君暮らし

ホメオスタシス

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二人暮らし編

その"少女"

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まだ肌寒い春の日だった。
俺はこのアパートに引っ越してきた。

地元より少しは都会。
周りは知らない土地。

近くに俺を知っている人は、もうすぐで、居"なくなる"。


「じゃ、行くからね。なんかあったら電話してね」

「わかったって」

「じゃあね...」


ガチャン


カンカンカンカン...


アパートの階段を下る音が遠ざかって行く。

「...これで、ひとり...か...」

部屋を見渡してみる。

テレビに、冷蔵庫、レンジに本棚。
全部買ってもらった。
大学の学費だって半端ない。

九月 香(くずき かおる)は高校3年の夏、就職から進学に切り替え、見事大学合格。
大学が始まる1週間前の今日、隣の県に引っ越してきたわけだ。

突然の変更にも反対せずに対応してくれた両親には感謝してもしきれない。
まじで、本当に。

で!

いま、ここは俺の城と化した!!!!


スバッと座椅子に座り、実家から持ってきた山のような荷物からパソコンを取り出す。

電源を入れ数十秒後にパッとパスワードの入力画面が表示される。

たたたたんたんたんたん、たんっ

勢いよくEnterキーを叩くとデスクトップが表示された。

「ふ、ふふっ...」

デスクトップには、

「...やっぱりメイちゃんが世界一だ...」

2次元のアニメキャラクター、『メイちゃん(12歳)』が大きく表示されていた。

「...今の俺を知る奴はもうこの世(この県)にはいない...」

ブツブツと呟き、キーボードを叩く。


俺は、ほんの少し、いや、ちょっとだけ、ちっちゃい子が好きだ。

俺以外本当の俺を知っている奴はいないのだ。
成績優秀(自称)、運動神経抜群(スポーツテストB判定)、みんなの中心(学級委員だっただけ)の俺が、アニメオタクだとは誰も思っていまい!!

いや、誰にも教えられない。
理解してくれる人は、そう多くないはずだから...


自分の完全な要塞、パーソナルスペースが作れる一人暮らしは思っていたより最高だ。


ぐぅ...


「...お腹減ったな」

そういえば今日はまだ昼を食べていない。
引っ越しの荷物を写す作業に忙しくて食べる暇などなかったのだ。

顔を上げると時計の針が3時45分を示していた。

いつもなら「何か食べたい」と言えば母親に何か作ってもらうことができたが、完全要塞と引き換えに何もかも自分でやるようなのだ。

作るのはめんどい。
ならば外食しかあるまい。

一人暮らし初日だから外食くらいの出費は許容範囲内だ。

そうと決まれば話は早い。

パソコンを閉じ、財布を持って玄関を出た。

階段を降り、空を見上げる。
太陽が出ているが、雲が多く、少し風も強くなってきた。
そのうち雨が降り出しそうだ。

ドガシャーン

アパートから何かが崩れる音が聞こえた気がしたが香は先を急いだ。


*****


部屋の鍵を閉め忘れたことに気づいたのは、注文したおろしポン酢豚マヨ丼がテーブルに運ばれてきてからのことだった。

鍵の閉め忘れは親に散々言われて忘れないと思っていたが、空腹と一人暮らしの喜びにより、頭の奥深くに追いやられていたらしい。

なんとなく心配になり、急いで豚マヨ丼をかきこんだ。

店を出ると、空は完全に雲に覆われ、ポツポツと雨が降り始めていた。

アパートまではそう遠くないので、マヨ丼を消化し始めた胃と相談しながら、ゆっくりと向かうことにした。

アパートに着いた時には雨が本格的に降り始めてからだった。
信号に引っかかり、途中で胃との相談をやめて走って帰ってきたが、服はびしょびしょになってしまった。

やはり鍵はかかっておらず、おそるおそる玄関を開けた。

「だ、大丈夫そうだな...」

心配はしていたが、やはり誰も入っていなさそうだった。

靴を脱ぎ、濡れた上着を脱ぎながら部屋に入る。
ガッと何かにつまずく。
よく見ると山のように積まれていた荷物が崩れていた。

部屋を出た後に大きな音がしたが、それは香の部屋だったらしい。

はぁ、とため息をついて電気のスイッチに手を伸ばす。
暗い部屋は静かで、ちょっとだけ寂しい気がした。

「...ん?」

ベットの上に何かが。

部屋が暗くてわからないが、あれは"モノ"ではない。
スースーと寝息を立てている。

完全に"生き物"だ。

「っ!!!!!!」

焦った香は電気のスイッチを勢いよく押す。

パッと明るくなり、ベットの上の"生き物"が照らし出される。

「.......は?」

そこには、青いワンピースを着た女の子が寝ていた。
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