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ファインダーの中の青(二)
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翌朝、目を覚ましたらとなりに慧くんが眠っていたので安心した。半開きの口から寝息がもれているのを見て、わたしはため息をつく。慧くんが波に呼ばれて、遠くの沖まで行ってしまうような夢を見た、気がする。
「今日の運転は、わたしがするから」
そこまで運転が得意じゃないくせにわざわざ買って出たのは、慧くんが寝不足なんじゃないかと心配になったからというのもあるけれど、どう見ても不安定な慧くんに舵を任せるのがこわかったからだ。
軽自動車の狭い空間が、コーヒーの匂いとテンポの速い音楽で満たされる。どこのコンビニに寄ろうとか、高速と下道どっちで行こうとか、そういうことに対してはいつも通り話ができる慧くんだったけれど、どの海がお気に入りなのと聞くと口を閉ざしてしまったし、「海」がタイトルに入っている曲が流れるとすかさず飛ばして次の曲にした。やっぱり、様子がへんだった。
「ねえ、波、なんてしゃべったの?」
印旛沼が見えてきたとき、どうしても抑えきれなくて、核心を突いた質問をしてしまった。波がしゃべるなんて非現実的だとわかっているが、それ以上にこの様子は異常だった。慧くんはカメラを膝に乗せたまま、じっと前方を見つめて動かない。
「こわいこと、言われたの?」
信号が赤くなり、ゆるやかにブレーキを踏む。左を向くと、こちらを見ている慧くんと目が合った。
「どうなんだろう」
「どうなんだろうって……」
青信号に気付き車を発進させながら、最初に言っていた「よく聞き取れなかった」というのは嘘なんだなあ、とぼんやり思った。
*
風車の前のひまわりは、思っていたよりもたくさん咲いていて、黄色がまぶしかった。
「佐倉って、江戸時代にはオランダとすごく関わりが深かったらしいよ。西の長崎、東の佐倉って言われるぐらいだったんだって。だからオランダ風車があるんだね」
「そうなんだ。なんでそんなにくわしいの?」
一面のひまわりを、借り物のカメラでぱしゃりと撮りながら、慧くんに聞く。
「昨日調べた。全然眠れなかったから」
見ると、彼は手にカメラを持ってはいるものの、いっこうに構えようとしない。
「写真、撮らないの? 花の撮り方、勉強したんでしょう。それに、フィルム使い切らないと、現像に出せないよ」
「うん、なんか」
「なんか?」
「なんか怖くて」
よく見ると、カメラを持った手はわずかに震えているようだった。
「見るのが怖いの?」
「ちがう。ひまわりを撮るのがこわい、生きているものだから」
結局、慧くんは一度もひまわりにカメラを向けなかった。かわりに風車を、花や鳥や人がうつりこまないよう、下から見上げるようにして一枚だけ撮った。
「風車、しゃべった?」
「しゃべらないよ。風車は生きていないでしょ」
それを言うなら海だって生きていないだろう、と思ったけれど口には出さなかった。
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