじゃないカナ(^_^;) ……追伸 ダックちゃんのほうがかわいいから魔界の民に堕天するのじゃ! \500

「ぃ……今まで、ありがとね……スーパーチャットもありがと……っ」

 涙をこらえてお礼を言う母さんを前にして、俺は怒りで肩が震えた。
 金を払ってまで嫌がらせしてくる奴は何がしたいんだ。アドバイスじみた軽々しさが腹立たしいしウケ狙いなら空気が読めてなさすぎる。「誠意ある対応を」とか言ってるけど母さんは充分に誠意を持って接してるし、誠意が足りないのはこれを送り付けた奴のほうだ。こんな嫌がらせ、気持ちが弱っているときにされたら泣いてしまう人だっているかもしれない。

 しかし、母さんは挫けなかった。
 気持ちを立て直すように深呼吸を挟んで、再び画面を見据える。

「今日、私が自分の話をしたのはみんなをびっくりさせたいからじゃありません。みんなに納得してほしいからです」

:納得?

「六年近く私はアイドルと母親をしてきました。上手くいかなかったことはいっぱいありますけど、なんとか両立してこれたと思ってます。だけど、先日遂に限界がきて倒れてしまい……お医者さんの話では、もっと早く――それこそライブ前に倒れていてもおかしくない生活だったそうです。私がライブを乗り越えられたのは、息子のおかげなんです」

 違うよ。母さんが頑張ったからだよ。

「息子は私が天母マリアだと知ってて、家の手伝いをしてサポートしてくれていました。なのに私は、そんな息子の思いやりにも気づかないで、ここぞとばかりに空いた時間を配信に使って倒れてしまいました。もう体力的に若くないんだと思います……アイドルと母親、どっちかを選ばないといけない時期が来たんだと思います。どっちも大切で、みんなとの時間はかけがえのないもの――だけど。自分の子どもより大切なものなんて、この世にあるんでしょうか? 私にはありません」

 母さんは膝の上で握りしめる手を、そっとほどいた。

「私――天母マリアは本日の配信をもちまして、メタライブを卒業します」

 何度も心の中で唱えて練習したような、迷いがない口調だった。
 もう知っていたことだけどマリアの声で言われた途端、受け止めきれない事実を突きつけられたみたいに胸の奥がざわついた。俺でさえこうなんだ、初めて聞かされたリスナーの衝撃は計り知れない。
 引退宣言を皮切りに、コメントはかつてないほどの勢いで更新されていた。

:話の流れでなんとなくわかってた。わかってたけど……まじか
:推しは推せるときに推しておけ。そう言ってた友人の気持ちがやっと理解できました
:まだ気持ちの整理がつかないけど……お疲れ様、マリアママ。子どもがいようが私にとって推しであることに変わりはないよ。今までありがとう。
:騙されてたなんて思いません。貰ったもののほうが圧倒的に多いから……
:寂しくなるなぁ

「みんな……いっぱいの思い出をくれて、ありがとう……っ」

 コメントを読んで涙ぐむ母さん。
 それから、明るい声を絞り出し、今後どんな対応になるのかを説明していった。
 リスナーとの思い出が詰まったマリアのチャンネルは永久に残されることに決まった。それと、療養があるため卒業ライブのようなお別れ会は予定していない。正真正銘、今日がマリアにとって最後の配信となる。

 ……本当に、これでよかったんだろうか?

 配信開始時からリスナーの反応を追っているが、流れるコメントのほぼ全てがマリアの引退を惜しむ声だ。アンチは別として、母さんの素性を知ったからといって嫌悪感を示すコメントは見当たらない。
 アイドルと母親、どっちかを選ばないといけないと母さんは言った。
 俺もさっきまではそうするしかないと思っていた。リスナーを納得させるためとはいえ、母親だと明かしてファンがついてきてくれるとは思っていなかったからだ。
 しかし実際はどうだろう。
 コメントを書き込んでくれる人に限っては、マリアへの好意的な態度は変わっていない。

 天母マリアのチャンネル登録者数は200万人以上。そのうちの10%……いや1%でも残ってくれたら、企業VTuberとして活動するには充分じゃないのか。

 まだ間に合ってくれ……!

 そう念じながら、俺はとある人物にメールを送った。

「それじゃあ、ね……もうマリアからお伝えすることは何もなくて、本当にこれでお別れになるんだけど……」

 母さんが配信を終わらせようとしている。
 まずい、まだスマホにメールは返ってきていない。どうにかして母さんを引き止めないと本当に引退という形で終わってしまう。

 俺が出ていって無理やり止めるか? いや、何万人も見てる配信でそれはさすがに……。

「……あれ? 通話だ。みこちゃんから?」

 突如、なぜか四期生のかんなぎみことが通話を申し込んできた。
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カクヨムにも連載中 ⇒ https://kakuyomu.jp/works/16817139556518382199
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