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59話:処刑の日①
しおりを挟む「広大なる黒の大地を統べる邪君曰く――第八皇子蒼翠は白龍族の刺客を秘密裏に育て、皇太子炎禍を害した。これは裏切りを超え、謀反に等しい。蒼翠は長年皇族として厚遇を受けたにもかかわらず、恩を仇で返した恥知らずである。不義不忠甚だしく、決して赦されるものではない。よって八皇子蒼翠に死を賜う」
無風は刺客ではないし、厚遇された記憶もない。邪君なんて都合のいい時ばかり厄介ごとばかり押しつけ、後は放置。宴の席で顔を合わせても言葉もかけてこない。これが厚遇だなんてお笑い種でしかないと、邪君付の太監によって読み上げられる聖旨を、蒼翠は無感情のまま聞く。
刑執行の日は唐突に訪れた。光も差さない暗牢に突然太監を筆頭とした大勢の武官が現れたと思ったら、すぐさま取り押さえられ霊力を封じる特殊な手枷を嵌められた。そうしてそのまま刑場へと連行されたのだ。
元から知ってはいたが、邪界の刑場は意外とあっさりしている。だだっ広い崖の上に、簡素な敷物と碗が乗った小さな膳が置かれているのみ。なぜこんな場所が刑場なのかといえば、死刑を執行された後、罪人の遺体をそのまま崖へ落とし獣に食わせるためだ。
本来なら死後、廟に祀られるはずの皇子も罪人となれば関係ない。
「八皇子蒼翠は謹んで勅命に従え」
邪君より託された聖旨を太監が読み終わると蒼翠は膳の前に座らされ、それからすぐに膳の上の碗に鴆酒―― 雄黄、礜石、石膽、丹砂、慈石の五毒を三日三晩かけて焼き、立ち上がった白煙で燻した鳥の羽毛を浸した酒――が注がれた。
どうやら自分は邪君より毒酒を贈られたらしい。これを自ら煽って自害しろということだ。
古代中国における賜死、つまり主君より死を賜る時には自殺の道具を贈られる。主君より剣が贈られれば自らの手で腹を割き、白布なら首を縊り、酒なら服毒で死を迎える。これらは生きたまま肉を削がれる凌遅刑のような惨刑に比べれば恩情があるものだと言われているものの、蒼翠からしてみれば死に恩情も何もない。
――中国時代劇では何度も見たが、まさか自身が飲むはめになるなんて……。
毒酒が入った器を手に持ち、中を静かに覗く。
碗の中にあるのは何の変哲もない酒に見えるが、呷れば瞬時に喉と内臓を焼かれ、そこから噴出した大量の血で窒息し、まもなく死を迎える。
――これまで鴆酒を賜った数多のキャラたちは最後、どんな気持ちだったんだろう。
皇帝に愛されず、嫉妬のあまり寵妃を害した廃妃は自分は悪くないと泣き叫んだ。
大切なものを奪われ復讐を誓うも返り討ちにされた臣下は、恨み言を吐き散らした。
謀反だと承知の上で世のために立ち上がった賢者は、すべてを達観した顔で呷った。
では自分はどうか。
これまでずっと自分が殺されるのであれば、手を下すのは無風であると信じて疑わなかった。
しかし今、予想もしない死が目の前にある。
正直、少しも実感が湧かなかった。まるでまだ文字が理解できない幼子のように、死という文字が頭の中でふよふよと浮いている感じだ。ただ、それでも――――
「無風……」
これで本当に無風と会えなくなると思うと、どうしようもなく胸が苦しくなって、碗を持つ手が震えた。
もしこの世界に神がいるのなら、せめてあと一目だけでいいから無風に会わせてほしい。運命は変えられないのだとしても、最後に無風の姿を目に焼きつけて逝きたい。
そう願った途端に、感情が酷く波立った。
まだ、死にたくない。
今すぐに碗を投げ捨て、逃げてしまいたい。
手の震えで器の中の毒酒が荒く波立つ。
しかし刑死を見届ける義務のある太監は、動揺を顕著にする蒼翠に恩情など見せてはくれなかった。さも面倒だから早く終わらせたいといった顔で勅命に従えと促してくる。それでも動けずにいると今度は控えていた武官が蒼翠の腕を掴んだ。
「罪人よ、観念して皇恩を受けよ!」
蒼翠の両腕を力尽くで押さえてから、武官の一人が手中から奪った毒酒の碗を口元まで運ぶ。首を振って拒絶しようとしたが顎を太い指で掴まれ、無理矢理上向かされると最早逃げ場はなくなった。
開かされた口に向かって、ゆっくりと碗が傾けられる。
もう終わりだ、と蒼翠が固く瞼を閉じた、その時だった。
邪界の曇天に突如耳を劈かんばかりに甲高く、雷のようにけたたましい龍の鳴き声が響き渡り、たちまち周囲は視界が真っ白に染まるほど眩しい光の輝きに包まれた。
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