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15話:裏舞踏会

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 五年前、マーグたちと一緒に謹慎処分を受けたのは、ファレーという名の侯爵だとレイナルドから聞かされたリュスカたち漆黒の蝶のメンバーは、夜、全員でファレーの屋敷周りを見張っていた。

 マーグたちが殺されたのは深夜。もう一人の貴族のほうは誰かに森の中へと誘われ、単独で向かったところを殺されたらしい。
 貴族が深夜に、しかも従者や護衛を一人も連れずに外出するなんて明らかにおかしい。もしかしたら殺された貴族のほうにも何か後ろめたいことがあったかもしれない、とレイナルドやラッセルは即座に睨んだ。
 となると、ファレーにも裏に何かがあるかもしれない。

「ーーーーでもいいの? ディーノを一人置いてきて」

 夜、二手に分かれて張り込む中、やにわにラッセルに聞かれ、リュスカは難しい顔を浮かべた。

「すごく着いていきたそうな顔してたけど」
「そりゃ、可哀想だとは思うけど……」

 部屋を出る間際、泣きそうな顔で四人を見つめていたディーノを思い出して、リュスカは胸が痛くなった。だが、ディーノは漆黒の蝶ではないし、今は身を隠している立場。巻き込むのは得策ではないとレイナルドが判断したのだ。

「ま、とりあえず帰ったらディーノに抱き締めさせてあげたらどう? そしたら元気になるんじゃない?」
「ラッセルさ……一度でいいからディーノに抱き締められて見ろよ。そしたら、二度とそんなこと言えなくなるぞ」

 ディーノのことは可哀想だが、それとあの馬鹿力で抱き締められることでは話が違う。魔術と同様で加減ができないのか、抱き締められると骨がミシミシと嫌な音を立てて息か一気に詰まり、意識が遠くなるのだ。きっとラッセルなんかは、簡単に骨が折れてしまうだろう。

「謹んで遠慮しておくよ。まだ死にたくないからね。……って、リュスカ、あれ」

 急にラッセルが声を落として、指を差す。
 その方向には従者を連れないで屋敷を出て行く貴族の男の姿があった。

「ファレー侯爵だよ」

 王城内で話したことがある、とラッセルは言う。

「こんな夜更けに一人で、なんて怪しんでくださいって言ってるようなものだよね。どうする?」
「俺は侯爵の後を追うからラッセルはレイナルドたちに知らせてくれ。目印は分かるようにつけとく」
「一人で大丈夫?」
「下手は打たねえよ」

 そう告げてラッセルと別れたリュスカは、一人ファレーの後を追った。
 するとファレーを乗せた馬車は、レイナルドが予想したとおり前の貴族が殺されたという森の中へと向かい、人一人通らないような森の奥深くで止まった。
 リュスカはファレーに見つからないよう、距離を開けて動向を見つめる。

 ーーファレーは誰かを待ってるのか?

 静寂しかない夜の森の中、馬車を降りたファレーは何かをするわけでもなくただその場に立ち止まり、周囲をキョロキョロと見回していた。
 チラリと見えたファレーの顔には、焦りの色が見られる。
 やはり今夜何かあると確信して監視を続けていると、ほどなくしてリュスカが潜む木の影とは反対方向から聞くだけで重たそうだということが分かる足音が聞こえてきた。

 ーー誰か来る。

 ファレーの密会相手だろうか。深夜の森に現れたのは、焦茶色のローブを頭から羽織った大男だった。遠目から見ても身体が大きいというのが分かったのは、目の前に立っているファレーよりも 二つ分以上高い位置に男の頭があったからだ。

 ーー誰だ、あれ。

 考えているうちに二人が何かを話し始めた。だが、密会だというのに少々様子がおかしい。
 大男の顔はフードに隠れているためわからないが、ファレーのほうは異様に焦っているというか、パニックになっているように窺える。
 もしかしてファレーはあの男に脅されているのだろうか。
 二人の様子を凝視しながら、じっくりと探る。と、それまで少しも動かなかった大男が突然太く逞しい腕を伸ばし、ファレーの首を鷲掴んでそのまま宙へと持ち上げた。
 首を絞められたファレーは足をバタバタと大きく動かして抵抗するが、大男はまったく動じない。

「なっ、アイツっ!」

 大男はファレーを殺そうとしてる。驚いたリュスカは衝動のまま地を蹴り、二人の元へと飛び込んだ。

「オイッ、お前、何してんだよ!」

 リュスカが大男の身体に思い切り体当たりすると、大男はファレーの首から手を離し、わずかに後退した。

「おい、アンタ大丈夫か?」
「ひっ……? あ、ああ」
「もうすぐ俺の仲間がくるから、アンタは逃げろっ」

 ファレーの腕を引いて立たせ、逃げるように促す。突然、現れたリュスカにファレーは驚愕した様子だったが、窮地を前には背に腹はかえられぬと一目散に駆け出した。

「さて、と。……で? お前、一体誰だよ。なんであの人殺そうとした?」

 足音が少しずつ遠くなるのを確認しながらリュスカは大男に問いかける。
 しかし男は何も言わずに腰から大剣を抜き、剣先をこちらに向けた。

「ったく、一から十まで物騒しかないのかよ」

 ファレーを助けた時点で穏便な会話は難しいと思ってはいたが、すぐさま抜剣とは。リュスカは小さく舌打ちをしながら大男を睨む。
 鋭い閃光が走ったのは、次の瞬間だった。
 大男は目にも見えない速さで剣を振るい、リュスカに容赦ない攻撃をしかけた。

「くっ」

 早い。剣筋がまったく見えなかった。
 超人的ともいえる身軽さを有しているリュスカでも、反応がわずかでも遅れていたら斬られていたところだ。
 
 ーーさて、どうすか。

 リュスカに剣術の心得はない。となるとレイナルドかアランがここへ到着するまで大男の攻撃を躱し続けるしかないのだが、正直な話、長時間相手できる自信はなかった。
 秒単位で迫る剣筋を読み、すんでのところで必死に避けながら策を練るも何も浮かばない。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 時間が過ぎるごとに減っていくリュスカの体力に対して、大男の動きはまるで衰えない。それどころか最初の一撃よりも振り下ろされる剣の勢いが強くなっている気がする。
 
「あっ……」

 背後に飛び、そのまま地に踏ん張ろうとした足がふと縺れる。まずい、と顔を顰めると同時に体勢を崩したリュスカは、どうにか受け身を取りながら地面に転がり負傷を免れたが。

「え……あ……」

 起き上がった時には既に大男が目の前にいて、今にも剣を振り降ろさんという状態だった。
 やられる――――。

「リュスカ!」
「え? ディ、ディーノっ?」

 その時、ここにはいないはずのディーノの声が突然聞こえ、リュスカと大男の動きが一瞬止まる。そのあとすぐに耳に届いた叫びは、今にも爆発しそうな恐怖と怒りが混ざる、ひどく歪なものだった。

「やめて! リュスカを苛めないで!」

 しかし、リュスカが感覚的に受け取ったのは、それだけではなかった。
 今まで風ひとつすら吹いていなかった森に、かまいたちのような一筋の強い風が吹き抜ける。その風に疑問を抱いた次の瞬間には、ディーノを中心に暴風が吹き始めていた。

「まさか、って、ちょ、おい、ディーノ! こんなところで術使うなって!」

 これは自然によるものではなく、ディーノの感情の高ぶりによって起こる術の暴走だ。どう考えても太刀打ちできない大男には有効的な攻撃だろうが、このままだと王国内に魔族が隠れていることが知られてしまう。

「落ち着けって! ほら、俺は大丈夫だから!」

 狼狽したリュスカが言葉で止めてもディーノには届かないらしく、風は容赦なく強くなっていく。もうすでに大木ですらも、その幹を大きく揺らすほどだ。
 これでは相手に気づかれるどころか、森が破壊されてしまう。勿論、二人だって無事では済まないだろう。

「……くっ」

 さすがの大男も魔術で作り出した暴風には逆らえないのか、背を翻しその場から駆け出した。
 と、そこまではよかったのだが、ディーノの暴走はまだ続いている。

「もう敵はいなくなったから! 大丈夫だから術を抑えてくれって!」

 ディーノのもとに何とか駆け寄ったリュスカが、大きな身体を包むように抱きしめ宥める。

「やだ……リュスカは傷つけさせない……どこにも連れて行かせない。……もう……一人は嫌……」

 頭を抱えながらつぶやく言葉は、心にズシンと響く言葉だった。
 ディーノは友が傷つくことを、そして失うことを心の奥底から恐れている。しかしそれも当たり前だろう、たった一人の親友が同じ目に遭ったのだから。

「ごめんな、ディーノ。心配かけて」

 ディーノが心の内側で、こんなにも苦しんでいたとは思わなかった。いつも隣でニコニコ笑っていたから、大丈夫だと思っていたが、本当は違ったのだ。気づいてやれなかった自分が情けない。

「俺はディーノを置いて、どこにも行かないって約束するから。だから落ち着けって。な?」
「リュ……スカ……」

 リュスカの叫びが届いたのか、少しずつ風が弱くなっていく。それから数分ほどで、今までの暴風が嘘かのようにおさまった。

「大……丈夫か?」
「ごめんね、リュスカ。僕、また暴走……」
「いや、今回はディーノのおかげで助かったからいいよ」

 柔らかく宥めながら、リュスカはディーノの震える背中を優しく撫でる。

「ふっ……うっ……ううっ……」
「もう泣くなって。お前、男だろ? 男が人前で泣いていいのは、生まれた時と大切な人が死んだ時。あとは夢を叶えた時だけって言うだろ? そんなに泣いてばかりいると、いざという時に泣けなくなっちまうぞ?」
「う……ん、分かった……泣くのやめる……」

 説得でなんとか落ち着きを取り戻したディーノが、リュスカから離れる。
 ようやく安堵の息がつけたが、すぐに重要なことを思い出してリュスカがアッと声を上げた。

「あっ、そうだ! 逃したファレーを捕まえなきゃ!」

 ファレーには色々と事情を聞かなければいけなかった。
 ディーノの暴走ですっかり忘れていたことを思い出し、リュスカたちはファレーが逃げていった方向へと駆ける。すると少し走ったところでファレーとレイナルドが話をしている姿が見えた。
 どうやら逃げた先でレイナルドに捕まったらしい。
 


「ーー侯爵、私たちがこの場にいる理由はきちんとお話ししますが、まず先に今夜この場所に来られた理由と、侯爵が襲われたと仰った大男のことをお聞きしてもよろしいですか?」

 レイナルドが静かに尋ねると、たちまちファレーの顔が青ざめた。まるで何かを怖がっているかのように、唇を震わせて首を横に振る。

「話したくないことかもしれませんが、これは侯爵の命に関わることです。真相を仰って下されば、私が侯爵をお助けできるかもしれない。ですから―――」

 レイナルドなら命令一つで言うことを聞かせることもできるのに、それをしない。そんな優しさが伝わったのか、ファレーは覚悟を決めたように頷くと、ぽつりぽつりと真相を語り始めた。

「私は……悪くないんです。私はただマーグ公爵に誘われて……」
「誘われた? 何に誘われたのですか?」
「それは――――」

 いよいよファレーの口から真相が紡がれようとした次の瞬間、不意にリュスカの後方から鋭い殺気が飛び込んできた。
 いち早く気配に気づいたリュスカが振り返ったその目前を、ギラリと光る何かが通り過ぎていく。一体何が、と考えようとした矢先、ドスッと言う鈍い音がリュスカの後ろで鳴った。

「侯爵!」

 レイナルドの叫び声が、森の中に鳴り響く。驚いて元の方向に視線を戻すと、ファレーの背に、短剣が突き刺さっているというとんでもない光景が目に飛び込んできた。

「くそっ!」 

 アランが、短剣の飛んで来たほうに向かって走り出した。ラッセルも素早く動いて応急処置を始める。

「……っ、くそ……剣が心臓まで達していて出血が止まらない」

 ラッセルが額に汗を浮かべながら懸命に処置を続けるが、抑えた掌の下からから流れる血は勢いをなくさない。するとそれを隣で見ていたレイナルドが、意を決した表情を浮かべ口を開いた。

「……侯爵、貴方は何に誘われたのですか?」

 ファレーが今話せる状態ではないことは、一目で分かるはず。にもかかわらず、話の続きを求めたレイナルドに、リュスカはおろかラッセルまで驚いて手を止めてた。
 レイナルドはファレーの死を背負う覚悟を決め、心を鬼にして真相解明を優先させたのだ。

「教えて下さい、侯爵。お願いします」

 血に塗れたファレーの手を両手で強く握り、王子であるレイナルドが躊躇いもなく頭を下げる。
 わずかの間レイナルドとファレーが視線を絡め、その後、途切れる息の合間にファレーが言葉を紡ぎ始めた。

「私……は、マー……グ公爵に、『もう一度、裏……舞踏会の再……開を』と……」
「裏舞踏会? それは、一体何ですか?」

 裏舞踏会。その言葉が耳から通り抜けた刹那、リュスカの心臓がドクンと大きく鳴った。そのあとすぐに心臓をそのまま素手で掴まれたかのごとく、強い痛みが胸に走る。
 瞬間的に息苦しくなった。だがそれは錯覚で、自分自身で無意識に呼吸を止めていたのだとすぐに悟る。

「ファレー侯爵、しっかりして下さい!」

 そんなリュスカに気づくよしもないレイナルドが、大きく叫ぶ。けれどファレーは激しく咳き込むと同時に大量の血を吐きーーーーそのまま糸が切れた人形のように、土の上へと崩れ落ちた。
 動かなくなったファレーの首筋に指を当て、脈を確認したラッセルが無言のまま首を横に振る。

「そんな……」

 ファレーの死体を前に、リュスカたちは無言のまま立ち尽くす。
 その中、ファレーに短剣を投げた犯人を探しに行ったアランが戻ってきたのだが、浮かべている表情は暗く、すぐに期待の持てない結果に終わったことが分かった。
 あの大男は漆黒の蝶より、二枚も三枚も上手のようだ。

「レイナルド様、申し訳ありません。取り逃がしました」
「そうか、ご苦労様だったね。こちらも駄目だったよ」

 あと一歩のところで命を救えなかったことを心の底から悔しく思っているだろうに、努めて冷静を装ったレイナルドが謝りながら胸の前で指を組んでファレーに鎮魂の祈りを捧げる。

「―――さてこれからのことだけど。私は殺された三人のためにも犯人を見つけ出したいと思っている。おそらく三件の事件の鍵となっているのは、ファレー侯爵が最後に口にした『裏舞踏会』だろう。これについて詳しく………」
「調べなくても、知ってるよ」

 レイナルドの言葉を遮るように、リュスカが口を開いた。
 他の四人が驚愕の眼で、リュスカに視線を集中させる。

「知ってるって、どういうことだい?」
 
 レイナルドの問いにリュスカは視線を落とし、誰とも目を合わさないで頷く。

「裏舞踏会ってのはこの国の貴族たちが、身寄りのない人間や混血を攫ってきては奴隷として……いや、奴隷のほうがまだマシだって思えるような惨い仕打ちをして愉しむ最低な宴だ」

 口では淡々と説明しているつもりでも、身体の震えは止まらなかった。どうにか抑えようと組んだ腕に強く爪を立ててみたが、それも効果を示さない。  

「アイツらは人をゴミのように扱ってたぜ。『お前たちに戻る場所なんてない。それなら余興の一つとして役に立て』なんて言いながら、攫ってきた奴をいたぶって見世物にしてた。中にはそれ以上に酷いこと強いてた奴もいた」

 ある貴族が「悲鳴が聞きたい」と望めば鞭で何十回と打たれ、血がみたいと望めば全身を切り刻まれる。それだけでも目も当てられないほどの惨劇なのだが、もっと最悪なのはまだ年端もいかない子どもに、異常としかいえない興味を示す貴族が宴に現れた時だ。
 あの宴に連れてこられた者は、どれだけ泣いて許して欲しいと請うても決して解放されない。死ぬまで地獄の舞台に立たされ、生贄にされ続ける。
 中には終わらない苦痛に耐えられず、自ら死を選ぶものもいた。
 残虐な行為の中で絶命する者もいた。
 それなのに貴族たちはそれをただ面白がって笑うだけ。
 できれば二度と思い出したくなかった光景を脳内に蘇らせながら、リュスカは今にも掠れて消えそうな声で当時の様子を語る。

「裏舞踏会に連れてこられた奴隷たちは絶望しかない世界の中で毎晩、どうにか次に自分が呼ばれないことをだけを祈りながら生きるしかない……」
「リュ……スカ……まさか……」

 レイナルドが苦しそうな顔をして、リュスカを見つめる。その顔を見て何を言いたいのか察したリュスカは、苦い笑いを含んだ笑いを零した。

「そう、皆が想像してるとおりだよ。俺は五年前その場所にいた。奴隷の一人としてな」

 衝撃的な告白に、全員が息を呑むのが分かった。大体の反応は予想していたが、ここまで黙られてしまうと、逆に居たたまれない。

「そんな顔すんなって。ほら、俺はこうして生きてるんだし、五年も前のことだからほとんど忘れちまったよ」

 本当は何をされたのか、記憶と身体が全て覚えている。だがそれを皆に悟られたくなくて、リュスカは懸命に笑顔を作った。

「リュスカ!」

 空笑いを続けていると、突然、レイナルドに強く抱き締められた。リュスカはてっきりいつもの抱擁だと思っていたが、今日は抱き締め方が違った。

「すまなかった」

 レイナルドの身体が、大きく震えている。

「この国でそんなおぞましいことが行われていたなんて……。これはすべて王族である私の責任だ。本当に……申し訳なかった」

「王族だからって謝ることじゃないだろ? あれは一部の貴族が勝手にやったことだし、それにさ……」

 レイナルドの背中をポンポンと叩きながら、リュスカは柔らかな声で続ける。

「レイナルドはあそこから逃げ出してきた俺を、なんの疑いもなく受け入れて助けてくれただろ? 」

 思い出すのは、レイナルドと初めて出会った時のこと。あの夜は警備兵の隙をつき裏舞踏会が開かれている館からなんとか逃げ出したものの、頼る家族もいなければ隠れる場所もないリュスカは途方に暮れるしかなかった。
 背後には裏舞踏会の発覚を恐れ、逃げた奴隷を殺してでも捕まえてこいと命じられた大勢の兵が迫ってきている。
 もうだめだ。せっかく逃げ出したのに、また連れ戻されてしまう。
 諦めそうになったなったその時だ。

『そこに、誰かいるのか?』

 差し伸ばされたのは温かくて力強くて優しい、大きな大きな手だった。
 その手はリュスカを絶望の暗闇から掬い上げてくれた。
 あの時のことは五年経った今でも忘れられない。

「リュスカは優しいね。だけど、この国にそんなおぞましい宴が存在していただなんて、そんなことは決して許してはいけないことだ。関わった者がどれほどの権力を有していようが必ず全貌を白日の元に晒し、罪を償わせることを君に誓うよ」

 そして未来永劫そのような過ちを繰り返さないよう、法を定める。
 抱擁を解いたレイナルドが、強い言葉で約束を口にする。

「うん。レイナルドならそれができるって信じてるし、そのためなら俺どんなことも手伝うよ」

 目前にある揺るぎない瞳から、明るい未来が垣間見えた気がした。
 二人を囲むアランたちもレイナルドに同調するように、強い決意を表した表情を浮かべている。
 きっと漆黒の蝶の皆で協力すれば、残虐な仕打ちによって命を落とした者たちの無念を晴らすことができるだろう。絶対に大丈夫だ。リュスカはそう信じて疑わなかった。しかしーーーー。

 裏舞踏会の参加者たちを暴き、罪を償わせることを新たな目標に据えたリュスカは気づいていなかった。
 今夜、青天の霹靂のごとく発覚した衝撃的な真実が、誰にも目に留まらない場所で小さな波紋を広げていたことに。
 そしてその波紋の先にある闇に侵される者が、存外自分の近くにいたことに。
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