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9話:作戦会議
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「―――さて、美味しい食事も済んだことだし、各自で集めた情報を纏めようか」
言葉どおりリュスカの味覚崩壊料理を皿に残る最後の一滴まで楽しんだレイナルドが会議の開始を告げると、同じく淀んだ色のスープを前に最後まで爽やかな笑顔を崩さなかったディーノ、そして匂いだけで天国の扉を開きかけた青い顔のラッセル、アランが長方形のテーブルを囲むように座った。
「まずはリュスカからいいかい?」
「ああ、俺が集めて来た情報は――――」
指名されたリュスカがアーガトンの状態、続けてジェラールがライウェン王国との開戦を考えていることを話す。すると案の定、ディーノは顔を真っ青にして大きな身体を震わせた。
「戦争か。兄上も大層なことを考えていらっしゃる。で、アランの方は?」
「まだ非公式の段階だが、騎士団でよりすぐりの剣豪を集めて部隊を作れとの指示が出た。あとは民間からの兵を募集するようにとも言っていたが、今の話から十中八九戦争のための兵士集めということになるだろう」
アランは騎士団の副団長であるゆえ、上層部の情報は簡単に仕入れることができる。加えて家が侯爵家ということもあって、相手も警戒しない。おそらくこの情報は正確なものだろう。
「ラッセルは?」
「研究所にはまだ何も。ただ僕個人に『爆薬を短期間で大量に作ることは可能か。作れるならどのぐらいの材料と人員が必要になるか』って聞いてきた貴族が何人かいたよ」
ラッセルに貴族の位はないものの、王国始まって以来の天才研究員ということで、個人的に親しくしようと近づいてくる人間が多い。そういった人間は話に同調するだけで勝手に本心を口にしてしまうため、非公式の情報が探りやすいという。
「で、ラッセルは何て答えたんだ?」
「詳しく調べて後日お答えしますと言っておいたよ」
「さすがはラッセル。いい判断だね。さて、では最後にディーノ。君の親友のマリクは敵と遭遇した際、どうやって身を守るか教えてくれるかな?」
突如、まったく関係ない質問がレイナルドから飛び出し、四人ともどもに首を傾げる。しかし頭が切れるこの王子のことだから何か考えがあるのだろうと、口を挟むことはしなかった。
「マリクは風の精霊の守護を受けているから、風の術を使うと思う。でも相手を傷つける術はあまり使わない。自分の身を隠したり、相手の気を逸らす補助系の術を使うよ」
「では、体術の方の心得は? ああ勿論、護身用という意味だよ」
「それなら、マリクは弓が使えるよ」
ディーノから返ってくる答えを聞く度に、何かを納得するかのように何度も頷く。
「そうか。ありがとう」
「レイナルド、何か分かったのか?」
「まさか戦争まで話がいくとは思っていなかったけれど、皆が集めてくれた情報で一つだけ確信したことがある」
「確信?」
「マリクが、陛下襲撃の犯人だという可能性が限りなく低いということ」
「本当にっ?」
今まで不安そうにレイナルドを見ていたディーノが、紫の瞳を大きく開く。
「ああ。私のこの大鷹に誓ってね」
そう言って、レイナルドはジャケットの左胸に刺繍された大鷹の胸飾りに手を添えた。
大鷹の胸飾り。それはレイナルドが生まれた時に与えられた紋だ。この国では王族や貴族は、生まれた時に動物を象った紋が贈られる。レイナルドなら大鷹、アランなら獅子といったように個人で種類は違うのだ。
またそれとは別に、実は貴族ではないラッセルも紋を持っている。ただラッセルの場合は、国に認められた研究員という意味を込めた紋であるため、紋は紋でもレイナルドたちのように動物を象ったものではなく、植物を象ったものになっている。
ちなみにラッセルに贈られた紋は薔薇を象ったもので、本人も「まさに僕ぴったりの紋だよね」といたく気に入っているそうだ。
「レイナルド様、確信した理由を聞かせて貰っても?」
様子を見守っていたラッセルが、疑ってはいないが 平等な目で尋ねる。
「まず、リュスカからの報告にあった陛下の傷だが、話に聞くかぎりでは大剣で斬りつけられたものだろうと推測できる。だがマリクは術と弓しか使えない。たとえ何らかの理由で操られたとしても剣術の心得がない者に大剣は扱えないだろうし、何よりかつて剣豪とまで呼ばれた陛下が劣るはずがない。そうなれば考えられるのは、陛下よりも剣術に秀でた者の犯行と考えられる」
「なるほど。それでは、アーガトン陛下襲撃には真犯人がいて、その目的は――――」
一連の話を聞いて真相を読んだアランとレイナルドが、顔を合わせて頷いた。
「ジェラール兄上に開戦という選択を選ばせるため、何者かが故意に魔族であるマリクに罪を被せたんだろう」
アーガトンの襲撃も、マリクが捕まったのも全て開戦のための布石だった。理解したリュスカは、叫ばずにいられなかった。
「っんだよ、それ!」
真犯人がどうして開戦を望んでいるのか、国政に疎いリュスカには分からない。だが、たとえどんな正当な理由があろうが人に大怪我を負わせたり、やってもいない罪を被せるなんて絶対に許されないことだけは分かる。
「まぁまぁ、リュスカ落ち着いて」
「落ち着けるかよ! レイナルドだって父親が殺されそうになって悔しいだろ!」
「無論、犯人を許すつもりはないよ。ただ今は闇雲に騒ぐより真犯人を探し出して開戦を止めることを考えた方が、国民やマリクのためになるだろう」
その言葉と真剣な眼差しに、リュスカはハッとする。
そうだ、レイナルドだって大切な家族を傷つけられて悔しくないはずはないのだ。だというのに感情で走らず冷静な目で物事を判断する。
さすがは国を支える柱の一つだ、と素直に凄いとリュスカは思った。
「そう……だな。悪ぃ、カッとなっちまって」
「そういうところも可愛いからいいよ」
「む……」
いつもなら拳を飛ばしていたところだが、今の下りからリュスカはレイナルドは殴れない。
「ということで、次の目的は決まったね」
「アーガトン陛下襲撃の真犯人を突き止める、か?」
「ご名答。――――皆、今回はどうする?」
レイナルドが、ぐるりと全員に視線を配る。
「俺は、勿論参加するぜ」
一番にリュスカが名乗りを上げた。
「潔白な者に罪を着せ、剰え開戦を目論んでいるとなれば、黙っているわけにはいかない。俺も手伝おう」
アランが言い終えてから、決意を表明した三人の目が一斉にラッセルの方向へと向けられる。
出遅れたラッセルが、深々と溜息を吐いた。
「……爆薬作るのに必要な材料、どれも稀少価値が高いものなんだ。戦争なんか起こされたら、研究に使う分がなくなっちゃうじゃない。そんなのごめんだね」
「正直じゃないなぁ」
「うるさいよ、リュスカ」
どうみても格好をつけているようにしか見えない理由にリュスカが苦笑しながら突っ込むと、氷刃みたいな視線が返ってきた。身体中に突き刺さる視線を慣れた態度で躱しつつ、リュスカはディーノに話題を移す。
「よかったな、ディーノ!」
「うん! みんなありがとう! 僕もできることは何でもするからなんでも言って!」
マリクの疑いが晴れたことが相当嬉しかったのか、今にも飛び上がりそうな勢いで喜ぶディーノがバッとリュスカに腕を伸ばす。
「うぉっ!」
リュスカはその小さい身体を、そのまま長い腕に絡め取られるように抱きしめられた。
「リュスカ、ありがとう!」
「分かった、分かった」
抱きしめられた身体を通して、ディーノの歓喜が伝わってくる。少しだけ締められた肩が痛かったが、ディーノがあまりにも嬉しがるものだから今日だけはいいかという気分になった。
しかしそんなリュスカも、抱き合う二人の横で一人の王子が顔では笑いながらも悔しそうに歯を鳴らしていたことには終ぞ気づくことはなかった。
言葉どおりリュスカの味覚崩壊料理を皿に残る最後の一滴まで楽しんだレイナルドが会議の開始を告げると、同じく淀んだ色のスープを前に最後まで爽やかな笑顔を崩さなかったディーノ、そして匂いだけで天国の扉を開きかけた青い顔のラッセル、アランが長方形のテーブルを囲むように座った。
「まずはリュスカからいいかい?」
「ああ、俺が集めて来た情報は――――」
指名されたリュスカがアーガトンの状態、続けてジェラールがライウェン王国との開戦を考えていることを話す。すると案の定、ディーノは顔を真っ青にして大きな身体を震わせた。
「戦争か。兄上も大層なことを考えていらっしゃる。で、アランの方は?」
「まだ非公式の段階だが、騎士団でよりすぐりの剣豪を集めて部隊を作れとの指示が出た。あとは民間からの兵を募集するようにとも言っていたが、今の話から十中八九戦争のための兵士集めということになるだろう」
アランは騎士団の副団長であるゆえ、上層部の情報は簡単に仕入れることができる。加えて家が侯爵家ということもあって、相手も警戒しない。おそらくこの情報は正確なものだろう。
「ラッセルは?」
「研究所にはまだ何も。ただ僕個人に『爆薬を短期間で大量に作ることは可能か。作れるならどのぐらいの材料と人員が必要になるか』って聞いてきた貴族が何人かいたよ」
ラッセルに貴族の位はないものの、王国始まって以来の天才研究員ということで、個人的に親しくしようと近づいてくる人間が多い。そういった人間は話に同調するだけで勝手に本心を口にしてしまうため、非公式の情報が探りやすいという。
「で、ラッセルは何て答えたんだ?」
「詳しく調べて後日お答えしますと言っておいたよ」
「さすがはラッセル。いい判断だね。さて、では最後にディーノ。君の親友のマリクは敵と遭遇した際、どうやって身を守るか教えてくれるかな?」
突如、まったく関係ない質問がレイナルドから飛び出し、四人ともどもに首を傾げる。しかし頭が切れるこの王子のことだから何か考えがあるのだろうと、口を挟むことはしなかった。
「マリクは風の精霊の守護を受けているから、風の術を使うと思う。でも相手を傷つける術はあまり使わない。自分の身を隠したり、相手の気を逸らす補助系の術を使うよ」
「では、体術の方の心得は? ああ勿論、護身用という意味だよ」
「それなら、マリクは弓が使えるよ」
ディーノから返ってくる答えを聞く度に、何かを納得するかのように何度も頷く。
「そうか。ありがとう」
「レイナルド、何か分かったのか?」
「まさか戦争まで話がいくとは思っていなかったけれど、皆が集めてくれた情報で一つだけ確信したことがある」
「確信?」
「マリクが、陛下襲撃の犯人だという可能性が限りなく低いということ」
「本当にっ?」
今まで不安そうにレイナルドを見ていたディーノが、紫の瞳を大きく開く。
「ああ。私のこの大鷹に誓ってね」
そう言って、レイナルドはジャケットの左胸に刺繍された大鷹の胸飾りに手を添えた。
大鷹の胸飾り。それはレイナルドが生まれた時に与えられた紋だ。この国では王族や貴族は、生まれた時に動物を象った紋が贈られる。レイナルドなら大鷹、アランなら獅子といったように個人で種類は違うのだ。
またそれとは別に、実は貴族ではないラッセルも紋を持っている。ただラッセルの場合は、国に認められた研究員という意味を込めた紋であるため、紋は紋でもレイナルドたちのように動物を象ったものではなく、植物を象ったものになっている。
ちなみにラッセルに贈られた紋は薔薇を象ったもので、本人も「まさに僕ぴったりの紋だよね」といたく気に入っているそうだ。
「レイナルド様、確信した理由を聞かせて貰っても?」
様子を見守っていたラッセルが、疑ってはいないが 平等な目で尋ねる。
「まず、リュスカからの報告にあった陛下の傷だが、話に聞くかぎりでは大剣で斬りつけられたものだろうと推測できる。だがマリクは術と弓しか使えない。たとえ何らかの理由で操られたとしても剣術の心得がない者に大剣は扱えないだろうし、何よりかつて剣豪とまで呼ばれた陛下が劣るはずがない。そうなれば考えられるのは、陛下よりも剣術に秀でた者の犯行と考えられる」
「なるほど。それでは、アーガトン陛下襲撃には真犯人がいて、その目的は――――」
一連の話を聞いて真相を読んだアランとレイナルドが、顔を合わせて頷いた。
「ジェラール兄上に開戦という選択を選ばせるため、何者かが故意に魔族であるマリクに罪を被せたんだろう」
アーガトンの襲撃も、マリクが捕まったのも全て開戦のための布石だった。理解したリュスカは、叫ばずにいられなかった。
「っんだよ、それ!」
真犯人がどうして開戦を望んでいるのか、国政に疎いリュスカには分からない。だが、たとえどんな正当な理由があろうが人に大怪我を負わせたり、やってもいない罪を被せるなんて絶対に許されないことだけは分かる。
「まぁまぁ、リュスカ落ち着いて」
「落ち着けるかよ! レイナルドだって父親が殺されそうになって悔しいだろ!」
「無論、犯人を許すつもりはないよ。ただ今は闇雲に騒ぐより真犯人を探し出して開戦を止めることを考えた方が、国民やマリクのためになるだろう」
その言葉と真剣な眼差しに、リュスカはハッとする。
そうだ、レイナルドだって大切な家族を傷つけられて悔しくないはずはないのだ。だというのに感情で走らず冷静な目で物事を判断する。
さすがは国を支える柱の一つだ、と素直に凄いとリュスカは思った。
「そう……だな。悪ぃ、カッとなっちまって」
「そういうところも可愛いからいいよ」
「む……」
いつもなら拳を飛ばしていたところだが、今の下りからリュスカはレイナルドは殴れない。
「ということで、次の目的は決まったね」
「アーガトン陛下襲撃の真犯人を突き止める、か?」
「ご名答。――――皆、今回はどうする?」
レイナルドが、ぐるりと全員に視線を配る。
「俺は、勿論参加するぜ」
一番にリュスカが名乗りを上げた。
「潔白な者に罪を着せ、剰え開戦を目論んでいるとなれば、黙っているわけにはいかない。俺も手伝おう」
アランが言い終えてから、決意を表明した三人の目が一斉にラッセルの方向へと向けられる。
出遅れたラッセルが、深々と溜息を吐いた。
「……爆薬作るのに必要な材料、どれも稀少価値が高いものなんだ。戦争なんか起こされたら、研究に使う分がなくなっちゃうじゃない。そんなのごめんだね」
「正直じゃないなぁ」
「うるさいよ、リュスカ」
どうみても格好をつけているようにしか見えない理由にリュスカが苦笑しながら突っ込むと、氷刃みたいな視線が返ってきた。身体中に突き刺さる視線を慣れた態度で躱しつつ、リュスカはディーノに話題を移す。
「よかったな、ディーノ!」
「うん! みんなありがとう! 僕もできることは何でもするからなんでも言って!」
マリクの疑いが晴れたことが相当嬉しかったのか、今にも飛び上がりそうな勢いで喜ぶディーノがバッとリュスカに腕を伸ばす。
「うぉっ!」
リュスカはその小さい身体を、そのまま長い腕に絡め取られるように抱きしめられた。
「リュスカ、ありがとう!」
「分かった、分かった」
抱きしめられた身体を通して、ディーノの歓喜が伝わってくる。少しだけ締められた肩が痛かったが、ディーノがあまりにも嬉しがるものだから今日だけはいいかという気分になった。
しかしそんなリュスカも、抱き合う二人の横で一人の王子が顔では笑いながらも悔しそうに歯を鳴らしていたことには終ぞ気づくことはなかった。
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