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第10章:銀級冒険者昇格編(2):試験

第96話:天才

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 ロンドルとヌベスットが大広間の奥へと入っていくのを確認してから、シメネメは他の者達を戦いを見ることのできる場所に誘導した。

 物陰から覗くとケンタウロスの姿が見えてくる。セネカがニーナ達から聞いた通り、この洞窟のケンタウロスは身体が通常よりも小さめだ。上半身は人型だけれど肌はまるで馬で、手には棍棒のような武器を持っている。

 ケンタウロスは、通常、平野や草原に生息しているが、トリアス周辺ではこの洞窟にしかいない。大昔に草原を追われて洞窟に移り住んだという説があるけれど真偽不明だとファビウスが話していた。

 洞窟による生活が長くなったためか、このケンタウロスの亜種は持久力がほとんどないそうだ。その代わりに瞬発力が非常に高くて力も強いとセネカは聞いた。序盤にラッシュを仕掛けてくるので、それをしのぎ、へばったところを倒すのが正攻法なのだという。





 ロンドルとヌベスットは堂々とケンタウロスの前に立ち、一対一の状況を作ろうと調整を行っている。二人が呼吸を合わせて二匹を分断させた後、それぞれの戦いが始まった。

 セネカは武器が気になったのでヌベスットの方に注目することにした。
 ヌベスットは曲剣を手に持っている。動きは滑らかでスルスルという擬音が合いそうだ。
 ケンタウロスは序盤から決死の勢いで攻撃を仕掛けているが、苛烈な連続攻撃をヌベスットが謎の流麗さで捌いている。

 ヌベスットが攻撃を躱し続けていると、次第にケンタウロスは大きい動作の技を入れてくるようになった。疲れてきたのか棍棒も大振りになり、体当たりの狙いも粗い。
 セネカがそう感じた瞬間、ヌベスットはケンタウロスの懐にヌッと入り込み、剣を振った。スパッと気持ちの良い音がしたと思ったら、腰のあたりから血が吹き出し、ケンタウロスは倒れた。
 ヌベスットはすかさず接近して、頭に剣を突き刺し、トドメを刺した。

 華麗な戦いだった。心の中で賛辞を送りながらセネカはロンドルの戦いに目線を切り替えようとした。
 その時、前方に立っていたシメネメから声が聞こえてきた。

「もう一匹ケンタウロスがこちらに向かっているようだな。戦いたい者はいるか?」

 シメネメはどうやってケンタウロスの動きを察知しているのだろうと思いながら、セネカは反射的に手を挙げた。





 そこにいた全ての人間がセネカに注目していた。

 ロンドルはヌベスットに続いて速やかにケンタウロスを討伐し、死体を広間の端へと動かしてから退いた。場を荒らしたままだと減点されるかもしれないと考えたのでセネカが飛び出してきた段階で速やかに撤収することを決めた。

 ロンドルはセネカがどんな戦いを見せるのか興味津々だった。情報通りひたすらに耐えて相手が力尽きるのを待つのも良い。負けん気を発揮してケンタウロスに先制攻撃を仕掛けるのも良い。年少者に対する嫉妬心もあるけれど、その才気を見せつけてほしいという気持ちをロンドルは持っていた。

 少し経つとけたたましい足音が聞こえ、ケンタウロスが広間に入ってきた。
 そしてケンタウロスはセネカに向かって真っ直ぐ突撃し、猛烈なラッシュを始めた。

 セネカはそんなケンタウロスの攻撃を耐えることにしたようだ。
 脚を使って巧みに捌き、良い位置を取り続けている。体勢が崩れないので危なげがない。その動きを見るだけで、彼女が類稀なる戦闘センスを持つことがロンドルには分かった。

 勇猛果敢な強さではなくて、確固とした基礎の上に成り立つ堅実な強さ。それをロンドルは感じ取った。まだまだ粗いところもあるけれど、これがあのエリート学校の天才かとロンドルは感心した。

 誰もが目の前の耐久戦をゆっくり見させてもらおうと肩の力を抜いた時、セネカが反撃を始めた。

「えっ」

 思わず声を出してしまったのはロンドルだ。

 ロンドルは何度かここのケンタウロスと戦ったことがある。ひたすらに耐える以外の戦い方を試したことがあるけれど、結局相手の消耗を待つのが最も良いと結論づけた。特に、ケンタウロスがラッシュを始めた後は受け側が攻撃をする隙などなく、無理をすると崩れてしまう。

 しかし、セネカはケンタウロスの攻撃の合間に刀を振り、小さくない傷を与えている。その動きに無理があるようにも見えず、安定している。

 なんでセネカの反撃が成立するのかロンドルには分からなかった。もしかしたらロンドルには意識できないほどの小さい隙があるのかもしれないけれど、そこを突くには針の穴を通すような絶妙な技術が求められるはずだ。

「化け物だ⋯⋯」

 隣にいるヌベスットの呟きがロンドルに聞こえてくる。ロンドルも内心では同じ気持ちだった。

 天才冒険者だと聞いて、強力なスキルを使うか、さもなければ恵まれた身体能力を活かした戦いでもすると思っていた。つまりは力押しだ。だが、セネカの戦い方は技巧に満ちている。繊細な技能を精緻に運用して確実に敵を追い詰めている。

 ロンドルは自分が打ちのめされそうになっていることに気がついた。どんな才気に溢れた者が来ようとも経験で負ける気はなかった。長い年月をかけて培った技能を駆使すれば、上回れる部分があるだろうという自信があった。

 だけど、細い攻めを繰り返すセネカの戦い方はロンドルの老獪ろうかいさを上回っているように見える。技能を磨けば、ただ守るだけではなく反撃する方法もあるんだよと見せつけられているような気持ちになる。

 ロンドルは洞窟の無機質な天井を仰ぎ見た。
 認めるしかないだろう。
 彼女は本物だ。
 本物の天才がやってきた。
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