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第2話 推していた子 2
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次の日、学校に行ってからさおちゃんの座席を確認したけれど、やっぱり今日も来ていなかった。アイドルを始めてからは、学校を休むことが多かったし、今学期は多忙なこともあって、ほとんど学校には来れていなかった。昨日外には出てきていたから、もしかして学校には来るのではないかと思ったけれど、そんなことはなかったらしい。
心配な気持ちは当然あるけれど、それ以上に学校で顔を合わせたら気まずいから来ていなくて助かったのかもしれないとも思ってしまう。ずっと使っていないせいで、うっすら埃の溜まっている机をチラリと見つめてから、窓際にある自分の席へと向かう。
「キョーコ、おはよ」
前の席の子から声をかけられて、「おはよう」と返す。
「ねえ、キョーコなんか歩き方不自然だけど、何かあったの?」
「ああ、うん。ちょっと打ち身になっちゃったみたい」
「ええっ!? どうしたの?」
「転んじゃって……」
「マジか、気をつけなよぉ」
そんな会話の間にも、無意識に昨日のことを思い出してしまっていた。もう一度、チラリとさおちゃんの席を見ると、昨日の心配と怒りの入り混じったようなさおちゃんの顔が頭に浮かんだ。あんな複雑な感情のさおちゃんを放っておいたままでいいのだろうか。
わたしのさおちゃんの机への視線を確認したのか、前の席の子がさおちゃんのことを話題にした。
「庄崎、活動休止したのにまだ学校来ないんだね」
「ああ、うん……」
「それ、普通にサボりじゃん。今までは芸能活動の都合っていう体でズル休みしてたんでしょ? でも何もなかったら、もう本当にただのズル休みじゃん」
「芸能活動はズルでは無いと思うけど」と一応穏やかな口調で否定をしたけれど、内心ではムッとした。さおちゃんはトップアイドルになるために、たくさん努力して、自分で道を切り開いていった努力家なのに、さおちゃんのことをよく知らない子にそんな風に言われたくはなかった。
さおちゃんにはもう休む理由もないわけだし、ズル休みと言われても仕方がないのかもしれないけれど、彼女が休んでいる理由はわたしにあるのかもしれない。少なくとも、ここ数日の出来事を考えたらわたしのことで気疲れしている部分は大いにありそうだし。だから、彼女の休みがズル休みに該当するのだとしたら、さおちゃんではなく、わたしが責められなければならない。
(昨日のこともあるし、もう一度、さおちゃんの家に言ってみた方がいいのかな……)
このまま、さおちゃんの家に行かなければ、そのままずっと疎遠になってしまうような気がしてしまう。やっぱりもう一度さおちゃんの家に行って、今日こそちゃんと話し合わないといけない気がする。そんな決意を強く持って、授業を受けていた。
だけど、放課後になって、わたしの足が向いた方向は残念ながらさおちゃんの家の方角ではなかった。さおちゃんの家と真逆、自分の家に向かって歩いていた。やっぱり顔を合わせる度胸はなかった。今さらどんな顔してさおちゃんに会えばいいのだ。
さおちゃんのことは、間違いなく大好きだった。推しのアイドルだった。だけど、もうその距離は、わたしには近づけない程遠くなっている。怖くて真っ正面から向き合える気なんてしなかった。
帰り道に音楽ショップの前を通ると、シュクレ・カヌレの大きなポスターが張ってあり、自然と足が止まる。真ん中に映るさおちゃんの姿はやっぱりとても可愛い。でも、加工をしていない生身のさおちゃんの方がずっと可愛いことをわたしはよく知っていた。
「さおちゃん……」
わたしはポスターの前で小さく呟いた。昨日階段の上から眺めていた不安と苦悩に満ちた顔じゃない。アイドルとしてのみんなに幸せを振りまいてくれる、可愛らしい笑顔。
ただ楽しく一緒に笑い合っていたときのさおちゃんの顔がまた見たくなってしまう。だけど、わたしとさおちゃんの距離感は、もうそれを許さない。ポスターの前で足を止めた、別の学校の制服姿の同じ歳くらいの女の子たちが、さおちゃんのことを指差していた。
「やっぱサオリンえぐいね」
「マジで同じ生き物とは思えん!」
「ポスターでこれだもんね。実物超ヤバかったよね!」
「ちっちゃくて可愛かったぁ。マジ持ち帰りたいよぉ」
「サオリンは一家に一人必要だよねぇ」
楽しそうに話している子たちに背を向けて、わたしは歩き出す。みんなの人気者のさおちゃんの姿を見ると、わたしの胸は痛くなってしまう。親友の成功を素直にお祝いできないなんて、わたしの性格が悪いことは自覚している。けれど、さおちゃんにはずっとわたしのそばにいて欲しかった。みんなのさおちゃんなんて嫌だ。ずっとわたしだけのさおちゃんでいて欲しい……。
そんなことを考えて、自己嫌悪に陥った。小さくため息をついたのとほとんど同時にスマホが音を立てる。誰だろう。友達のほとんどは部活に励んでいる時間帯だから、わたしに連絡を入れてくる人物に心当たりは無かった。可能性は低いけれど、もしかしてさおちゃんからのメッセージだろうか。そう思うと、一気に緊張してきてしまう。
急いで、スマホのボタンを押したわたしは、メッセージの送り主を確認した。
「え……、ええっ!?」
画面に表示されている名前を見て、驚きのあまりスマホから手を滑らせてしまった。クラスの子でもなければ、さおちゃんでもない、あまりにも予想外の人物からのメッセージに心拍数が跳ね上がったのだった。
心配な気持ちは当然あるけれど、それ以上に学校で顔を合わせたら気まずいから来ていなくて助かったのかもしれないとも思ってしまう。ずっと使っていないせいで、うっすら埃の溜まっている机をチラリと見つめてから、窓際にある自分の席へと向かう。
「キョーコ、おはよ」
前の席の子から声をかけられて、「おはよう」と返す。
「ねえ、キョーコなんか歩き方不自然だけど、何かあったの?」
「ああ、うん。ちょっと打ち身になっちゃったみたい」
「ええっ!? どうしたの?」
「転んじゃって……」
「マジか、気をつけなよぉ」
そんな会話の間にも、無意識に昨日のことを思い出してしまっていた。もう一度、チラリとさおちゃんの席を見ると、昨日の心配と怒りの入り混じったようなさおちゃんの顔が頭に浮かんだ。あんな複雑な感情のさおちゃんを放っておいたままでいいのだろうか。
わたしのさおちゃんの机への視線を確認したのか、前の席の子がさおちゃんのことを話題にした。
「庄崎、活動休止したのにまだ学校来ないんだね」
「ああ、うん……」
「それ、普通にサボりじゃん。今までは芸能活動の都合っていう体でズル休みしてたんでしょ? でも何もなかったら、もう本当にただのズル休みじゃん」
「芸能活動はズルでは無いと思うけど」と一応穏やかな口調で否定をしたけれど、内心ではムッとした。さおちゃんはトップアイドルになるために、たくさん努力して、自分で道を切り開いていった努力家なのに、さおちゃんのことをよく知らない子にそんな風に言われたくはなかった。
さおちゃんにはもう休む理由もないわけだし、ズル休みと言われても仕方がないのかもしれないけれど、彼女が休んでいる理由はわたしにあるのかもしれない。少なくとも、ここ数日の出来事を考えたらわたしのことで気疲れしている部分は大いにありそうだし。だから、彼女の休みがズル休みに該当するのだとしたら、さおちゃんではなく、わたしが責められなければならない。
(昨日のこともあるし、もう一度、さおちゃんの家に言ってみた方がいいのかな……)
このまま、さおちゃんの家に行かなければ、そのままずっと疎遠になってしまうような気がしてしまう。やっぱりもう一度さおちゃんの家に行って、今日こそちゃんと話し合わないといけない気がする。そんな決意を強く持って、授業を受けていた。
だけど、放課後になって、わたしの足が向いた方向は残念ながらさおちゃんの家の方角ではなかった。さおちゃんの家と真逆、自分の家に向かって歩いていた。やっぱり顔を合わせる度胸はなかった。今さらどんな顔してさおちゃんに会えばいいのだ。
さおちゃんのことは、間違いなく大好きだった。推しのアイドルだった。だけど、もうその距離は、わたしには近づけない程遠くなっている。怖くて真っ正面から向き合える気なんてしなかった。
帰り道に音楽ショップの前を通ると、シュクレ・カヌレの大きなポスターが張ってあり、自然と足が止まる。真ん中に映るさおちゃんの姿はやっぱりとても可愛い。でも、加工をしていない生身のさおちゃんの方がずっと可愛いことをわたしはよく知っていた。
「さおちゃん……」
わたしはポスターの前で小さく呟いた。昨日階段の上から眺めていた不安と苦悩に満ちた顔じゃない。アイドルとしてのみんなに幸せを振りまいてくれる、可愛らしい笑顔。
ただ楽しく一緒に笑い合っていたときのさおちゃんの顔がまた見たくなってしまう。だけど、わたしとさおちゃんの距離感は、もうそれを許さない。ポスターの前で足を止めた、別の学校の制服姿の同じ歳くらいの女の子たちが、さおちゃんのことを指差していた。
「やっぱサオリンえぐいね」
「マジで同じ生き物とは思えん!」
「ポスターでこれだもんね。実物超ヤバかったよね!」
「ちっちゃくて可愛かったぁ。マジ持ち帰りたいよぉ」
「サオリンは一家に一人必要だよねぇ」
楽しそうに話している子たちに背を向けて、わたしは歩き出す。みんなの人気者のさおちゃんの姿を見ると、わたしの胸は痛くなってしまう。親友の成功を素直にお祝いできないなんて、わたしの性格が悪いことは自覚している。けれど、さおちゃんにはずっとわたしのそばにいて欲しかった。みんなのさおちゃんなんて嫌だ。ずっとわたしだけのさおちゃんでいて欲しい……。
そんなことを考えて、自己嫌悪に陥った。小さくため息をついたのとほとんど同時にスマホが音を立てる。誰だろう。友達のほとんどは部活に励んでいる時間帯だから、わたしに連絡を入れてくる人物に心当たりは無かった。可能性は低いけれど、もしかしてさおちゃんからのメッセージだろうか。そう思うと、一気に緊張してきてしまう。
急いで、スマホのボタンを押したわたしは、メッセージの送り主を確認した。
「え……、ええっ!?」
画面に表示されている名前を見て、驚きのあまりスマホから手を滑らせてしまった。クラスの子でもなければ、さおちゃんでもない、あまりにも予想外の人物からのメッセージに心拍数が跳ね上がったのだった。
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