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○月×日『リセット』
しおりを挟む馴染みの本屋に入ると、一際存在感のある男性がいた。
僕はそれが誰か一目でわかった。
「将平くん?」
声をかけると、将平くんはハッとしたように顔を上げて、それから僕を見下ろした。
「まこと…」
明らかに立ち読みしているって感じではなかった。
本を手に、瞳は下を向いてるけど、視線は一点しか見ていなくて、読書してるようには見えなかった。
だから、少し気まづかったけど、声をかけてしまった。
「どうしたの?……いつからいるの?」
聞くと、将平くんは高そうな腕時計で時刻を確認し、驚いた顔をした。
「もうこんな時間?……よくお店の人に追い出されなかったな」
将平くんは困った顔をしながら本を閉じた。
どうやら僕が来店するよりはるか前からここにいたみたいだ。
他にも立ち読みするお客さんはいるけど、将平くんが手にしてる本は分厚くて、外国語がびっしりで、挿絵が無い本だった。
あんまりにも熱中してるように見えたのか、それとも絵になり過ぎていて放置されたのか。
……多分後者だ。
こんなビジュアルが整った人が難しい本を手に読み込んでる姿は同性でもうっとりする。
そのくらい将平くんは美しすぎる文学青年て感じで、実際ちらほらと立ち読みしながら将平くんをチラチラと覗き見したり、店員さんですら目の保養……と言ったような感じで目がハートになってるように見える。
「その本買うの?」
「そのくらいしなきゃ割にあわないから」
将平くんは苦笑いしながらレジへお会計しに行った。
……ほんと、何時間いたんだろう。
会計を済ませた将平くんが僕の所に戻ってくる。
「まことは買わないの?」
「欲しいのがあったわけじゃないから」
欲しいものがなくても本屋の中をぶらつくのは好きだ。
「じゃあせっかく会ったんだし、お茶しよ」
「……うん、」
少し迷ったけど、頷いた。
本屋と隣接しているカフェに移動すると、ソファに2人で腰掛ける。
将平くんが店員さんに注文する姿を観察する。
さっきの、本を見下ろす表情よりは、元気そうだけど……。
「将平くん、どうしたの?」
空元気て感じだ。
無理に笑ってる。
なんで……?
「……まことには、話したよな。浮気した恋人の話」
将平くんは"何でもないよ"とは言わなかった。
たぶん、そう言ったところで僕が信じないのは分かってるからだ。
その位、僕達は濃密な時間を過ごしてたって事だ。
「まことと最後に会った日から、ずっと連絡が来てて……」
「え、」
僕と最後に会ったのは、ビジネスホテルで関係を終わらせたあの日だ。
確か……、あの日の将平くんは様子がおかしかった気がする。
「俺の今の連絡先知ってるの、家族とまことしかいないのに、なんでか急に……」
将平くんがそこまで口にして、僕は青ざめた。
嘘。
信じられない。
もしかして……あの時あった、あの人……、
確か、柳一志さん……。
あの人が将平くんの元恋人……?
柳さんが将平くんと連絡がとれないと言って、矢野くんが連絡先を教えた。
将平くんは家族と僕しか連絡先を知らないって言ってる。
……絶対そうだ。
どうしよう。
「まこと?」
急に青ざめて黙った僕を不審に感じたのか、将平くんが僕の顔を覗き込んでくる。
今回はその綺麗な顔にドキマギする余裕が全くない。
「……あの、その元恋人…柳さんて人…?」
恐る恐る将平くんを見ると、将平くんの顔が険しくなった。
決定的だ。
「ごめんなさいっ」
将平くんが何か言ってくる前に、僕は頭をさげた。
僕が柳さんに連絡先を教えたわけじゃないけど、矢野くんを止めることが出来たのにしなかったのは事実だ。
「……まこと、どういうこと?」
表情は険しいままだったけど、将平くんは冷静だった。
どうしてそういうことになったのか、経緯を最初から話すよう促される。
僕はその時の出来事を正直に話した。
「……そういうことか」
話を全て聞いた将平くんは、もう険しい顔はしていなかったけど、どこか疲れてるようだった。
「あの、将平くん……昂平くんのこと怒る?」
恐る恐る尋ねると、将平くんは小さく笑った。
「怒らないよ。俺になにかしたのかって聞いて、一志が何もしてないって言ったから教えたんだろうし……」
矢野くんなら、柳さんが元恋人と知ってても面白がって教えてた気がするけど…………それは黙っておこう。
「何もしてないって、浮気はカウントしてないってことかな…」
「…………わからないけど、適当言ったのかも。その、昂平くんに警戒されないために」
「どうかな……。けど、あいつが何処で仕入れたか分からなかったから不安だったけど、解決したから」
将平くんがそう言いながらスマホをポケットから取り出す。
そのタイミングで注文したドリンクをウェイトレスさんが運んできてくれる。
ありがとう、と言ってドリンクを受け取る将平くんに頬を染めながら店員さんが会釈する。
将平くんは1つを僕に手渡すと、自分のドリンクは机に置いた。
「いただきます」
僕がひとくちドリンクに口をつける。
少し苦いカフェオレだ。
机の端にガムシロップを発見して手を伸ばすと、ガシャンと、氷が弾ける音がした。
「え」
音がした方、将平くんを見てギョッとした。
将平くんが頼んだのはアイスコーヒー。
そのアイスコーヒーのグラスにスマホが突っ込まれてた。
スマホで傘増しされて、コーヒーと氷が机に少しだけ零れてた。
「ぇ……え?将平くん……何してるの?」
僕は将平くんと、コーヒーに浸かったスマホを交互に見た。
「リセットする。」
リセット……?
「暫くこっちで仕事しなきゃ行けないんだ。煩わされたくない」
「だからって……」
コーヒーに浸かったスマホのディスプレイが明るく点滅する。
非通知で着信がかかってきた。
けど、スマホは少し震えた後、ノイズが走ってディスプレイは真っ暗になった。
「まことにはまた教えるから」
そう言って将平くんは微笑むと、伝票をもって立ち上がった。
「またね、まこと」
会計を済ませて店を出ていく将平くんはどこか清々しい顔をしていた。
リセット…………本当にこれでいいの?
さっきの非通知着信は?
僕は呆然と、アイスコーヒーに浸かるスマホを眺めることしか出来なかった。
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