ヤノユズ

Ash.

文字の大きさ
上 下
117 / 198

〇月×日『昼下がりの』

しおりを挟む
お昼休み、太陽の下で矢野くんとお弁当を広げる。
けど、矢野くんの箸は進まない。
いつもなら好物のだし巻き玉子から始まり、ペロリとたいらげてしまうのにだ。

「矢野くん、体調悪いの?」

「……なんで。」

「なんでって、……食欲ないみたいだし」

「…………別に。」

声にも元気がない。
顔色は悪くないのに、見るからに調子は悪そうだ。

「もう食べない?」

「……そうだな」

矢野くんが箸を置く。
結局、矢野くんはお弁当に手をつけることはなかった。
どこか上の空といった様子だし、覇気が全くない。

なんとなく心当たりはある。
先刻の歩くんとのやりとりが原因な気がする。
歩くんと話してる矢野くんは機嫌が悪かったし。
……僕を心配してくれているんだろうか。
花村さんに目をつけられていると、矢野くんが言っていたし、だとしたらすごく申し訳ない気持ちになる。
僕は歩くんの言葉に馬鹿みたいに舞い上がってしまったから…。
ずっと見えなかったのに、突然に希望が見えだしたから、浮かれてしまった。
花村さんのことがある以上は矢野くんの忠告を忘れないようにしなきゃいけない。

半分以上残ってしまったお弁当を包んで、携帯で時間を確認する。
まだゆっくりする時間はある。
矢野くんからは授業を受ける気があるようには見えない。
もうしばらく様子を見てから、最悪僕一人だけでも教室に戻ろう。
今日は天気がいいから、一番太陽の近い屋上は暖かくていい。
お腹を満たしたあとだから、こうも暖かいと眠くなってくる。

「ゆず」

「……ぁ、え?」

うとうとしかけた僕の腕を矢野くんが掴む。

「あ、……寝てた?」

「いや、寝んのか?」

「ううん、少し眠くなっただけ。矢野くんは眠くないの?」

目を擦りながら矢野くんを見る。

「全然。」

矢野くんはご飯全然食べてないからなぁ……

「……しかたねぇな」

またうとうとしかけた僕を、矢野くんは強引に引き寄せた。
矢野くんの膝の上に寝かされる。
膝枕だ。
うとうとしてたのに、矢野くんのレアな行動にビックリして目が覚めてしまった。

「ぁの、矢野くん……?」

「寝れば。起こしてやるから」

「ぇ、……ぁ、ありがとう…」

目は覚めてしまったけど、とりあえず目を閉じてみる。
でも寝れるわけがない。
ドキドキして寝られそうにない。
僕て、ほんとこういうとこ、直さなきゃいけない。
歩くんが僕に応えてくれようとしてるんなら尚更。
矢野くんとは割り切った関係にならなきゃいけない。
こんなドキドキしてちゃダメなんだから……

「ん」

「……、なんだ、起きてたのかよ」

「ぇ、……あの、」

今、キスした?
矢野くんの膝に頭を乗せながら、矢野くんを見上げる。
至近距離に整った顔がある。
嫌でもその形のいい唇に目がいってしまう。

「あの、……駄目だよ?」

自分の手を唇の上に置く。

「なんで。」

「なんでって、駄目だよ……」

僕、歩くんが好きだもん。
歩くんと付き合ってるわけじゃないけど、操を立てるわけでもないけど、なんかダメだと思う。

「じゃあ帰ろうぜ」

「駄目だよ。授業あるし、帰っても何もしないよ」

「…………ふーん」

矢野くんが面白くない、て顔しながら立ち上がる。
支えを無くし床に頭をぶつけそうになりながら、さっさと屋上を後にする矢野くんのあとを追った。

矢野くんとのキスは、初めてじゃない。
数え切れないくらいしてるけど、ほぼ全部がセックスの最中についでのようにされるものだ。
口を塞ぐようなキスばかりで、恋人同士のそれとは違った。
でもさっきのは、触れるだけの優しいキスだった。
駄目と言ったらやめてくれたし、やっぱり矢野くんは山梨先輩と付き合ってから変わった。

悔しいけど、今の矢野くんの方が好きだ。
どこかビクビクしながら矢野くんの隣にいた頃とは違って、今は穏やかになれる。
歩くんのこと、今の矢野くんなら受け入れてくれるのかな。
応援とか、してくれるのかな……
花村さんていう障害がなくなったら、もし歩くんと恋人になれたら、矢野くんは僕と幼馴染という関係を保ってくれるのかな。

矢野くんはいつも僕の前を歩く。
僕は背中を追いかけるか、良くて隣に並べるくらいのちっぽけな存在だ。
僕にとって矢野くんの代わりはいない。
矢野くんにとっても、僕はそんな存在になれたらいいと思う。

体で繋がらなくても、そばにいるよ、矢野くん。
矢野くんもそうだよね?
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

処理中です...