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第12章:魔界編

第126話:瞬間移動

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 セネカとルキウスは料理をしている。
 あれから、解体したミノタウロスを運びながら魔物の目につかない場所を探して徘徊していた。

 ミノタウロスの肉は台車で運んだ。この台車はルキウスの魔法を固めた板をセネカのスキルで縫い合わせて作った。思いつきで作ったにしては便利だったので二人ともご機嫌で動かした。

 しばし歩くとほんの少しだけ盛り上がったような場所があったので、二人はそこを今日の野営地とすることにした。

 魔界の一日の長さが元の世界と同じかも分からないけれど、暗くなって来たのでリズムを合わせている。

 野営地を決めてからは、ルキウスが[剣]でシャベルというか鋤型の剣を作り、地面を掘りまくっていた。
 魔界の地面には岩塩のような塩分の層が良くあるみたいなのだが、今日は取れなかった。

 仕方がないので夕飯は野生の味を楽しむことになった。セネカは[魔力針]に肉を刺し、火の魔法で針を熱する。すると、肉からじゅわーっと焼ける音が出てくる。

 行き当たりばったりで調理しているけれど、それなりにうまくいきそうだ。洗練させていけばそれなりの料理になるはずだという確信をセネカは持った。

 肉の他には真っ青の茎がある。ルキウス曰く食べられる植物らしい。全力で解毒してくれたので問題はないと思うけれど、はっきり言って抵抗がある。

 セネカは青茎を取り、思い切って噛んだ。毒になった時に治せるのはルキウスなので、先に食べるのは自分だと決めていた。

 口に酸味が広がり、唾液がどんどん出てくる。ルキウスが心配そうな顔をしているけれど、正直うまい。

「大丈夫?」

「一回吐き出して口を洗うね。遅効性かもしれないから少し待とう。でも味は美味しいよ」

「どんな味?」

「サイタナに近いかな。酸っぱくてみずみずしくてほんのり甘い」

「最高じゃん」

「ルキウスは好きだと思う」

 その後、毒の気配がないことを確認してからは青茎を見つけるたびに採取し、二人で齧るのが魔界散策の楽しみになっていった。

 ミノタウロスの肉も毒を警戒しながらしっかり食べた。弱い個体だったからか肉はブヨブヨしていてあまり美味しくなかった。

 また、筋肉だけを食べていると身体に良くないと小さい頃から両親に言われ続けて来たので、二人は腱や軟骨の部分も取り、しっかりと食した。

 ミノタウロスの内臓は美味しくないので今日は避けたけれど、他に良い魔物がいなければ食べる必要があると二人は考えている。

 一回調理してみたことで課題が分かったので、セネカは明日から工夫を始める予定である。塩さえ見つかればそれなりに美味しいご飯が食べられるだろうと二人は楽観的だ。





 寝る時は交代で見張りをするけれど、基本的にはセネカの糸に頼ることになった。[まち針]と【神聖魔法】で空中に支点を作り、魔力の糸で縫って丸屋根にしている。

 これで防御にもなるし、何かあったらセネカに振動が伝わるため、気づくことができる。

 ルキウスは一人で見張りをしながらトリアスでのことを思い返していた。

 グラディウスから連絡があった後、ルキウスとモフは全力でトリアスに向かった。しかし、遠くからトリアスを見ると都市全体が魔法で覆われており、定期的に強力な魔法が放たれていた。あまりに万全の体制に見えたため、援軍の必要がないと判断して二人は魔物がやってくる方向に向かったのだ。

 そうしてトリアス大森林に到着した。
 そこでは大勢の冒険者が魔物を間引きしていたので、権力を持っていそうな冒険者に話を聞くと、手が薄い領域に行くように言われた。

 魔物が多い方へと進んでいくうちにプラウティアの叫び声が聞こえて、セネカを助けるに至ったのだ。そして、いま二人は魔界にいる。

 ルキウスはこの四年、セネカに会った時のことを考えて努力を重ねて来た。最後の夜、二人で月を見ながら話したのが忘れられず、何度も何度も思い返している。

 王都に行って良かったこともあるけれど、あの選択が本当に良かったのかと悩むこともあった。けれど、今更過去のことを悔やんでも仕方がないと何度も前向きになろうとした。

 会ったら想いを伝えようと何度も考えていた。どんな気持ちになるのだろうと思っていた。けれど、いざこうして一緒に魔界を歩いていると、笑えるほどしっくりくる。

 ドギマギするかとも想定していたけれど、むしろ心の底から平静だ。今もセネカが近くで寝ているのに邪な気持ちはあまり湧いてこない。

 もしかしたらこれが恋とか愛なのかもしれないとルキウスは感じていた。パドキア魔導学校では女子たちが「恋と愛は違うの」みたいな話をよくしていたので、ルキウスの耳にも聞こえて来たことがある。

 きっとこれがその違いなんだろうなぁ。と思って、ルキウスはやっと年相応に笑い、セネカとの再会を受け止めることが出来るようになった。

 ルキウスの感覚はややズレていたけれど、そのおかげで二人の恋心は燃え上がりすぎず、じわじわと距離を縮めることができたのだった。





 次の日も二人は魔界を歩き続けた。

 魔界には亜空間の裂け目がどこかにあって、定期的に移動しているらしい。その裂け目は大抵は別の亜空間に繋がっているが、時折、元の世界に繋がっていることもあるようだ。

 元の世界に戻るには裂け目が偶然に元の世界に繋がるのを待つか、『根』と呼ばれる場所に辿り着いて、主を倒す必要があるのだとルキウスは言っている。

 セネカははじめ、魔界は一つの世界のことだと思っていたけれど、そうではないらしい。ルキウスによると、魔界とは幾つものの亜空間が繋がった世界のことで、無数存在するらしい。

 その魔界一つ一つに主が存在していて、主の消滅とともに魔界も崩壊するのだそうだ。つまり、セネカたちがいる魔界の他にも、似たような性質を持つ魔界が存在していて、今も魔物が闊歩しているのだという。

「むつかしい」

 考えるうちにセネカは口走っていた。
 それを聞いたルキウスは方針を改めてセネカに伝えた。

「とにかく『根』を目指そう。主を探して、倒せそうだったら挑むことになるし、無理なようだったら外に繋がる穴ができるのを待つしかないね。そうなると何年かかるか分からないけどね」

 主を倒す。裂け目が偶然外に繋がるのを待つ。これが基本的な帰還方法らしいけれど、伝承では別の方法で元の世界に帰った者がいるらしい。

 それが伝説の英雄、剣神である。彼は亜空間に捉えられたことにより開眼し、亜空間そのものを斬ることで内側から崩壊させ、元の世界に自力で帰って来たそうだ。本当かは分からないそうだけど、驚くべき力である。

 二人はその辺に生えていた青茎を齧りながらトコトコ歩いている。昨日は一体の魔物を見つけ、今日はまだ出会っていない。

 ルキウスが勉強した印象ではもっと多くの魔物がいておかしくということだったので、この亜空間はとりわけ不毛なのかもしれない。





 しばらく進んでいくとピーピー喚くように鳴く魔物が何匹もいた。

 ダークオストリッチという地上を走る鳥の魔物がいるが、その亜種に見える。だが、かなり小柄だ。

「そういえば魔界で鳥を見るのは初めてだね」

「確かに。気づかなかったよね。そんなに強そうには見えないけれど、数が多いよね?」

「そうだね。ルキウスはサポートお願い」

 セネカはオストリッチ達の様子を観察しながら刀を抜いた。数えると八羽いる。

「ルキウス、見ていてね」

 念を押すようにそう言ってからセネカはまず[まち針]を二十本同時に散弾のように発射した。

 「グエエエエ」と甲高い叫び声が聞こえ、全個体がセネカの方に目を向けて、突進を開始した。

 セネカはじっくりと様子を見ながら溜めを作った後、怪物級の魔力の九割を消費して、自分のいる空間とオストリッチの背後の空間を糸状の魔力で【縫った】。

 空間が歪み、離れているはずの領域が近接する。そして、スッと前に出てからスキルを解除するとセネカは瞬く間に移動した。

 後方にいた三羽のオストリッチ達は呆ける間も無くセネカに首を落とされた。残り五羽だ。

 セネカは刀で空気を【縫い】、振りを加速させた。敵に刀が当たる際には細胞の隙間や骨の成分の間を【縫う】ことを意識して、丁寧にオストリッチの首を切断した。残り二羽。

 ここまで来たらあとは正攻法で良いとセネカは思った。なので、素早く動き、素早く刀を振る。それだけを心がけ、反撃する暇も与えずに全てのオストリッチを討った。

「ふぃー⋯⋯」

 瞬間移動を使って魔力が一気に無くなったので虚脱感がある。

「張り切りすぎた」

 ルキウスに良いところを見せようと頑張りすぎたようだった。

「セネカ、おつかれさま。相変わらず滑らかな太刀筋だね。宙を滑っているかのようで、剣にもだいぶ磨きがかかっているね」

 思いがけずルキウスに褒められてセネカは破顔した。
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