上 下
140 / 186
第13章(間章):一方その頃編

第140話:バエティカで最も熱い男(3)

しおりを挟む
 ノルトはベレッタ山の麓でエミリーを探していた。
 ベレッタ山には大して強い魔物はいないけれど、戦う術を持たないエミリーが夜歩きするには不安が残る。

 ノルトはベレッタ山にはよく登っているので夜であっても迷うことはない。
 半分庭のような場所なので、エミリーが迷ったとしたらどこにいるのかの目星もついている。

 もしその場所にいなかったら探すのは骨が折れる。一度ギルドに戻って増援を頼まなければ難しいだろう。

「エミリー⋯⋯」

 ノルトはエミリーのことを考え続けている。エミリーは孤児院で一つ上だった。
 セネカ、ルキウス、ノルト、ピケ、ミッツのお騒がせ達に比べて一つ上の兄や姉達はおとなしくて真面目な人たちが多かった。

 もしかしたらセネカとルキウスが破天荒すぎて逆に影響を受けていたのかもしれないけれど、我慢強くて頼れる人達が多い。

 中でもノルトはエミリーとよく話していた。ものすごく仲が良かった訳ではないけれど、ことあるごとに話をしていた記憶がある。

 孤児院の仲間達は家族のように育つけれど、大人になると少し距離ができる。
 家族でもあるけど他人でもあるということが段々分かってきて自然とそうなるのだ。
 だがその一方で、孤児院出身者同士で結婚することも多い。
 同じ境遇で育ってきた仲間と本当の家族になってしまおうとみんな決意するのだ。





「さて、そろそろだがエミリーはいるか?」

 目的地に近づいていくとノルトの耳にコボルトが鳴く声が聞こえて来た。

「まずい! 奴ら仲間を呼ぼうとしている」

 実はノルトは魔物の鳴き声を聞き分けるのが得意だ。いま、コボルトは仲間に獲物がいることを知らせる声を上げた。

 エミリーがいるとしたら早く助けないと危ない。
 ノルトは全力で走った。

 キャンキャンとやかましい声が聞こえてくる。
 ランタンで照らすと大きな木の下にコボルトが七、八匹集まっている。
 木の上ではエミリーが微妙な太さの枝に跨って怯えている。

「エミリー!!!」

 ノルトは剣を抜いて一番手前のコボルトに狙いを定める。

「⋯⋯ノルト?」

 エミリーは弱々しい声で呟いた。
 その声を聞いた瞬間、ノルトの中で何かが切れた。

「[豪剣]!」

 ノルトはサブスキルを発動した。
 ノルトの実力であればこの数のコボルトは敵ではないのだけれど、彼は使わずにはいられなかったのだ。

 見た目に似合わず華麗な剣捌きでノルトはコボルト達を斬り伏せて行く。
 一匹一匹を確実に一撃で葬るその実力は見る人が見れば努力の賜物だと分かるだろう。

 泥臭さと華麗さが同居するその剣は、剣の素人であるエミリーにとってもすごいものに見えた。





「⋯⋯ノルト、強いんだね」

 あっという間にコボルト達を倒したノルトに対して、エミリーは言った。

「そんなことより、なんで山にいるんだ?」

 ノルトは強めの口調でそう聞いた。

「⋯⋯ノルトに会おうと思って」

「やっぱりそうなのか。ミッツがベレッタ山にエミリーがいるかもしれないから行けって言ってな。よく分からなかったけど、やっぱりミッツの読みが正しかったんだな」

「ノルトは山に籠ってたんじゃないの?」

「ブランカ山にいたんだ。んで、今日帰った所だった」

「そっか。前と同じとは限らないよね⋯⋯」

「あぁ。そりゃあ、そうだな」

 エミリーはまだ枝に跨っている。

「とりあえず降りたらどうだ?」

「うん⋯⋯」

 エミリーは降りようとしたけれど、想像以上に自分が高いところまで登っていたことに気がついた。

「これ、どうやって降りればいいかな?」

「登った時の逆をやれば良いだけだが、できそうか?」

 ノルトは参考にならないアドバイスをした。

「⋯⋯とりあえずやってみるね」

「あぁ、無理そうだったら受け止めるから言えよな」

 エミリーはゆっくりと降り始めた。
 どうやって登ったのかも覚えてなかったけれど、降りてみれば意外にエミリーは平気だった。
 だが、順調に降りられてしまったのが良くなかったのだろう。エミリーは最後にちょっと高いところから飛び降りてしまった。

「痛っ!」

「おい、大丈夫か?」

 エミリーはちょっとだけ足を捻ってしまったようだ。

「自信満々だから問題ないと思ってたが、やっぱり高かったか⋯⋯」

 ノルトは止めなかったことを後悔した。

「エミリー、歩けるか?」

「うん! このくらい大丈夫だよ」

 エミリーはそう言うが、立ち方がちょっとぎごちない。
 これから二人で山を降りなければならないので、ノルトはもっとも効率の良い方法を尊大に提案した。

「俺が背負うから乗ってくれ」

「えっ、でも大丈夫だし⋯⋯」

「魔物が出た時に庇うことになるからこっちの方が良いだろう。この辺りの魔物ならエミリーをおぶった状態でもなんとかなるだろうしな」

 ノルトはエミリーを見据えながらそう言った。

 エミリーは今日初めてノルトの顔を真っ直ぐ見たけれど、よく見ると彼の顔は憑き物が落ちたかのようにすっきりとして整っている、ようにエミリーには見えた。

「ほら」

 背中を差し出すノルトの剣幕に負けてエミリーはおぶってもらう事にした。
 間近で見るとノルトの背中は非常に大きく、男らしい強さがある。
 エミリーは一歩踏み出してからノルトの首に腕を回し、その身を彼の背中に預けた。

「立ち上がるぞ」

「わっ」

 ノルトはゆっくりと立ち上がったつもりだったけれど、予想外の高さにエミリーは驚いた。

「⋯⋯大丈夫か?」

「うん。大丈夫だよ。ノルト、いつの間にかおっきくなったんだねぇ」

「いつまでお姉さんのつもりだよ」

 そう言いながらノルトはゆっくり歩き出した。





 お互い無言のまま山を降りているとエミリーが声を出した。

「ねぇ、ノルト。セネカとルキウスの話、聞いたでしょ?」

「あぁ、もちろん聞いた。あいつらは相変わらず人騒がせだよな」

「二人には負けるけど、ノルトもなかなかだよ?」

「⋯⋯そうか?」

「うん。自分では分からないものなのかな」

 ノルトは不服そうだ。

「それであの二人がどうしたって?」

「あの話を聞いてノルトはどう思ったのかなって」

「そうだな。二人とも帰ってこないか、二人で帰って来るかのどっちかだと思った」

「⋯⋯それはそうかもね。私もそう思う」

「まず間違いなく二人で帰って来ると俺は思っているけどな」

「心配じゃないの?」

 エミリーはノルトの背中から少し身を乗り出して聞いた。

「全く心配がないと言う訳じゃないが、どっちかと言えば自分のことの方が心配だな」

「どういうこと?」

「いつになるか分からねえが、あいつらが帰ってきた時には今以上にどうしようもない差がついてるんじゃないかって思ってな」

「でも二人がもし帰ってこなかったら意味がないんじゃない?」

「もしあいつらが帰ってこなかったら、あのお転婆達のことを伝えていくのが生き残った者たちの仕事なんじゃないかと考えたんだ。そのためにも俺は強くなんなきゃならねぇ⋯⋯」

 ノルトは少し声を震わせながらそう言った。
 まるで自分に言い聞かせているようだとエミリーは思った。
 強がろうとするノルトの様子にエミリーは押し留めていた質問を投げかけてしまった。

「でもノルトはセネカのことが好きでしょ?
 セネカがいなくなっちゃっても良いの?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界でチート能力貰えるそうなので、のんびり牧場生活(+α)でも楽しみます

ユーリ
ファンタジー
仕事帰り。毎日のように続く多忙ぶりにフラフラしていたら突然訪れる衝撃。 何が起こったのか分からないうちに意識を失くし、聞き覚えのない声に起こされた。 生命を司るという女神に、自分が死んだことを聞かされ、別の世界での過ごし方を聞かれ、それに答える そして気がつけば、広大な牧場を経営していた ※不定期更新。1話ずつ完成したら更新して行きます。 7/5誤字脱字確認中。気づいた箇所あればお知らせください。 5/11 お気に入り登録100人!ありがとうございます! 8/1 お気に入り登録200人!ありがとうございます!

異世界召喚された回復術士のおっさんは勇者パーティから追い出されたので子どもの姿で旅をするそうです

かものはし
ファンタジー
この力は危険だからあまり使わないようにしよう――。 そんな風に考えていたら役立たずのポンコツ扱いされて勇者パーティから追い出された保井武・32歳。 とりあえず腹が減ったので近くの町にいくことにしたがあの勇者パーティにいた自分の顔は割れてたりする? パーティから追い出されたなんて噂されると恥ずかしいし……。そうだ別人になろう。 そんなこんなで始まるキュートな少年の姿をしたおっさんの冒険譚。 目指すは復讐? スローライフ? ……それは誰にも分かりません。 とにかく書きたいことを思いつきで進めるちょっとえっちな珍道中、はじめました。

理想とは違うけど魔法の収納庫は稼げるから良しとします

水野忍舞
ファンタジー
英雄になるのを誓い合った幼馴染たちがそれぞれ戦闘向きのスキルを身に付けるなか、俺は魔法の収納庫を手に入れた。 わりと便利なスキルで喜んでいたのだが幼馴染たちは不満だったらしく色々言ってきたのでその場から立ち去った。 お金を稼ぐならとても便利なスキルじゃないかと今は思っています。 ***** ざまぁ要素はないです

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

おいしい狩猟生活

エレメンタルマスター鈴木
ファンタジー
幼い頃から祖父の趣味に付き合わされ、自身も大の狩猟好きになってしまった、主人公の狩生玄夜(かりゅうげんや)は、休暇を利用して、いつもの様に狩猟目的の海外旅行に出る。 しかし、今度の旅行は一味違った。 これは、乗っていた飛行機ごと異世界に集団転移し、嘆き悲しむ周囲の人間が多い中、割りと楽しみながら狩猟生活に挑む、そんな主人公のサバイバルレポートである。 【注意】 現実では、自宅の庭に侵入した野生生物以外は全て、狩猟するには許可が必要です。 また、大型野生生物の殆どは絶滅危惧種指定の保護対象です。絶対に真似をしないで下さい。 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★ 狩猟が始まるのは十話辺りからになります。それまで長々と説明回が続きますが、ご容赦下さい。 ※ が付いている回にはステータス表記があります。 この作品には間違った知識、古くて現在では効率の悪い知識などが含まれる場合があります。 あくまでもフィクションですので、真に受けない様に御願いします。 この作品には性暴力や寝取られ要素は一切ありません。 作者にとって初の作品となります。誤字脱字や矛盾点、文法の間違い等が多々あると思いますが、ご指摘頂けた場合はなるべく早く修正できるように致します。 どうぞ宜しくお願いします。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

勇者召喚おまけ付き ~チートはメガネで私がおまけ~

渡琉兎
ファンタジー
大和明日香(やまとあすか)は日本で働く、ごく普通の会社員だ。 しかし、入ったコンビニの駐車場で突如として光に包まれると、気づけば異世界の城の大広間に立っていた。 勇者召喚で召喚したのだと、マグノリア王国の第一王子であるアルディアン・マグノリアは四人の召喚者を大歓迎。 ところが、召喚されたのは全部で五人。 明日香以外の四人は駐車場でたむろしていた顔見知りなので、巻き込まれたのが自分であると理解した明日香は憤りを覚えてしまう。 元の世界に戻れないと聞かされて落ち込んでしまうが、すぐにこちらで生きていくために動き出す。 その中で気づかなかったチート能力に気づき、明日香は異世界で新たな生活を手に入れることになる。 一方で勇者と認定された四人は我がままし放題の生活を手にして……。 ※アルファポリス、カクヨム、なろうで投稿しています。

処理中です...