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6話
今日イチの名言「俺を犯罪者にしたくなければ、大人しく首を縦に振ることだ」
しおりを挟む「だから、それはダメだって」
小さな同窓会が終わってから数日後、隼士の部屋では小さな押し問答が繰り広げられていた。
「だが、仕事が終わった後にわざわざここに寄って、食事を作って帰るでは朝陽が疲れるだろう。ならいっそのこと、ここに住めば負担はかからないし、家賃だって浮くんだぞ?」
それは二人で夕食を食べ終えた後、朝陽が小さな欠伸を一つ漏らしてしまったことから始まった話だった。
別段、欠伸をしたからといって、今すぐ倒れるほど疲弊しているわけではない。ただちょっと今日は仕事で身体を動かすことが多かったから、軽い疲れが表に出ただけの話。なのに、その一瞬の緩みを見られてしまった途端に、これだ。
「確かに便利なところはたくさんあるけど、前にも言ったとおり俺等は一定距離を保っていた方がいいんだって」
「……前にも?」
朝陽の返答に、隼士が不思議そうな顔をする。
「あっ」
不味い、と朝陽は自分の失態に双眸を見開いた。
「俺は、前にも朝陽に一緒に住もうと言ったことがあるのか?」
「あー……うん、まぁ……」
気まずい。非常に気まずいが、誤魔化すことのできない失言のため、諦めて素直に認める。
「そうか、俺は何度も断られるほど、朝陽に嫌われていたのか……」
「へ? ちょっ、何でそうなるっ?」
「だってそうだろ? 一定距離を崩したくないということは、一定以上近づきたくないという意味にもなる。つまり俺は朝陽に嫌われているということだ」
「違うって! 俺は隼士のこと嫌ってないから! 勝手な解釈して泣きそうになってんじゃねぇよ。俺が苛めてるみたいじゃんか! ……っていうかさ、ほら……お互いいい大人だし、隼士は仕事が忙しいからプライベートの時間が必要だと思って……」
家で残った雑務をするほど激務の仕事に就いている隼士には、一人で黙々と仕事を片づける時間や、疲れた心身を落ち着かせる時間がきっと必要になる。そんな時に側でうるさくして鬱陶しがられたり、嫌われたりしたら辛い。だから朝陽はプロポーズを承諾するまで、頑なに同棲を拒んでいたのだ。
「朝陽なら俺のプライベートに入ってきても、邪魔だと思わないが?」
「そうは言うけど、実際は分からないだろ?」
「俺と朝陽なら、絶対に上手くやれるはずだ」
「何、その妙な自信。……はぁ、あのさ、ちゃんと考えろよ。隼士だってもうすぐ三十歳なんだから、結婚だって視野に入ってくるだろ? もし結婚が決まった時、男と一緒に暮らしてたら面倒じゃん」
いつか隼士が恋人探しを諦めて別の恋に向かい始めた時、絶対に自分は邪魔者になる。そんな懸念を無視して同居を始めた後、恋人ができたから、結婚が決まったからと言われ隼士の部屋を追い出されるなんて堪ったものではない。確実に落ちこんで寝込む自信がある。いや、もう想像しただけでダメだ。
「そうか……そこまで考えての話なら、強引に進めるわけにはいかないな……」
隼士が残念そうな表情をして、溜息を吐く。
どうやら諦めの方向に向かってくれたみたいだ。朝陽は密かに安堵に胸を撫で下ろす。だが――――全てが全て思いどおりにいかないのが、人生の厳しいところだった。
「分かった今日のところは諦めるから、せめて今夜は泊まっていけ」
「ふぇ?」
「ふぇ、じゃないだろう。当たり前だ、時間を考えてみろ」
今日のところは、という部分にやや引っかかりを覚えながらも時計を見ると、ちょうど二十三時半を超えたところだった。
「こんな時間に一人で帰るなんて危ない。だから今日は泊まって行け」
「危ないって……まだ日付も変わってないし、そもそも俺も、今年の誕生日で三十歳になる男なんですけど?」
「年や性別なんて関係ない。今の時代、金目当ては勿論、男を性的対象に見る暴漢だって普通にいる。そんな奴に襲われたらどうするんだ?」
仕事柄、そういった案件を目にすることがあるという隼士は、朝陽が事件に巻きこまれるのが心配なのだという。
言われて見れば確かに自宅周辺は、深夜になると人通りが少なくなる。だが男を襲う人間なんて、不安になるほどいるのだろうか。
「俺、男に襲われるほど可愛くもねぇけど」
「何をバカなことを! 俺からしてみれば十分襲われる対象に入る! こんなこと想像もしたくないが、もしも俺が心配するような、おぞましいことになってみろ」
「……そしたら一体どうなるんだ?」
「怒り狂った俺は後日、法廷の真ん中に立って裁判官を睨んでることだろう」
勿論、弁護人は光太で、と続いたところで朝陽はその意味を把握する。
「いやいやいや! そんな自信満々に俺、犯罪者になりますって宣言されても困るから!」
親友が自分のために加害者を制裁してくれたなんて、話だけ聞けば美談だが、実際にそんなことをして隼士の将来に支障が出たら一大事だ。それこそ、朝陽が涙を飲んで友人に戻った意味がなくなる。
「俺を犯罪者にしたくなければ、大人しく首を縦に振ることだ」
「ちょっ、それすげぇ横暴じゃね? ここまでくると、親友として心配されてるっていうより、脅されてる感の方が強いんだけど」
目の前の男から出てくる言葉が、優しさからくるものだと心の底では分かっていても、さすがにこれは酷い。
しかし、きっとそれを口にしても、諦めの悪さが一級品の男に軽く論破されてしまうだけだろう。
こういう口巧者なところは、さすが裁判で相手検事を閉口させたこともある敏腕弁護士だなと思う。
その辺りをすっかりと見落としていた自分を悔やんだが、全ては後の祭り。異論は受け付けないといった目で見られ、反論できなくなった朝陽は、溜息を吐きながら頭を垂らしたのだった。
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