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第16章:砂漠の薔薇編

第184話:本当の冒険

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 セネカはリザードマン集落の広場で小さな桃を食べていた。味はすごく薄いけれど果汁は豊富で、渇いた喉を潤してくれる。近くにはみんなも座っていて、それぞれが栄養補給をしていた。
 桃を食べ終えたセネカは次に胡桃を食べることにした。

「それじゃあ、情報を整理しましょうか」

 緩んだ空気の中でマイオルが号令をかける。集落は比較的安全だと分かっているのでみんな楽な体勢だ。

「モフに聞きたいけれど、そこにある白い塊は砂漠の薔薇で間違いないのよね?」

「うん、ルキウスと確認した。火はつけてないけど、見た目も香りもそっくりだったよぉ。間違いないね」

「となると砂漠の薔薇がそこに積まれている訳ね。みんなにはその青石が何に見える?」

 砂漠の薔薇が載っている青石は広場の奥にある。周囲の地面は綺麗に整えられていて、整備された形跡がある。

「私には祭壇に見えます」
「儀式の台のように見えるな」

 プラウティアとガイアが言った。セネカの目にもそれらは何かを祀っているように見えた。

「私もそう思うわ。具体的に何をしていたのかは分からないけれど、リザードマンにとっても砂漠の薔薇は重要な物なんだって思う」

「集めて来るほど大事な物だという訳だな」

 ガイアの言葉にセネカも頷いた。胡桃を食べたらお腹が空いてきたのでセネカは干し葡萄を取り出した。

「じゃあ、これをどこで集めて来たって話だけれど、やっぱり砂漠だと思う?」

 マイオルはガイアを見た。ガイアはしばらく目をつぶった後で答える。

「断言は出来ないが、森の中にこれが落ちている可能性は低いと思っている。砂漠で拾ったと考えるのが自然だろう」

「空白地帯の砂漠かぁ……」

 モフの呟きが静かに響いた。

 セネカはさっきルキウスから空白地帯の話を聞いた。この森の先には砂漠があって、遠くに丘のようなものも見えたらしい。

「砂漠の薔薇が落ちているかもしれないよねぇ」

「だったら生成過程も分かるかもしれないね」

「でも【探知】できないなんて、どんな原理なんだろうねぇ……」

 モフとルキウスが議論を始めている。先に進むのか戻るのかを決めるのにあたって、この砂漠の薔薇の問題が大きいのだ。

「ねぇ、ルキウス。ここにある砂漠の薔薇を持ち帰ったら教会としては結構大きいの?」

「大きいと思うね。これだけの量があればかなりの影響力を持てるようになると思う」

「じゃあ、深追いする必要はなさそうだね」

 話していると、ルキウスがセネカの干し葡萄をチラッと見た。渡してあげると勢いよく食べ始めた。
 お返しとばかりにルキウスは干しあんずをくれた。酸味が強くて、疲労がほぐれるような気がする。

「ねぇ、ルキウス。空白地帯にはどんな魔物がいるのかな?」

「セネカの言うとおりだとしたら龍種かもしれないね。サンドドラゴンだったら、罠に嵌めれば勝てるかもよ?」

 ルキウスと話しているとマイオルが近づいてきて、肩を叩かれた。マイオルは桃を差し出していたので干し葡萄と交換する。実がかためでセネカ好みの桃だ。

「ひと目見て分かる魔物だったら良いんだけれど、もしかしたら未知の魔物がいるかもしれないわね」

「僕たちで勝てる相手かな?」

「それは分からないわね。それに空白地帯も砂漠っていうこと以上の情報はないから、行ってみないことには始まらないわね」

「まさに未踏領域だね」

「えぇ、そうね。準備も出来ていないし、はっきり行って分が悪いわ」

「そうですねぇ……帰って来れる保証もないですからね」

 セネカが桃に夢中になっていると、みんなが口々に懸念を表明し始めた。あれが良くない、ここが足りないという言葉がどんどん出てくるが、その表情は暗いわけではなく、むしろ全員目を爛々と輝かせている。

 だから当然のようにセネカは言った。

「でも、行くんでしょ?」

 すると全員がセネカを見て、目を細めた。先に進もうと考えているから、懸念が出てくるのだ。

「冒険者の血が騒ぐというのもありますが、私は何だか行かなくてはならない気になります」

 こういう時に控えめな態度を取りがちなプラウティアがそう言った。空白地帯の方を真っ直ぐと見つめている。

「ここには何かがありますよ……。ただの勘ですけど」

 プラウティアがこんな風に言うのは本当に珍しかった。だからなのか、バランスを取るようにガイアが言った。

「私も行くのは賛成だが、時間を区切ってしっかり懸念点を出していこう。そして、それぞれの場合の対処を頭に入れておくんだ」

「……そうね。そうしましょう」

 少しばかり熱くなっていた空気が落ち着いた。冷静な人間がいなくなるのはまずいから、ガイアの立ち振る舞いはありがたかった。

「それじゃあ、みんな……。あたしたちはこれから空白地帯に入ろうと思うわ。そのためにここで出来うる限りの準備をして、体力を回復させたら出発しましょう」

 マイオルが続ける。

「私たちにとって、本当に未知の場所に行くのはこれが初めてだと思うの。情報は限られていて、何が待っているか分からない。もしかしたら人類が足を踏み入れるのすら初めての場所かもしれない。だからこそ、気を引き締めて行きましょう」

 セネカはギュッとこぶしを強く握った。『月下の誓い』は安全思考のパーティで、進んで危険を犯すことはほとんどなかった。だけど一方で、実力に不相応な危機に陥ったこともあった。

「みんなで乗り越えようね」

 全員が強く頷いた。

「ねぇ、ルキウス。魔界とどっちが危ないかな?」

「うーん、普通は魔界だろうけれど、普通じゃないことが起きちゃっているからなぁ」

 ルキウスはいつものように柔らかく笑った。あんなことがあったからか比較的余裕がありそうだ。

「ついに冒険するんだな。本当の冒険を……」

 ガイアは噛み締めるようにつぶやいた。嬉しそうな様子で、いつも以上に綺麗な顔をしている。

「歴史を作りに行きますかね」

 マイオルがちょっとおどけた。

「どんな歴史?」

「……『月下の誓い』という伝説の歴史かな?」

「それって、結局私たちのことじゃん!」

 そう言ってセネカが笑うとみんなも笑顔になった。

 士気は上々で雰囲気も悪くない。
 だからセネカ達は足を踏み出した。
 本当に歴史を変えるための第一歩を。
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