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第16章:砂漠の薔薇編

第182話:奇襲作戦

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 セネカは息を潜めながらワイバーンの様子を窺っている。空に小さい影が見えるがこちらにやってくる気配はない。

 隣にはガイアがいて、同じようにワイバーンが攻撃範囲に入るのを待っている。後方にはマイオル達がいるはずだけれどその気配を感じることはできなかった。

 手に持っている[魔力針]に汗が滲む。これは草木の中に入る前に出したもので、今回の攻撃の要となるものだ。

 身を隠してからそれほど長い時間が経っている訳ではないけれど、セネカはもう焦れていた。普段なら待っているのは苦でないのに今日は違う。きっと相手があの有名な魔物だからだろう。

 張り詰めたままで長時間集中力を保つことはできないと分かっているはずなのに、セネカの気持ちは逸りっぱなしだった。早く動き出して、全力の攻撃を敵に叩き込みたくて仕方がない。

 ここにワイバーンがやってくることはないのではないか。もう少し森を進んだ地点で待機した方が良いのではないか。そんな気持ちをマイオルに伝えようと考え始めたとき、右手と繋がっていた糸がぴんと引かれた。攻撃準備の合図だ。

 目を凝らすとワイバーンがこちらに向きを変えたのが分かった。影が少しずつ大きくなり、巨体があらわになってくる。

 セネカはまず針とワイバーンが糸で繋がっている状況を心に描いた。まるで兄弟のように、家族のように、二つはしっかりと結ばれるのだ。次に身体に秘めた膨大な魔力を使い、針に魔力をまとわせる。これで準備完了だ。

 セネカは隣にいるガイアと目を合わせながら糸をピンと引いて合図した。ガイアはセネカの様子を見て、【砲撃魔法】発動の準備を始めた。

 セネカの巨大な魔力に気がついてワイバーンがこちらに向かってくる。すごい形相で飛んでいるがいま気がついてももう遅い。

 セネカは針にまとわせていた魔力を雷属性に変換した。同時にワイバーンと針を繋げ、二つの距離がゼロになるようにスキル【縫う】を発動した。

「……これで痺れて」

 瞬時に針がワイバーンの背に刺さり、巨体に電流が走る。ワイバーンは「ギャッ」と泣いて、一瞬身体を硬直させた。

「撃つぞ! 【砲撃魔法】!」

 ワイバーンが痺れたのを見てガイアがスキルを放った。距離はあるが、魔法は拡散せずに真っ直ぐワイバーンに向かっている。レベルが上がったことでガイアの魔法は収束性か高まり、マイオルの【探知】と合わせれば狙撃が可能となった。

 魔法の弾がワイバーンの胸部に直撃し、爆発する。爆撃の規模は小さいが、その範囲内は消滅の力に満ちている。

「全員、突撃!」

 マイオルの声が響き渡る。セネカは針刀を[魔力針]で生成し、墜落を始めたワイバーンの元に走り始めた。

「ルキウス、プラウティア、セネカと一緒に前に出て! ガイアはあたしとモフの後ろから着いてきて!」

 自然と隊列が作られる。先頭で走っているのはセネカだが、ルキウスとプラウティアがすでに追いついて脇を固めようとしている。

 セネカは走る速度を上げた。二人がいるのなら全力を出せる。
 セネカに呼応して二人も加速する。ズシンとワイバーンが地に落ちる音が聞こえてくる。

「セネカ!」
「セネカちゃん!」

 ルキウスとプラウティアの声が聞こえてくる。
 セネカは二人が何を言おうとしているのか手に取るように分かっていた。さっきから分かっていた。
 だけどさらに速度を上げる。敵はもう目の前だ!

「セネカちゃん、それ……」

 プラウティアの声を聞き流しながらセネカは針刀を大きく振りかぶった。そして出来る限り鋭く振り下ろす。

 針刀の先が地に横たわるワイバーンの鼻に刺さった。だがワイバーンは白目を剥いていて、セネカの攻撃に反応しなかった。

「……」

 やっぱりワイバーンは死んでいた。こんなにあっさりで良いのかと思ったので、死んだフリをしている可能性を考えたのだが、起きる気配はない。

 よく見たら胸の真ん中にぽっかり穴が空いている。ガイアの攻撃が急所を貫き、即死したのだろう。運もあったのかもしれないが、ここぞという時に決めてくるのは、さすがガイアである。

「いやぁ、一撃だったか。良い角度で当たっているねぇ」

 後ろにいたルキウスが剣でワイバーンを小突いた。念の為の確認をしているのだろう。

「精度も高いなぁ。これもすごい攻撃だけど、余技なんでしょ?」

「これでも爆発を抑え込んでるみたい。レベル2になってからは本気の【砲撃魔法】を私も見たことないんだよね」

 セネカが学校の課題で忙しい時に荒地で魔法を試し撃ちしたらしいのだが、想像以上に爆発が広がって穴が空いてしまったらしい。

「あの時は大変だったんですよ? 近くの村に爆発を見た人がいたんですけれど『超常現象だ』って言って騒いだんです。遠くの空が突然赤く輝いたって……」

 プラウティアもやってきた。ワイバーンの大きく開いた口に木刀を差し込んで喉を攻撃している。

「これで反応しないのであれば間違いなく死んでいますね。素材の回収を始めましょうか」

「マイオル達も追いついてきたし、そうしよっか」

 セネカは解体用のナイフを取り出した。そうしているうちにマイオル、ガイア、モフがやってきた。

「マイオル、ワイバーンはガイアの魔法で一撃だったみたい。作戦が上手くハマったね」

 マイオル達はワイバーンに近づいて胸の傷を見始めた。見事に丸く穴が空いているので、ガイアの攻撃にワイバーンがなす術なかったことが分かるだろう。

「それじゃあ、私はルキウスとツノを取り出すね。プラウティアには牙を抜いてもらって、他のみんなは背中の鱗剥がしかな」

 セネカの言葉にみんなが頷き、作業に取り掛かろうとした。しかしその時、突然辺りに得体の知れない気配が漂い始めた。

「みんな待って!」

 セネカの声に驚いてプラウティアがビクッと身を竦めた。突然声を出したセネカに視線が集まってくる。

「みんな、異様な空気を感じない? 張り詰めたような圧迫したような空気に森が変わったと思ったんだけど……」

「僕は感じるよ。なんだかおかしい。早くここから離れたほうが良いかもしれない」

 ルキウスは同意してくれたけれど、他のみんなは分からないようだった。だが、セネカとルキウスの様子を見て、一気に緊張感が高まった。

「全員戦闘準備を整えて。セネカとルキウスはもう少し詳しい情報を教え――」
「グルルルガァー!!!」

 マイオルが方針を考え直そうとしたとき、遠くから唸るような鳴き声が聞こえてきた。

「ギャオォーン!」
「プギャアアアア!」
「ニャオオオオーン!!」

 最初の声に応えるように様々な方向から魔物の声が響いてくる。近くのものはないが、声色からひどく殺気立っているのが分かる。

「まずいわ……。近くにいた魔物が全員こっちに向かって来てる。このままだと囲まれるわね。あっちの開けた場所に行きましょう!」

 マイオルが指し示したのは森の奥の方向だった。来た道とは逆なので、戻る方向にはかなりの魔物が集まってきているのかもしれない。

「セネカ、先頭をお願い! 走る速さは抑えめでいいわ。すぐにモノニクスが二匹やってくる!」

 セネカは針刀を構えて走り出した。後ろを見ると全員が武器を持ち、戦闘準備を整えている。

 少し走ると「グエッ、グエッ」という不快な声が聞こえてきた。モノニクスだ。

 この魔物は大きなトカゲを二足歩行にしたような姿をしているが、顔は鳥に似ている。獣脚類の中ではあまり強くないので、二匹ならセネカだけで十分だ。

 モノニクスは強靱な後ろ脚を活かして猛烈な速度で向かってくる。敏捷性はないが力はかなり強い。

 セネカは森の木の間を縫うようにすり抜けながら移動し、モノニクスの前に躍り出た。そして敵が体当たりを仕掛けてきたのを見てから避け、針刀を振った。

 針刀の刃とモノニクスの首元の間を縫い合わせるイメージを持ってスキルを使うと、刀が加速した。

 そのまま刀を振り切り、もう一方のモノニクスを見る。こちらの動きに追いつけず見失っているようだった。セネカは刀を振った勢いを利用して身を翻し、そのまま跳び上がった。

 再び刀と敵の首元を縫い合わせるようにスキルを発動する。するとセネカの身体ごと刀が動き出す。セネカは空中で弧を描きながら移動し、死角からモノニクスに攻撃を加える。

 しっかりと着地してから敵の方を見ると、そこには胴体だけになったモノニクスが二体立っていた。

「……早い。頼りになるわね」

 追いついてきたマイオルがそう言ってくれたので、セネカは自然と笑顔になった。

「移動しながら情報を整理するから、しばらくは魔物をお願い」

 セネカ、プラウティア、モフ、ガイアの三人でマイオルとルキウスを取り囲むような陣形がすでに作られている。

 異様な気配のことについてはルキウスから聞くつもりなのだろう。二人のことは他の三人が守るだろうし、セネカは露払いに専念して良さそうだ。

「任せて」

 セネカは力強く足を踏み出した。
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