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11.俺のことそんなに好き?
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木村からの着信を受けた時点で、桃葉は嫌な予感しかしなかった。このあいだは店長の見舞いに行こうという連絡で、結局断れずに見舞いに行ったせいで、楓のパズルゲーム配信を二時間分見逃した。
座り慣れた椅子に、腰かける。足が少し寒くて、ブランケットをかけた。電話は無視しようと思っていたのに、いつまでも鳴り止まない。せっかく、楓の投稿動画を初期の分から見返していたのに。仕方なしに、桃葉は緑色のまるいボタンをタップする。
「お店を、わたしたちだけで再開させたいと思うの」
やっぱり、と桃葉は思った。木村なら、そんなことを言い出しかねないと思っていた。ため息をこらえながら詳細を聞くと、木村は意気揚々と話し出す。
「今のところ、岩尾くんと、早番で出てる田中さんが賛成してくれてるの。ほら、田中さんはメニューのもの、少し作れるでしょう。あとはもう一人、遅番で出られる人がいてくれればなんとか再開させられそうなんだけど、もうお願いできるの、立川さんしかいなくて……」
再開したいのは、収入がないと困る木村さんの都合でしょう。そう言ってしまいたいが、さすがにそれはできず、桃葉は言葉を濁す。
「それが、大学も少し忙しくて……」
それだけで、乗り気ではないことは十分に伝わっていたはずなのに、木村は退く気配を見せなかった。
「でも、バイト代が入らないのはきついんじゃないの? 店長も賛成してくれてて、その期間は時給もあげてくれるって……」
そのとき、パソコン画面に動きがあった。木村の話を左耳で聞き流しながら目をやると、楓の新着投稿の知らせだった。
【このあと格ゲーの実況やるよー。あと昨日投稿した動画の裏話とかもするかも。】
木村はだらだらと、再開することで得られるメリットについて説明し続けていた。
「それに、売り上げきちんとあげてくれればボーナスも出すって言ってるのよ。それってすごく……」
桃葉は、これ以上長話に付き合うつもりはなかった。
「ごめんなさい、もうすぐ学祭で。サークル活動がすごく忙しいんです。だから申し訳ないんですけど、わたしはお手伝いできないです」
木村の言葉に自分の言葉を重ねる。ここまではっきりとものを言うことは、今までになかった。木村はあっけにとられたような間を空け、ああ、そうなのね、と間抜けな声を絞り出して、
「悪かったわね、もし協力できそうになったら、声をかけて」
そう言って、電話を切った。
木村の最後の言葉など耳に入っていない桃葉は、パソコンで楓のライブ配信を開き、視聴しはじめた。配信開始は一分前とあったので、これなら上等だろうと、桃葉は満悦する。
開始して間もない数分間は人が集まりきっていないので、楓にコメントを読んでもらえることが多い。
【楓くーん!】【やば、二分以内初めて】【今日何してたの?】
楓の配信には、女性からのコメントが多い。だけど、桃葉は流れてくるいくつかのコメントを見て、嘲笑った。
そんな中身からっぽのコメント、楓が目にする可能性はあっても、反応するなんて絶対ない。反応してくれそうなのは、たとえば、こんなの。
『うしろにあるぬいぐるみ、新しい?』
「ん? おー、よくわかったね! かわいいっしょ、ポプリくん。ゲーセンで今日取ったの」
優越感で、桃葉は知らず知らずのうち、微笑みをたたえていた。ふふ、と声すらこぼれる。楓は桃葉が指摘したポプリくんのぬいぐるみを抱きかかえ、今日はだっこしてゲームしよ、なんて言っている。もちろん桃葉は、ぬいぐるみを抱きかかえる楓と自分のコメントが一緒に写るように、スクリーンショットを撮ることを忘れなかった。
そこからの一時間、楓は格闘ゲーム――桃葉には何が楽しいのかわからない、殴ったり技を出したりして戦うだけのゲーム――をしながら、ぬいぐるみを抱え続けていた。あとから配信を見始めた人の中には、ぬいぐるみかわいい、なんてコメントをしている人もいたが、桃葉はその全ての人に言って回りたかった。それ、わたしが気付いて指摘したからだっこしてるの、と。もちろん、しないけれど。
楓は、どんなにおもしろいコメントを受け取ろうが、決してその人の名前を読み上げない。コメントの内容に嬉々として反応することや、そのせいでゲーム実況から逸れた内容になることなら見たことがあるが、意図してか、名前だけは絶対に呼ぼうとしない。
MOMOちゃん、という楓の声を思い出す。甘くとろけるような、それこそ桃の果実のような、楓の声。そう、楓が名前を呼ぶのは、寄付を受けたときだけだ。
端から見たら、そんなことにお金を費やす桃葉は、馬鹿馬鹿しいのかもしれない。だけど、これは一〇〇%、楓への投資なのだ。ホストやキャバクラなんかとは違う、楓へ応援の意味を込めたお金。だからこれは、赤十字への寄付のような、動物たちへの募金のような、清いお金なのだ。
「あ、MOMOちゃんいつもありがとう! なに、俺のことそんなに好き? ……俺も好き」
桃葉は頬を染め、ぽーっとのぼせた調子で、くすくす笑いを止められずにいた。五千円なんて、服を一着買えばすぐになくなってしまう。だったらこうして、楓と自分の幸せのために使うべきなのだと、桃葉は信じている。
座り慣れた椅子に、腰かける。足が少し寒くて、ブランケットをかけた。電話は無視しようと思っていたのに、いつまでも鳴り止まない。せっかく、楓の投稿動画を初期の分から見返していたのに。仕方なしに、桃葉は緑色のまるいボタンをタップする。
「お店を、わたしたちだけで再開させたいと思うの」
やっぱり、と桃葉は思った。木村なら、そんなことを言い出しかねないと思っていた。ため息をこらえながら詳細を聞くと、木村は意気揚々と話し出す。
「今のところ、岩尾くんと、早番で出てる田中さんが賛成してくれてるの。ほら、田中さんはメニューのもの、少し作れるでしょう。あとはもう一人、遅番で出られる人がいてくれればなんとか再開させられそうなんだけど、もうお願いできるの、立川さんしかいなくて……」
再開したいのは、収入がないと困る木村さんの都合でしょう。そう言ってしまいたいが、さすがにそれはできず、桃葉は言葉を濁す。
「それが、大学も少し忙しくて……」
それだけで、乗り気ではないことは十分に伝わっていたはずなのに、木村は退く気配を見せなかった。
「でも、バイト代が入らないのはきついんじゃないの? 店長も賛成してくれてて、その期間は時給もあげてくれるって……」
そのとき、パソコン画面に動きがあった。木村の話を左耳で聞き流しながら目をやると、楓の新着投稿の知らせだった。
【このあと格ゲーの実況やるよー。あと昨日投稿した動画の裏話とかもするかも。】
木村はだらだらと、再開することで得られるメリットについて説明し続けていた。
「それに、売り上げきちんとあげてくれればボーナスも出すって言ってるのよ。それってすごく……」
桃葉は、これ以上長話に付き合うつもりはなかった。
「ごめんなさい、もうすぐ学祭で。サークル活動がすごく忙しいんです。だから申し訳ないんですけど、わたしはお手伝いできないです」
木村の言葉に自分の言葉を重ねる。ここまではっきりとものを言うことは、今までになかった。木村はあっけにとられたような間を空け、ああ、そうなのね、と間抜けな声を絞り出して、
「悪かったわね、もし協力できそうになったら、声をかけて」
そう言って、電話を切った。
木村の最後の言葉など耳に入っていない桃葉は、パソコンで楓のライブ配信を開き、視聴しはじめた。配信開始は一分前とあったので、これなら上等だろうと、桃葉は満悦する。
開始して間もない数分間は人が集まりきっていないので、楓にコメントを読んでもらえることが多い。
【楓くーん!】【やば、二分以内初めて】【今日何してたの?】
楓の配信には、女性からのコメントが多い。だけど、桃葉は流れてくるいくつかのコメントを見て、嘲笑った。
そんな中身からっぽのコメント、楓が目にする可能性はあっても、反応するなんて絶対ない。反応してくれそうなのは、たとえば、こんなの。
『うしろにあるぬいぐるみ、新しい?』
「ん? おー、よくわかったね! かわいいっしょ、ポプリくん。ゲーセンで今日取ったの」
優越感で、桃葉は知らず知らずのうち、微笑みをたたえていた。ふふ、と声すらこぼれる。楓は桃葉が指摘したポプリくんのぬいぐるみを抱きかかえ、今日はだっこしてゲームしよ、なんて言っている。もちろん桃葉は、ぬいぐるみを抱きかかえる楓と自分のコメントが一緒に写るように、スクリーンショットを撮ることを忘れなかった。
そこからの一時間、楓は格闘ゲーム――桃葉には何が楽しいのかわからない、殴ったり技を出したりして戦うだけのゲーム――をしながら、ぬいぐるみを抱え続けていた。あとから配信を見始めた人の中には、ぬいぐるみかわいい、なんてコメントをしている人もいたが、桃葉はその全ての人に言って回りたかった。それ、わたしが気付いて指摘したからだっこしてるの、と。もちろん、しないけれど。
楓は、どんなにおもしろいコメントを受け取ろうが、決してその人の名前を読み上げない。コメントの内容に嬉々として反応することや、そのせいでゲーム実況から逸れた内容になることなら見たことがあるが、意図してか、名前だけは絶対に呼ぼうとしない。
MOMOちゃん、という楓の声を思い出す。甘くとろけるような、それこそ桃の果実のような、楓の声。そう、楓が名前を呼ぶのは、寄付を受けたときだけだ。
端から見たら、そんなことにお金を費やす桃葉は、馬鹿馬鹿しいのかもしれない。だけど、これは一〇〇%、楓への投資なのだ。ホストやキャバクラなんかとは違う、楓へ応援の意味を込めたお金。だからこれは、赤十字への寄付のような、動物たちへの募金のような、清いお金なのだ。
「あ、MOMOちゃんいつもありがとう! なに、俺のことそんなに好き? ……俺も好き」
桃葉は頬を染め、ぽーっとのぼせた調子で、くすくす笑いを止められずにいた。五千円なんて、服を一着買えばすぐになくなってしまう。だったらこうして、楓と自分の幸せのために使うべきなのだと、桃葉は信じている。
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