上 下
41 / 81

40話:調香

しおりを挟む


 それから小半刻もせずに戻ってきた無風の手には大きな箱があって、こちらに近づくたびに香木のいい香りが部屋に広がった。


「これがお前が使っている香箱か。すごいたくさん種類があるんだな」
「季節や天候、暑さ寒さによって調合を変えたりしていますので」
「なるほど。香道なんて言われるぐらいだから、奥が深いんだな。それで、これでどうやって作るんだ?」


 蓋をあけた香箱の中は、間仕切りされた木枠のなかに一つずつ蓋つきの椀が綺麗に並べられていた。その数、二十以上はあるだろうか。無風曰く、その椀の中に香木や乾燥させた根などが入っているらしい。


「まず、一番強く香らせたいものを選びます。それからその香に合うものや、次に好みのものを少量ずつ混ぜていくことで、炊き始めの香りや中間のもの、焚き終わったあとの残り香が変わっていくんです」
「強く香らせたいもの……か」
「はい。蒼翠そうすい様でしたら、伽羅きゃらがそれになりますね」


 基本となる香りを決めてしまえば、あとは無風に相性のいいものを聞いてその中から決めればいい。仕組みを理解してふむふむと蒼翠は頷く。が、二十種以上ある原料をぐるりと見て、すぐにこれはかなりの難問だと気づいた。


「うーん……これだけあると迷うな。無風、お前はどうやって香りを決めていくんだ?」
「私は……そうですね、香を贈りたい相手を心に浮かべて決めていきます。蒼翠様にはどんな香りが合うのかとか、似合うのか、とか」
「つまり、お前は俺のことを思って作り上げたということか」
「はい……そう、なります」


 少しだけ言葉がつっかえる。どうしたのだろうと無風の顔を覗けば、照れ臭そうに視線を下げる姿が映った。
 相手のことを思って、なんて、きっと年頃の無風には気恥ずかしいことなんだろう。

 
 ――ハハッ、まだまだ可愛いな。


 思わずニヤけながらそう言ってしまいそうになったが、無風の自尊心のために黙っていることにした。


「そうか、じゃあ俺も見習って無風に似合いそうなものを選んでみることにしよう」

 基準さえ決まれば素人でもなんとかなりそうだ。蒼翠は香原料が入った椀を一つずつ手に取り、無風に似合うかどうかだけを考えて香りを探った。


 ―― 丁字ちょうじは香りが高いけど、ちょっとスパイシーすぎるなぁ。
 ―― 大茴香だいういきょうも清涼感があっていいけど、なんか無風のイメージに合わない。
 ――あ、これはいい香りだ。でもベースの香りにするには弱いな。
 
 
 頭の中であーだこーだと考えながら選ぶこと、半刻。
 

「よし、これに決めた」
甘松かんじょつが藿香かっこう、そして白檀びゃくだんですね」
「ああ。基本となるものが白檀で、あとは少しずつ混ぜたい」
「とてもいいですね。よい香ができそうです。ですが、どうしてこの四つを?」
「俺はお前みたいに香の相性に詳しくないからな。単純に『この匂いを無風が纏ってたらいいな』で、選んだだけだ』


 無風にはエキゾチックな辛さやスパイシーな甘さより、隣にいるだけで落ち着く柔らかな香りが似合う。その中でも白檀は、昔の日本でも天皇や皇族が好んだと言われている雅な香りで、本当は聖界の皇子である無風にもしっくりくると思った。だから一番の香りに選んだのだ。
 
 
「すごくいい香りです」

 蒼翠が渡した四つを慣れた手つきで調合した無風が、合わせ用のお椀に鼻を近づけてゆっくりと嗅ぐ。
 
 
「蒼翠様はやはり凄いですね。まるで最初から私の好みを知っていたかのようだ」
「世辞を言ってもなんにもでないぞ?」
「本心です」
「ハハッ、そういうことにしておこう。じゃあ、早速合わせたものを焚いてみようか」


 これがどんな香りになるのか早く試したい。はやる気持ちで胸を躍らせながら香炉に視線を向ける。しかし。
 

「……あ、今、俺の香を焚いてる最中だった」
「そうですね。今さっき火を入れたばかりなので、一刻ほどは香りが抜けないかと」
「それまで待たないといけないのか。うーん、せっかく作ったのに…………あっ!」
「蒼翠様?」
「いいこと思いついた! 無風、お前の部屋だ」
「はい?」
「この香はお前のために作ったんだから、お前の部屋で焚くのが一番だろう!」


 無風は普段から香を焚かないと言っていたから、逆にちょうどいい。
 

「いえ、私の部屋は……」
「なんだ、ダメなのか? ……ハッ、もしかして」

 部屋には主である蒼翠に見られたくないものが置いてあるとか。
 無風は年頃だ。年頃の男子といえばエロ本。この世界に葵衣が知っているようなエロ本はないが、それに近い春画しゅんが――性風俗を描いた絵画本――ならある。もしやそれを目に見える場所に置いてあるため、人を招くことができないとか。
 

「蒼翠様が考えているようなものは、置いてありませんよ」
「……無風、お前最近ちょっと俺の思考読みすぎじゃないか?」
「蒼翠様が真正直なだけかと」
「どうせ考えてることが顔に出やすいっていいたいんだろう? 知ってるよ。自分でも嫌なぐらい自覚してるから。ったく、オブラートに包めばいつでも許されるとおもうなよ」
「オ、ブラ? ト?」
「……なんでもない。とにかく部屋に入って香を焚くぐらいなら、問題ないだろ? 変なところは漁らないから」


 こちらでの生活が長くなってきたこともあって、ここ最近はあまり現代の言葉も使わなくなってきたが、気を抜くとまだ出てしまう。これはいけないと蒼翠は慌てて話題を逸らし、作り笑顔を浮かべる。


「別にどれだけ漁っていただいても構いませんよ。ただ、本当に何も面白味もない部屋なので笑わないでくださいね」
「大丈夫だよ。笑わないから」

 変な形だったり、間抜けな顔した美術品が所狭しに置いてあったりしたら笑ってしまうかもしれないが、無風のことだからそんなことはないだろう。それは確信できたのだが、そういえば自分は無風の自室に入ったことがないと、蒼翠はふと気づく。
 
 
 ――まぁそりゃそうか、いつも無風がこちらにきて世話をしてくれるんだもんな。
 
 
 ということは、今から自分は初めて無風の部屋に入る。
 

 ――え、すっごい楽しみなんだけど。
 

 ドラマでも邪界での無風の部屋は描写されなかった。つまり世界で唯一、自分だけがドラマの裏設定に触れられるということ。
 
 
 そう考えると一気に嬉しさが込み上げてきて、蒼翠は今にもスキップし出しそうになったが、なんとか堪えたとか堪えられなかったとか。
 
 



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

ずっと女の子になりたかった 男の娘の私

ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。 ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。 そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。

堕ちた父は最愛の息子を欲に任せ犯し抜く

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

親父は息子に犯され教師は生徒に犯される!ド淫乱達の放課後

BL
天が裂け地は割れ嵐を呼ぶ! 救いなき男と男の淫乱天国! 男は快楽を求め愛を知り自分を知る。 めくるめく肛の向こうへ。

「陛下を誑かしたのはこの身体か!」って言われてエッチなポーズを沢山とらされました。もうお婿にいけないから責任を取って下さい!

うずみどり
BL
突発的に異世界転移をした男子高校生がバスローブ姿で縛られて近衛隊長にあちこち弄られていいようにされちゃう話です。 ほぼ全編エロで言葉責め。 無理矢理だけど痛くはないです。

3人の弟に逆らえない

ポメ
BL
優秀な3つ子に調教される兄の話です。 主人公:高校2年生の瑠璃 長男の嵐は活発な性格で運動神経抜群のワイルド男子。 次男の健二は大人しい性格で勉学が得意の清楚系王子。 三男の翔斗は無口だが機械に強く、研究オタクっぽい。黒髪で少し地味だがメガネを取ると意外とかっこいい? 3人とも高身長でルックスが良いと学校ではモテまくっている。 しかし、同時に超がつくブラコンとも言われているとか? そんな3つ子に溺愛される瑠璃の話。 調教・お仕置き・近親相姦が苦手な方はご注意くださいm(_ _)m

俺は成人してるんだが!?~長命種たちが赤子扱いしてくるが本当に勘弁してほしい~

アイミノ
BL
ブラック企業に務める社畜である鹿野は、ある日突然異世界転移してしまう。転移した先は森のなか、食べる物もなく空腹で途方に暮れているところをエルフの青年に助けられる。 これは長命種ばかりの異世界で、主人公が行く先々「まだ赤子じゃないか!」と言われるのがお決まりになる、少し変わった異世界物語です。 ※BLですがR指定のエッチなシーンはありません、ただ主人公が過剰なくらい可愛がられ、尚且つ主人公や他の登場人物にもカップリングが含まれるため、念の為R15としました。 初投稿ですので至らぬ点が多かったら申し訳ないです。 投稿頻度は亀並です。

【完結】ハードな甘とろ調教でイチャラブ洗脳されたいから悪役貴族にはなりたくないが勇者と戦おうと思う

R-13
BL
甘S令息×流され貴族が織りなす 結構ハードなラブコメディ&痛快逆転劇 2度目の人生、異世界転生。 そこは生前自分が読んでいた物語の世界。 しかし自分の配役は悪役令息で? それでもめげずに真面目に生きて35歳。 せっかく民に慕われる立派な伯爵になったのに。 気付けば自分が侯爵家三男を監禁して洗脳していると思われかねない状況に! このままじゃ物語通りになってしまう! 早くこいつを家に帰さないと! しかし彼は帰るどころか屋敷に居着いてしまって。 「シャルル様は僕に虐められることだけ考えてたら良いんだよ?」 帰るどころか毎晩毎晩誘惑してくる三男。 エロ耐性が無さ過ぎて断るどころかどハマりする伯爵。 逆に毎日甘々に調教されてどんどん大好き洗脳されていく。 このままじゃ真面目に生きているのに、悪役貴族として討伐される運命が待っているが、大好きな三男は渡せないから仕方なく勇者と戦おうと思う。 これはそんな流され系主人公が運命と戦う物語。 「アルフィ、ずっとここに居てくれ」 「うん!そんなこと言ってくれると凄く嬉しいけど、出来たら2人きりで言って欲しかったし酒の勢いで言われるのも癪だしそもそも急だし昨日までと言ってること真逆だしそもそもなんでちょっと泣きそうなのかわかんないし手握ってなくても逃げないしてかもう泣いてるし怖いんだけど大丈夫?」 媚薬、緊縛、露出、催眠、時間停止などなど。 徐々に怪しげな薬や、秘密な魔道具、エロいことに特化した魔法なども出てきます。基本的に激しく痛みを伴うプレイはなく、快楽系の甘やかし調教や、羞恥系のプレイがメインです。 全8章128話、11月27日に完結します。 なおエロ描写がある話には♡を付けています。 ※ややハードな内容のプレイもございます。誤って見てしまった方は、すぐに1〜2杯の牛乳または水、あるいは生卵を飲んで、かかりつけ医にご相談する前に落ち着いて下さい。 感想やご指摘、叱咤激励、有給休暇等貰えると嬉しいです!ノシ

処理中です...