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第11章:銀級冒険者昇格編(3):騒乱

第103話:師匠ではない

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 アッタロスはその日、通常通り仕事をしていた。

 Sクラスの担当教員ではあるけれど、学校の仕事は多くない。実践的な知識を教えるために雇われている臨時講師なのだから、空き時間には訓練場をまわって生徒達に助言をすることが多い。

 その日も生徒達の希望に応えて訓練の手伝いを行い、自分の教官室に帰ってきた。そして椅子に座って一息つこうと考えた時、突然部屋の外側に鋭い魔力の気配を感じた。

 アッタロスは咄嗟に剣に手をかけた。だが、そのピリっとした空気感に覚えがあったので、すぐに力を抜いた。

「師匠ですか?」

 アッタロスがそう問いかけると、扉が開いて白銀の長い髪を垂らした男が入ってきた。

「元気そうだな、アッタロス」

「えぇ、師匠も相変わらずで」

 その男はもう老人の年齢のはずだったけれど、見た目は三十代の青年のように若々しかった。だが、その佇まいや声色には隠しきれない威厳が伴っている。

「見違えるほど顔つきが締まっているな。良いことでもあったのか?」

「多少なりとも」

「そうか。お前をこの学校に推薦して良かったよ」

「やっぱり推したのは師匠でしたか」

 男がふっと優しく微笑んだので、アッタロスも釣られて笑顔になった。
 しかしすぐにアッタロスは顔を引き締めた。この人が突然現れたのには相応の理由があるはずだからだ。

「それで師匠が直々に来るとは一体何事ですか?」

「あぁ。冒険者ギルド、軍部、そして元老院からの依頼を伝えに来た」

「穏やかじゃないですね」

「生憎な」

 厄介ごとに違いないとアッタロスは確信した。

「金級冒険者アッタロス・ペルガモンに依頼する。都市トリアス近郊でスタンピード発生の可能性が極めて高いと判明。即座に現場に向かい、事態収束に貢献せよ」

「トリアスでスタンピード? だって今トリアスでは⋯⋯」

「そうだ。銀級冒険者の昇格試験中だったが、取りやめになったと聞いた。お前の教え子が受験していたはずだ」

「あいつらも現場にいるんですか?」

「あぁ。というより、彼女らの報告が端緒となり、スタンピードの可能性が発覚したらしい」

「⋯⋯マイオルか」

 アッタロスは溌剌とした教え子の顔を思い描いた。

「金級冒険者シメネメの報告によれば、場合によっては国家級の災害に発展する懸念があるとのことだ。それゆえ、私も戦いに参加する」

「師匠もですか? というより、ギルドはまだしも何故俺に軍部や元老院まで依頼をしてきているんでしょうか」

「⋯⋯現場にはレントゥルスがいる。試験官をしているそうだ」

「あいつが?」

「あぁ。だからみんな期待しているのだ。先の魔物の大発生時にたった二人で国を救った英雄達にな」

「⋯⋯それは買い被りすぎですよ」

「お前達二人に期待を押し付けるのは悪いと思っている。だが、お前達なら何かを成してくれるのではないかと思ってしまうのは、実は私も一緒なんだ」

「師匠⋯⋯」

 男が珍しくそんなことを言ったので、アッタロスは驚いた。

「都市の防衛には私が当たる。それにペリパトスも来ると言っているから大物は奴に任せることになるだろう」

「ペリパトス様まで?」

「そうだ。だがシメネメからの報告を見る限りでは、スタンピードが起きた場合、どうにも一筋縄では行かないように私は直観している」

「あの時と同じようにですか?」

「あぁ。もしかしたらあの時以上かもしれない。その場合、私やペリパトスの手は塞がってしまうだろう。そんな時にお前達が遊軍となって戦場にいれば、戦況が変わって来るように思えてならん」

「分かりました。師匠がそこまで言うのであれば行くしかありませんね。元より、拒否権のある命令ではないですけど」

 アッタロスは目の前の男の玲瓏れいろうたる瞳を真っ直ぐ見た。

「そうか。助かるぞ、アッタロス。それじゃあ、すぐに準備を整えてギルド本部に向かってくれ。私はあと何人かに声をかけてからギルドに向かう」

「分かりました。それではお待ちしています」

 男はそのまま部屋を出て行こうとしたけれど、ふと思い立ち、振り返った。

「アッタロス、先ほどから私のことを師匠と呼んでくれているが、私はお前の師匠らしいことをしたことがない。私が教えたのではなく、お前が私を見て勝手に育ったのだ。だから、そう呼ぶ必要はない」

「俺が師匠だと思っているから良いんですよ」

「そうか。お前がそう思っているのであれば、それを咎める権利は私にはない」

 そう言って男は微笑み、部屋を出て行ってしまった。

 男は今日初めて思ったかのようにアッタロスの師匠呼びを指摘したけれど、このやりとりは百回以上行われている。抜け目ない思索家であるはずなのに、どこかぼんやりしているところがあるのがたまに傷である。

 アッタロスが『師匠』と呼ぶ男の名前はゼノン。
 冒険者の頂点に位置する偉大な魔法使いである。





 ニーナとファビウスがトリアスに着いたとき、都市は騒然としていた。先ほど冒険者ギルドからスタンピード発生の恐れがあるという声明が発表されたからだ。

 都市から離れていく馬車が多いと感じたのもこのせいだったのだろう。どこかで情報を掴んだ者達が一目散に逃げ出したのだ。

 街が混乱しているのも仕方がないとファビウスは感じた。ギルドは市民の誘導を夕方に開始するとだけ伝えて、明確な行動指針を出さなかったからだ。

 ギルドは防壁の強化と物資の購入を大々的に進めている。その動きには領主も関わっているのか、都市の兵隊も忙しなく動いている。

 ファビウスはまずギルドに向かうことにした。家族のもとに向かいたいと言う気持ちもあったれど、情報がなくてはなんともならない。

 そもそもファビウス達はセネカの昇級試験の応援に来たのだ。武闘会の戦いで負った傷から回復する時間が必要だったため、予定よりも遅れてしまった。しかし、試験は長丁場になるはずなので、間に合うはずだと急いで準備を整えてきた。

 故郷を守るために働きたいとファビウスは考えている。だが、中途半端な状態では守りたい人々を却って危険に晒す。まず必要なのは情報である。

 トリアスに帰って来てから口数の少ないニーナを連れて、ファビウスはギルドに向かった。

 ギルドが見えて来た時、ニーナが空を見上げて動かなくなった。

「ニーナ、どうしたの?」

「何か来る」

「何か?」

「うん」

 よく分からなかったけれど、ファビウスも空を見ながらニーナが動き出すのを待つことにした。

 周囲には理解できない行動でもニーナの中ではちゃんとした意味づけがされていることが多い。この状況で止まるということはそれだけの理由があるはずだとファビウスは考えた。

「ファビ君、もうすぐだよ」

 ニーナがそう言った瞬間、空がピカッと強く光った。強い光だったので何事かと周囲の人たちも空を見上げ始める。

 そのまま見ていると、今度は空が十字に裂け、青く輝き出した。周囲のざわめきが強くなる。

 ダーン!!!

 突然大きな音がしたので見てみるとギルドの前に八人の人が立っている。

 一番前にいる男は、異常に大きな十字の剣を肩に担いで不敵な笑みを浮かべている。

 誰かが呟いた。

「『十字剣』ペリパトス⋯⋯」

 ファビウスは「まさか」と思った。だが、圧倒的な存在感、そして空をも割らんばかりの絶技を放つことができるのは、その男しかいないかもしれない。

 騒然とした空気の中、優雅に歩いて前に出て来る男がいる。

「ペリパトス、お前好みの登場になったな」

 そう言ってペリパトスの肩に手を置いた。ペリパトスはその言葉には反応せず、ただただ不敵な笑みを深めただけだった。

「まさか⋯⋯」

 また誰かが言った。

 ペリパトスに馴れ馴れしい態度で話しかけている男の髪は白銀だ。そんな男も世界に一人しかいない。

「ゼノン。『時空間の探究者』までもここに来たのか」

 ファビウスは親しげに話をする二人の白金級冒険者を見ていた。

「先生だ」

「えっ?」

 ニーナが突然何か言い出した。

「アッタロス先生」

 ニーナの視線の先を辿ると表情の読めない顔をしたアッタロスが立っていた。

 二人で見ているとアッタロスの方も気付き、ツカツカと歩いて来る。周囲の人はペリパトスとゼノンのやり取りを眺めているようだ。

「ニーナ、ファビウス。二人もトリアスに来ていたのか」

「えぇ。元々セネカさんの応援に来るつもりだったのですが、来てみたらスタンピードだと言われて呆然としていたところです」

「先生は仕事だったんじゃないの? いつからここに?」

「さっき王都で招集されてな。ゼノン様の魔法でひとっ飛びだ」

「え」

 ニーナとファビウスは同時に反応した。

「そんなことよりもお前らはどうするつもりだ? 俺は今からギルドで詳しい話を聞くつもりだが、ついて来るか?」

「良いんですか?」

「マイオル達もいるだろうし、話を通してやるよ。それに、もし動く気があるんだったらトリアス出身のお前らは大きな戦力になるだろう」

「それは、私たち二人くらいの力でも必要なほどに状況が良くないということですか?」

 ニーナがそう聞くとアッタロスはまた何とも言えない顔になって言った。

「俺の予想ではな。だが、詳しい話を聞いてからじゃないと分からないさ。とにかく行こう。ペリパトス様達のパフォーマンスもこの辺りで終わりになるだろう」

 そう言ってアッタロスがギルドに向かって行ったのでファビウス達も後を追った。
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