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第23話:あなたがいたから

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「ディーノ、ちょっといいかい?」

 四人でラッセルのもとへ行く準備の最中、レイナルドに声をかけられディーノは作業の手を止める。

「君にはきちんと礼が言っておきたくてね」
「僕に?」
「ラッセルがここを出て行ってからリュスカは随分落ち込んでいたけど、君が傍にいてくれたおかげで大分救われたみたいだからね」

 別に礼を言われるほどのことではない。そもそも自分はリュスカの家に匿ってもらっている身だし、たとえそうでなくても友人であるなら当然のことだ。そう言おうとレイナルドを見ると、彼の目はとても愛おしそうにリュスカを見つめていた。 

「五年前、裏舞踏会から逃げてきたリュスカを保護した時の話だけどね……あの頃、リュスカの心は凄く不安定だった」
「不安定?」
「当時はまだ私しかリュスカの面倒を見る者がいなかったんだけど、私も王族としての責務があったから毎日部屋に顔を出すことができなかったんだ」

 よくて二日おき、執務が重なったり騎士団を帯同して遠地に向かうとなると十日以上も会いにいけないこともあった。そんな状況の中、やっとのことで時間を見つけて部屋に来ると、決まってリュスカは頭から毛布を被って震えていたんだ」

 レイナルドの話をディーノは頭の中で描いてみるが、今のリュスカからは考えられない光景だった。

「部屋に入ってくる私を見つけると、リュスカはすぐに胸の中に飛びこんできて『一人は嫌だ』と泣いてね……。当時は母親が恋しいのだと思っていたけど、おそらく裏舞踏会の恐怖に怯えていたんだろう」

 裏舞踏会。ディーノがその話を最初に聞いた時は身体中が震えて仕方なかった。あんな悍ましい宴、想像したくもないと全身が拒絶したぐらいだ。
 リュスカはその恐怖を実際に味わった被害者。与えられた絶望は筆舌に尽くし難いものだっただろう。
 
「私はリュスカの涙を見るのが嫌でね。できうるかぎり時間を作って会いに行ったよ。それから時が経つにつれてリュスカは泣かなくなって、強くもなったけど、やっぱり今でもどこか心の奥底では一人になるのを怖がってるように見えるんだ。だから今回のラッセルのことは、リュスカにとって凄く衝撃的だったと思う」

 確かに今、リュスカは迷っている。悪は許せないという正義と、ラッセルを敵にしたくないという願いの間で葛藤している。きっとそれだけリュスカの中でラッセルの存在が大きいかったからだろう。ラッセルが混血だったという事実も、リュスカの迷いに拍車をかけているのが容易に想像できる。

「でも、ディーノのおかげでその衝撃も随分和らいだ。……悔しいけど、今回の私ではそれができなかったから、君には本当に感謝してるんだ。本当にありがとう、ディーノ」
「ううん、お礼なんて必要ないよ。それにレイナルドだって、ちゃんとリュスカの心を支えてる」
「私が?」
「うん。確かに僕はリュスカの傍にいるけど、まだ出会ったばかりで心の奥までは触れることができない。でも二人には五年という月日で培った強い絆がある。だからかな、この部屋にレイナルドがくるとリュスカの心はすごく安らいで柔らかくなるんだ」

 態度には見せないが、リュスカの中から張り詰めた緊張がなくなり纏う空気がガラリと変わる。
 多分、無意識のところで安心するからだろう。レイナルドの存在はそれほどまでに大きいのだと、ディーノは微笑みながら語る。

「そう言って貰えると少し気が楽になるよ。ありがとうディーノ。これからもずっとリュスカと一緒にいてくれるかい?」
「魔族の僕が一緒にいてもいいの?」
「種族なんて関係ないよ。ディーノはリュスカの……いや、私たちの親友なんだからね」
「レイナルド!」

 レイナルドに親友と認めて貰ったことが凄く嬉しくて、ディーノは思わずレイナルドを抱き締めてしまう。

「っと……君は本当にいつも突然だね」
「レイナルド大好き! うん、僕たちは親友だよ! だからこれからもよろしくね!」

 人間は残忍だと教えられ、ずっとそうだと思いこんでいた。だがレイナルドたちに出会ってその思いは大きく変わった。こんなにも素晴らしい人間がいるのに、どうして魔族は人間と仲良くしないのだろうかと不思議に思ってしまうくらいに。
 ライウェンとレイストリックが手を結べる日がくればいいのに。いや、来てほしい。ディーノが心の中で願っていると、不意に二人の下へリュスカの冷たい声が届いた。

「お前らって、そういう関係だったのか?」

 抱擁を解くと、眉間に皺を寄せたリュスカがいた。

「おや、リュスカ。もしかして羨ましかった?」
「え? リュスカも抱き締めて欲しいの?」

 二人の言葉に、リュスカを顔を真っ赤にして叫び始めた。

「違うわ! ったく、俺とアランが忙しく準備してるっていうのに優雅に抱き合いやがって! そんな暇あるなら、少しはこっちを手伝えってんだ!」
「またまた。私たちに抱き締めて欲しいなら素直に言ってくれれば、いくらだって願いを叶えてあげるよ」
「え、リュスカ抱き締めて欲しいの? じゃあ!」

 リュスカは恥ずかしがっているのだとレイナルドが言うから、ディーノもそう思い込んで二人でリュスカに飛び込む。
 と、すぐに大男の間で骨が軋む音と、グエッ蛙が鳴いたような声が上がった。

「お、前……ら……まじやめろ、死ぬ……」

 胸の内側でリュスカが懸命にもがいたが、構わず抱きしめる腕に力を込める。そうしていると少し離れた場所から呆れたようなため息が聞こえた。
 アランだった。

「リュスカ、ディーノ、それにレイナルド様までも。今から何をしに行くか、もうお忘れですか?」

 ラッセルとの対峙してペンダントの真相を聞き出すのは、決して容易なことではないことは分かっているはずだと窘められ、三人は慌てて離れて背筋を伸ばす。が、もう後の祭りだった。
 この後、三人はみっちりとアランから説教を受けるはめになったのは言うまでもない。
 普段温厚な人間ほど怒らせると怖いとは、誰が言った言葉か。
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