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第11章:銀級冒険者昇格編(3):騒乱

第118話:[豪快]

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 レントゥルスは落ちこぼれの盾士だった。

 正確に言えば、レベル1の時は優秀だった。
 幼いながらも大きな身体、強い精神力、的確な判断力。全てを使ってメキメキと頭角を表し、街の若手の中で一番の盾士と呼ばれるほどになった。

 仲間にも恵まれた。地元の村を一緒に出た五人組でパーティを組み、みんなで切磋琢磨しながら冒険者としての経験を積んでいった。

 異変が起きたのはレベル2になった時だ。
 【盾術】を授かった者のほぼ全ては、初めてレベルが上がった時に[魔力盾]というサブスキルを覚える。これは魔力を使用して任意の大きさの盾を張るという能力で重要なスキルだと認知されていた。

 しかし、レベルが上がった時、レントゥルスが覚えたのは[豪快]だった。

 当初は仲間も同情的だった。[魔力盾]ではなかったとはいえ、むしろ希少な能力であるという期待もあったし、何よりレントゥルスの盾の技能は抜きん出ていたので、みんな励ましてくれた。

 だが、みんながレベル2になり、銅級冒険者に昇格していくと、段々とレントゥルスへの当たりが強くなっていった。

 時間が経つにつれて[豪快]に対する理解が進み、この能力が恐れを振り払って勇気を出せるようになるというだけの気分能力だと認識されてしまったことも良くなかった。

 周囲の反応が徐々に変わっていく様子を感じて、レントゥルスはパーティを抜けることにした。故郷の仲間達にそのまましがみついていたいというのが本音ではあったけれど、仲間達とぶつかる前にレントゥルスは去ることを決めた。

 それからレントゥルスはゆっくりと移動を重ね、故郷から遠く離れた地に到着した。
 そこで出会ったのが、まだ駆け出しだった頃のエウスとアンナだった。

 二人は同じ村の出身で、朗らかなエウスとしっかり者のアンナは年長のレントゥルスに声をかけ、冒険者の技術を教えてほしいと言ってきたのだ。

 レントゥルスが[魔力盾]を持っていないという話はついてすぐに広まってしまた。だから自分を仲間にしたいと思う冒険者は出てこないと考えていたので、レントゥルスは彼らを意外だと思った記憶がある。

 二人の申し入れを受け入れて面倒を見ているうちに、街の孤児院にいたネミという少女が行き倒れていた貴族の少年を拾ってギルドに持ってきた。それがアッタロスとの出会いだった。

 その頃のアッタロスはいま以上に意地っ張りで、レントゥルスとは反りが合わなかった。だけど、不思議な少女ネミとアッタロスの組み合わせは何だか魅力的で、二人とも放っておけない煌めきを放っていた。

 いつしか五人は一緒に依頼を受けるようになっていった。リーダーはアッタロスだったけれど、戦いの中心はエウスであったし、本当に五人をまとめて繋ぎ止めていたのはネミだった。

 魔剣士アッタロス、大剣士エウス、盾士レントゥルス、魔導士アンナ、そしてバッファーのネミ。

 五人は世界最強のパーティになるはずだった。





 最初のパーティを離れてから、レントゥルスは恋愛をする気になれなかったけれど他の四人は違った。

 エウスとアンナは二人でいるのが当然のような顔をして、いつのまにか恋人関係になっていたし、アッタロスとネミも次第に惹かれ合い、お互いを尊重する良きパートナーとなっていった。

 そんな四人の中にいるのがレントゥルスは心地が良かった。いま思えば変わり者ばっかりで苦労させられたものだが、むしろそこが良かったのだとレントゥルスは思っている。

 五人のパーティはネミの発案で『金枝きんし』という名前になった。

 ネミが最後に昇格してからは全員が銀級冒険者となり、困難な依頼をいくつもこなした。そのまま、全員が金級冒険者となり、白金級となっていく未来を夢見たこともあった。

 だが、そんな刺激的なパーティ生活も突然終わりを迎えることになった。

 ネミが死んでしまったのだ。





 パーティの空気を作り、他の四人を強化し続けてきたネミの抜けた穴は大きなものだった。

 レントゥルスもアンナもエウスも心に大きな傷を負ったけれど、ネミと恋仲にあったアッタロスに与えた衝撃は凄まじく、見ていられないほどだった。

 少しの間、四人は死んだような顔をしながら依頼をこなしたけれど、ある日、アンナとエウスがパーティを離れると宣言し、行方をくらましてしまった。

 セネカから話を聞くと、もしかしたらエウスとアンナはまた『金枝』に戻るつもりだったのかもしれないとレントゥルスは思ったけれど、当時はそんな風に考えることはできなかった。

 ネミの死、そして友人夫婦に強い言葉をかけてしまった後悔を胸にアッタロスとレントゥルスは彷徨い続け、死ぬつもりで戦っていたらいつのまにか英雄と呼ばれるようになってしまった。

 ネミのことを思い返すたびにレントゥルスは強烈な後悔を感じる。

 ネミを死なせてしまったことに対してではない。
 ネミの先に自分が死ななかったことに対してだ。





 レベルが3に上がった時、レントゥルスは[盾球]というサブスキルを得た。この能力は多能で、様々な性質を持っている。

 レベルが上がるごとにレントゥルスは『スキルは成長する』という実感を強くした。

 [盾球]はサブスキルであるけれど、どんどん出来ることが増えてゆき、今では[魔力盾]よりも万能だとレントゥルスは感じている。共通スキルで得た能力が[盾球]にも反映されるというのも良い。

 気分に作用するだけだと思っていた[豪快]の能力もレベルの上昇とともに成長してきた。この能力は他の技と組み合わせることで真価を発揮し、[盾球]であれば発生数を上昇させ、[重力]であれば効果範囲を増大させる。

 つまり、スキル【盾術】を通して『豪快に~する』ということを実現するサポートスキルだったのである。





 そんなレントゥルスの奥の手は[豪快]にまつわる能力だ。

『豪快に命を賭ける』

 スキルにそう念じた瞬間、レントゥルスの身体は光を放ち始めた。これは命の光だ。

 レントゥルスは命を燃やして敵に挑む。

 短時間であれば疲労を感じるだけだが、長引いてしまえば取り返しのつかないことになる。だけど、そんなことはレントゥルスにはどうでも良かった。

 仲間を守ると決めたのにそれが果たせなかった悔み。
 最愛の恋人が死んで意気消沈する親友の姿。
 冒険をやめて後継に思いを託そうとした仲間の姿。

 どれも苦い思い出だ。
 それらを払拭できるのであれば、生命を燃やすのも厭わない。
 レントゥルスはそんな男だった。

 変わり者の盾士は豪快に声を上げ、猛る。

「最初に死ぬのはこの俺だ!!!」

 レントゥルスは単身でガーゴイルに飛びかかり、持っていた短剣で滅多刺しにし始めた。盾球はいつのまにか十五個まで増え、ドスドスと音を立てながら鈍いダメージを与えている。

 今が好機とセネカも飛びかかり、ガーゴイルに傷をつけてゆく。

 ガーゴイルは呻き声をあげながら、出していた亜空間を閉じ、魔力を身体の強化に回し始めた。しかし、それでも命を燃やすレントゥルスには及ばない。



 二人を見ながらアッタロスは攻撃の準備を始めていた。遠距離攻撃は敵の能力で無効化される恐れがあるため、直接の攻撃を叩き込むしかない。

 そのためには死力を尽くし、最大の攻撃を繰り出さなければならない。

 アッタロスのスキルは【魔剣術】だ。剣に魔法を通わせる魔剣を扱うのが基本であり、最大の威力を発揮する。

 しかし、そんなアッタロスのレベルが4に上がった時、新たに[剣魔]という能力を得た。これは剣の魔法なのだが【魔剣術】の威力上昇効果が乗るため威力が高い。

 そして【魔剣術】は剣に魔法を乗せた時に威力を上昇させる効果がある。

 では、[剣魔]を剣に通わせたらどうなるだろうか。
 威力が上昇効果が重なって、非常に強い技になるんじゃないだろうか。

 その考えが浮かんできた時、アッタロスは『出来るわけがない』と思った。剣に剣の魔法を重ねると言葉で言えば簡単だが、実現には困難が伴う。

 だが、アッタロスは取り憑かれたようにその技の開発を行なった。数々の新しい技法を習得し、編み出し、感覚だけで突き進んで、ようやくその技を実現した。

 名付けて『剣魔剣』。
 センスがないのは本人も自覚している。



 アッタロスは剣を構成する全ての分子に浸透する気持ちで魔力を流し込んだ。

 生きているかのように脈動する魔力の揺らぎを整えて、魔力と剣を完全に同化させてから[剣魔]を発動する。アッタロスの手元にキュッとした感触が発生した。剣魔剣の完成である。

 だがこれではまだ足りない。

「やはり限界を超える必要があるな⋯⋯」

 そう言ったアッタロスは覚悟を決め、剣魔剣に強引に魔力を流し込み始めた。
 見る人が見れば自滅の準備のように思うかもしれない。

 アッタロスの額には大粒の汗が発生し、顔面は蒼白になっている。魔力操作を少し間違えたら剣が爆発するだろう。

 この作業は水で一杯になった器に圧力をかけながらさらに水を継ぎ足していくようなものだ。ちょっとでも加減を間違えると終わりだ。

 だが、この土壇場で流星の冒険者は繊細な作業をやり切った。

 これから放つ技には名前はない。
 まだ一度も実戦で使ったことがないからだ。
 だが、必ず成功させる。何故だか失敗する気がしなかった。

「あいつらは俺が守る」

 アッタロスは覚悟を決めた。

 これ以上はレントゥルスがもたない。
 敵に防御されようとも叩き切るつもりだ。

 アッタロスは走り出し、剣を大きく振りかぶりながらさらにサブスキルを発動した。

「[星辰剣]」

 その剣は星の輝きを纏い、宙に鮮やかな天の川を描いた。
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