薫くんにささぐ

七草すずめ

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小説と、薫くん

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 顔も覚えていないお父さんとJリーグの試合を観にいったとき、サッカーやってみたいねと言ったらおれはみてるだけでいいけどなと言われた。
 わたしの人生はつまり、そういうことなんだと思う。好きなものは自分でもやりたい。みているだけじゃだめだった。
 だから、本を読むのが好きなのと小説を書きたいのはイコールだ。できあがった完璧なものを消化するだけでは飽き足らない性分なのだからしかたない。絵だって自分で描いてみたいし曲も自分で作ってみたい、だけど小説は、その中でもとくべつなのだった。
 薫くんはわたしの小説を読み終えると必ず「ふうん」と言う。上から目線だな、と思うけれど口には出さない、顔には出ているかもしれないけれど薫くんはわたしの顔なんていちいち見ていない。
「主人公に感情移入ができないね」
 二言目にはいつもそう言われた。それから「友達の友達の話を聞かされたみたい」と言って、「ドラマとか映画じゃなくて、まんがとかアニメってかんじ」と言う。
 そしてわたしはわらっていうのだ、そっかあ、そうだね。
 わたしは薫くんが小説を書いているところを見たことがないし、本を開いている姿ですらほとんど見ない、だけど薫くんが言うならそうなんだろう。わたしは本を読むのが好きだから小説を書きたいと思うし、薫くんに認めてほしいから小説を書きたいと思う。
 おかあさんはやさしいから、わたしが書いた小説を読んでおもしろかったよと言う。だけど全員死ぬようなものでもおもしろかったと言うからどこまで本当かわからない。年がら年中なにかを書くために仕事もやめてしまった娘を、おかあさんは応援するふりをすることで償っているのだと思う。そんなのわかっているけど、悲しんだってどうにもならない。わかっていてもどうにもならないことばかりだ、年がら年中書いているくせにずっと主人公に感情移入ができないままの小説であることがどうにもならないのと同じ。
 わたしは二つの世界で生きている。薫くんと暮らすマンションの一室と、それからツイッターのなか。それ以外のところで過ごすわたしは身代わり人形かなにかだ、その証拠に外で近所の人に話しかけられたら自動的に口角があがって頭がさがる。
 ツイッターには何者でもない物書きがたくさん住んでいる、わたし以外にもうじゃうじゃ。そこらじゅうにすてきな詩やら小説やらが転がっていて、だけどすてきだなんて認めたくないから薫くんみたいに「主人公に個性がありすぎてこれじゃあライトノベルだなあ」なんて思ってみる、だけどべつに口に出さない。かわりに愛だの恋だのを直球で語る寒い中学生みたいな詩を見て嘲笑したり、病んでる人の死にたいツイートをみてわたしはましだなあと思ったり、自己顕示欲が強い相互フォロワーをミュートにしたりする。
 SNSはわたしの性格の悪さを増幅させるマシンなのかもしれない。
 だけど顔は見えないし言葉も選んで発信できるし、泥水みたいなわたしの性格を天然水みたいに澄んだ姿に変身させてくれるのもSNSだ。繊細でうつくしい言葉しか食べないで生きていますみたいな顔して今日もつぶやく。
「ひこうき雲がのびていくのって、海をゆく舟がたてる白波に似ていてうつくしいなっておもいました」
 送信、そのひとことに、いいねが十件、二十件……五十件。ツイッターの中で生きるわたしにとってはいいねの数がそのまま存在意義だ。そういう自分は、本当にすてきだと思うものにはいいねを押せない。
 ちなみにもう一つの世界では、薫くんがそこにいるということが自分の存在意義。だから薫くんの帰ってこない日は死んでいるのとかわらなかった。なんの連絡もないまま零時を迎えてしまったとき、わたしはいつも玄関で眠る。
 本当だったら、こんな気持ちを創作に昇華できればいいのだ。やるせないこの気持ちを詩にでも小説にでもしてやればいいのだ。だけどそんな気にもなれずに背中が痛くて夜中に目を覚ます。仕事をやめたのは間違いだったのだろうか。
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