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○月×日『ストックホルムシンドローム』
しおりを挟む矢野くんの部屋のベッドに正座する。
その向かい側で将平くんが椅子に脚を組んで座ってる。
僕の隣に矢野くんも座ってるけど、ウトウトしてる。
「矢野くん」
「……昂平。」
今にも寝そうなのにそこだけはしっかりと訂正してくる。
「昂平は相変わらずだな」
将平くんが呆れ顔で矢野くんを見る。
「つか兄貴、なんでいるんだよ」
矢野くんは寝癖のついた髪をかきあげると、将平くんを見る。
「帰国するって連絡しただろ」
「そうだっけ?」
将平くんは矢野くんの10個上のお兄さんだ。
10年くらい前からヨーロッパの……どこかの国に行っていた。
将平くんは矢野くんとそっくりな顔と、同じ瞳の色をしてるけど、髪は漆黒だ。
それに矢野くんより少し背が高い。
そんな彼が、今日帰国したのだと言う。
矢野くんがメッセージをちゃんとチェックしていなかったせいで僕と矢野くんの関係が将平くんにバレてしまった。
「まぁ、いつかはこうなると思ってたよ」
「え」
僕が間抜けな声を出すと、将平くんが僕を見て笑う。
「わかるよ。昂平はまことにべったりだったからな。いつからなんだ?」
「……恋人になったのは最近」
僕が小さな声で呟くと、将平くんが意外!て顔をした。
「さっきのセックス初めてじゃないよな?」
「えっ、なんでっ?」
僕が驚いて身を乗り出すと、隣で矢野くんが大きなため息をついた。
「いつ帰ってきたんだよ」
「何回ヤったか知らないけど、最低でも1回は終わった後かな。その後始まったのが最後だったから」
「2回目だな。3回ヤった」
「言わなくていいからっ」
矢野くんがなんでか自慢げに言うもんだから恥ずかしくなって矢野くんの腕を叩いた。
それでも痛がる素振りもせずニヤニヤと笑ってる。
「で、いつから?」
「高校上がる前」
「なるほど。」
将平くんが何か考える素振りをしながら長い脚を組みかえる。
矢野くんが大人になったらこんな感じなのかな……と思わず見とれてしまう。
矢野くんと将平くんはご両親よりお祖父さんに似てる。
隔世遺伝というやつらしい。
クウォーターで隔世遺伝……?僕にはよく分からないけど、お祖父さんを見れば誰もが納得する容姿だ。
「ゆず」
僕が将平くんを見つめながらそんなことを考えてると、矢野くんがきつく睨んでくる。
「マジ油断ならねぇ」
どうやら将平くんを見ていたのが気に入らないらしい。
「まこと、昂平のこと好きか?」
僕は矢野くんからまた将平くんに視線を戻す。
問われて咄嗟に答えが出てこなかった。
だって、わかりきってることだから。
「……好きだよ?」
将平くんの質問の真意が分からなくて不安になる。
「兄貴何が言いたいんだよ」
矢野くんも同じみたいで、声色がイラついてる。
「いや、昂平がチビの頃からずっとまことにぞっこんなのは知ってたよ。けどまことは違うだろ」
将平くんの言葉に唖然とする。
何を言ってるんだろう。
将平くんは大学も外国の大学に行っていたから、ほぼ日本にはいなかった。
10年以上も僕らから離れた所にいて、ついさっき帰ってきたばかりなのに。
「……なんでそんなこと…」
「ストックホルム症候群。被害者が犯人に協力的になるっていうアレ」
「俺は犯罪者かよ」
「レイプは犯罪だろ。」
イラついて食いかがり気味な矢野くんを、将平くんが重い一言で黙らせた。
「なんで兄貴がそのこと……」
知ってるんだ?
矢野くんが恐ろしいものでも見るみたいに将平くんを見る。
「カマかけただけだよ。簡単に想像がつくからだ。まことの全部を支配したくて、いつかやるんじゃないかって考えたたこともあったけど、そこまで馬鹿じゃないと思ってた」
将平くんが心底ガッカリ、て顔をする。
ストックホルム症候群……?
難しいことはよくわからない。
気づいたら矢野くんが好きだった。
たぶん、矢野くんと体の関係をもってからだったと思う。
矢野くんが僕以外とそういうことをするのが嫌で、それがなんで嫌かって……矢野くんのことが好きだからだと思ってた。
矢野くんには僕だけであって欲しいんだと。
「まこと、ちょっと話ししよう」
将平くんが僕の返事を待たずに部屋を出る。
ついて来いって言ってる気がする。
矢野くんを見ると、視線は下を向いて、どこか落ち込んでるように見えた。
将平くんに失望されたのがショックだったんだろうか……?
とりあえず矢野くんに引き止める気配はないみたいだから、僕は将平くんの後を追って部屋を出た。
将平くんの帰国を期に、僕に迷いが生まれることになる。
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