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63話:告白②

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「………………へ?」


 この弟子は今なんと言った。

「ずっとお慕いしておりました、蒼翠様そうすいさま
「え……」


 真摯で熱の篭った瞳で見つめられ、思わずその魅惑に引き込まれてしまう。
 
邪界じゃかいでの私はあなた様に仕える従者の身。この想いを叶えるには力がなく、身を引いた方がご迷惑をかけないとも考えていました。ですが、やはり私は蒼翠様を諦めることができない……」


 柔らかく握られた手が熱い。緊張しているのか、それともこちらが逃げるのではと思っているのか、どんどん指の力が強くなっていく。
 

「一人の人間として、男として、私は蒼翠様を愛しております」
 
 
 お慕いしている。愛している。誰でも分かる単語なのに、混乱に染まりきった頭は言葉の意味を理解してくれない。
 無風は一体何を言っているのだ。


「父上には、蒼翠様を私の生涯の伴侶とするお許しをいただきました。ですので――――」
「ストップ!!」

 気づいた時にはそう叫んでいた。

「え? スト……?」
「ちょっと待って、ってこと!」


 今はまず爆発しそうになってる頭と心臓を少しでも鎮めたい。でないとまともな思考になれないと無風を止める。そうしてから大きく深呼吸を繰り返すと、ようやっとわずかだが心に余裕が生まれた。
 

「愛してるって、お前が……俺を?」
「はい」
「い、いつから?」
「もうずっと前からです。蒼翠様は身分の低い私にいつも優しく接してくださいましたし、私のために白のお師匠様を探し出してくれたりと、たくさんのものを与えてくださいました」


 半龍人はんりゅうじんに騙され雨尊村うそんむらに被害を与えてしまった時は子どもだった自分の代わりに村人たちからの非難を受け、炎禍えんかをはじめとする多くの黒龍族こくりゅうぞくの目からも守ってくれた。そういった小さなことがいくつも集まり、いつしか無風の中に温かな想いが生まれたのだという。



「けどそれは俺が無責任にお前を攫ってしまったから……」
「であったとしても普通なら白龍族はくりゅうぞくの子など家畜以下にしか扱わないはず。それなのに蒼翠様は私を家族のように大切にしてくれました」
「それで……俺のことを好きになった?」
「はい」
「でも俺は黒龍族でお前と同じ男だし、それに彼女は……」
「彼女?」
隣陽りんようだよ。彩李の町で会ってただろ? すごく仲良さそうだったし」


 酒屋の前で仲睦まじくしていた姿を今でもよく覚えている。


「よくご存知ですね。ですが隣陽さんとはそういった関係ではありませんよ。彼女は酒屋の近くの薬舗で働いているらしく、時間がある時に薬草の話を聞かせて貰っていたんです」


 蒼翠は苦味が苦手でいつも薬湯を辛そうに飲んでいたため、どうにか効能をそのままに苦味だけ緩和できる方法はないかを尋ねていたのだと無風は語る。
 

「ご安心ください。私の頭はいつだって蒼翠様のことしか考えていませんから」
「うっ……」


 そんな極寒の山の氷塊をも溶かすような微笑みで見つめられたら、せっかく落ち着きを取り戻していた心臓がまた高鳴りはじめてしまうではないか。


「それに蒼翠様の種族や性別に関してもきちんと許しをいただいております」
「は? い、いやいやいやいや性別も、ってそんなことが許されるはず……」

 白龍族皇太子と黒龍族の皇族。敵対関係であることはさておき、身分的な釣り合いだけなら申し分のない縁組みだが、さすがに性別は無理があるだろう。というより、こんなことを蒼翠が突っこむより先に誰か異議を唱えなかったのか。
 尋ねるように無風を見てみたが、笑顔を浮かべたまま何も言ってこないところを見ると、どうやら本当に承認されたらしい。
 しかし、どうやってこんな大それた望みを押し通したのだ。無風は跡継ぎとしての責を全うする代わりに聞き入れて貰ったと言っていたが、まさか聖君せいくんを脅して頷かせたとかではないだろうか。
 

「聖君もそうだったように、白龍族は生涯にたった一人を一心に愛する種族。であるなら私の伴侶は蒼翠様しかおりません」
「で……も……」

 
 無風と一生をともにすることが嬉しくないのかと問われたら、きっと自分は嬉しいと答えるだろう。
 でも、それが正解でないことぐらい蒼翠にだって分かる。


「たとえ俺との……その……婚姻が承認されたのだとしても、まだ他に問題があるだろう」
「なんでしょう?」
「ほら、よ……世継ぎとかはどうするんだ」


 皇太子は将来聖君になればいいだけの存在ではない。無風には跡継を残す義務があるが、相手が蒼翠ではそれを果たすことができない。そうなると考えられる道は蒼翠との婚姻を諦めるか、もしくは異例として側室を迎えるかのどちらか。
 だが、無風は生涯に一人しか愛さないと断言してしまった。
 一体この問題をどうするつもりなのだろうか。 
 

「そちらも心配ご無用です。私たちにはこれがありますから」

 そう言って無風が差し出してきたのは、一冊の古びた書物だった。



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