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第8章:王立冒険者学校編(2)

第73話:単純に考えた

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 セクンダは『宵星』というパーティのリーダーをしている。

 二年のAクラスの学生で、前期にレベル2になった。スキル、判断力、指揮能力、全てにおいて高い水準の技能を保持しており、来年度にはSクラスに上がるだろうと噂されている。

 彼女のスキルは【補助魔法】だ。
 味方の能力や耐性を上昇させることで、パーティの能力を底上げする。

 セクンダの巧みな魔法により、パーティの実力は一段も二段も上昇すると言われている。

 そんなセクンダのレベルが上がった時、[回復付与]というサブスキルを覚えた。この補助魔法を受けた者は、常時回復状態になり、軽微な傷であればすぐに治ってしまう。

 セクンダはバッファーとして破格の能力を得た。
 
 元々、応急処置には秀でていた。
 役割上、最前で戦うことは少ないので、消耗度の高い仲間を支えることが多かった。何か出来ることはないかと考えた結果、処置を覚えることにしたのだ。

 すると、学べば学ぶほど奥が深いことに気づくようになった。

 同じポーションで怪我を治すにしても、前処理の仕方によって効率が微妙に違う。それは回復力の増大とポーションの節約に繋がるので、セクンダはどんどんのめり込んで行った。

 その上で、自動回復の能力を得たのだ。『宵星』の継戦能力はこれまで以上に高まり、王立冒険者学校の中でも屈指となった。

 セクンダは自分がまだまだ未熟だという自覚がある。
 【補助魔法】には可能性があり、運用を磨けば格上の敵にも勝つこと出来るだろう。
 応急処置の方も学ぶべきことはいくらでもある。最近は薬草の勉強に力を入れていて、その場にある素材を用いて怪我の処置ができるような対策を練るつもりだ。

 戦闘時と非戦闘時のどちらの補助も極めてみたい。セクンダはそんな願いを持ちながら日々を過ごしていた。

 そんな時、セクンダに会いに来た後輩がいた。セネカだった。

 セクンダは当然セネカのことを知っていた。
 セネカは『異端児』、『ぼんやり姫』、『剣の妖精』など様々に評されている。

 二十年ぶりに五人もの特待生が現れた学年の中で、抜きん出た実力を持っていると言われているが、外見からは想像がつかない。

 セネカはセクンダに応急処置について聞いてきた。スキルに合わせた処置の方法を学びたいのだという。

 セクンダは数回一緒に狩りに行くことを条件に引き受けることにした。セネカの実力に興味があったし、さまざまな人と訓練を積むことで自分が成長できると考えたのだ。





 セクンダから手解きを受けながら、セネカはさまざまな技術を学んでいた。

 中心になるのはスキル【縫う】を使った治療だが、他にもためになることがたくさんある。セネカはメモを取り、習った知識をパーティに還元している。

 セクンダともだいぶ仲良くなった。週に二日は会っていて、ご飯を一緒に食べることもある。

 セネカは朝と夜の訓練以外の時間、特に授業後の時間を使って、セクンダから習った技術を磨き続けた。

 初めの方は死んだ魔物を使って傷を縫う訓練をし続けた。縫い目が中に入る独特の縫い方を覚える必要があったけれど、セネカはすぐに習得することができた。
 魔力の糸なので後から消せば縫い目は関係ないのだが、基礎が大事なのでセネカは愚直に習った通りに覚えた。

 次に養鶏場を回って、裂傷を負った鶏をひたすら縫いまくった。傷の深さや部位によって針の形を変えたり、糸の性質を変化させたりすることを覚えた。

 養鶏場の後は大型の家畜やペットの治療をし続けた。適切な処置をした方が傷跡が残りにくいし、治癒も早いと知っている人はおり、無料で処置をして回っているセネカの噂が広がり始めた。

 セクンダの紹介で獣医をしている人たちと知り合った。多くの人は【回復魔法】や【治療】のようなスキルを持っていない。己のスキル、技術、知識を総動員して、畜産動物の医療を行っている人ばかりだった。

 中でもセネカはマニウスという男の話が好きだった。





 マニウスのスキルは【水魔法】だ。彼は多くの魔力を持たない代わりに魔力を繊細に扱うことができるようだ。マニウスの実家では牛を育てていたので、魔法を使って身体や牛舎を洗い、スキルを活かしていたそうだ。

 マニウスは時折魔法で出した水を牛に与えていた。戯れにあげてみた時に美味そうに飲んでいたからだ。

 できるだけ美味い水を飲ませてやりたいと考えて水を出しているうちに、いつのまにか水の味を変えられるようになった。

「美味い水は身体に良いはずだ」

 マニウスは何度もそう呟きながら毎日牛に自分のスキルで出した水を飲ませ続けた。

 十年が経った頃、マニウスの家の牛は特別だと評判になり始めた。
 「肉が美味い」、「乳が美味い」とみんなが言う。マニウスは誇らしい気持ちだった。

 さらに五年が経過する頃、マニウスの頭に不思議な声が響いた。

【レベル2に上昇しました。[水魔法II]が可能になりました。魔力が上昇しました。サブスキル[回復水]を獲得しました】

 それからは大変だった。

 マニウスの水を飲めば傷が治ると評判になり、さまざまな畜産動物に水を配って歩いた。

 人にも効果があったが、劇的なのは動物に対してだった。

 マニウスは牧場を嫁に任せて、獣医として働き始めた。

 セネカはこの話に勇気をもらった気がした。

 マニウスのスキルは獣医の中では珍しい。傍流のスキルと言って良いはずだ。だが、王都の獣医会では知らぬものがいないほどの実力を持っているのだという。

 傍流のスキルで冒険者の頂点を目指すセネカにとって、マニウスという存在に出会えたことはとても大きかった。





 動物に治療を行った後はヒトであった。

 週に一度、セネカは王都の治療院で半日働くことにした。縫う技術は誰よりもあったので、裂傷をはじめとして、縫う必要のありそうな怪我はセネカのところに回された。

 正直、目を背けたくなるような症状の人もいた。しかし、セネカは真正面から見据えて、決して逃げることはなかった。

 そんな経験を積んでいるうちにセネカは面白いことをいくつも学んだ。

 一つはセネカの魔法の効能だ。

 セネカはついに氷の魔法を使えるようになった。氷を一塊出す程度のものだが、これで火と氷の魔法を覚えたことになる。
 スキルなしでそんな芸当ができる人間の話は誰も聞いたことがない。

 セネカは患者の症状を見て、魔力糸に火や氷の属性を僅かに纏わせてから傷口を縫うようになった。

 傷によっては熱感があった方が落ち着く場合もあるし、打ち身で切れたような場合には冷やした方が治りが早い。

 縫い方、糸の性質、付与する魔力属性、これらを各症状によって使い分けて効果的な治療をするようになった。

 他にも、糸や針を薬剤に浸して使用するという技法があることを学んだ。

 毒を持つ植物や魔物にやられた場合に功を奏することが多く、念のためにポーションに糸を浸してから縫うという判断が下されることもあった。

 セネカは魔力糸のり方を工夫して液体を吸いやすくしたり、塗り薬が定着しやすくしたりして、技術を自分のものにしようと奮闘した。

 セネカは魔力糸に火と氷の魔力を纏わせる方法を学んだ。魔力糸に薬をつけて、回復を早くする方法を学んだ。

 次に何をするべきだろうか。

 セネカは単純に考えた。
 回復魔法を魔力糸に纏わせて縫えば話が早い。

 セネカの次の目標が定まった。





 後期の間、パーティメンバーの四人以外でセネカが最も時間を共にしたのはセクンダだった。

 セネカが習熟するにつれて、段々とセクンダの手から離れていったけれど、最初の方は二人きりで行動することが多かった。

 回復能力を魔力糸に持たせようと考えてからセネカが真っ先に相談したのもセクンダだった。

「回復付与のことを教えて欲しい? 別に良いけれど、それを聞いてどうするつもり?」

「ちょっと回復魔法に興味があって⋯⋯。回復の場合って他の補助魔法と何が違うんですか?」

「そうねぇ。私の魔法は筋力を上げたり、早く動けるようにしたりする訳だけど、回復の場合はその人に宿る生命力みたいなものを強化するイメージね」

「生命力ですか?」

「えぇ。あとは本当に感覚的なことだけれど、願いのような要素が強いわね。他の魔法は理論的に数値的に魔法を使えるのだけれど、[回復付与]はもっと抽象的で漠然としたもののように思うの」

 セネカはセクンダの言葉を何度も反芻しながら心に留め置いた。

「そう言う意味ではマニウスさんの[回復水]と似ているかもしれないわね。極端に言えば癒したいという願いを魔力を使って叶えるような、そんな印象を持つわ」

「他の魔法を使う時には願いは持たないんですか?」

「そうね。他の魔法を使うときは出来ることをしているという感覚だけど、[回復付与]を使うときは出来ないことをしているような感覚になるわ」





 セネカはセクンダと話したことを何日も何日も考えた。

 セネカにとってスキルとは、魔力を代償に出来ないことを出来るようにしてくれるものだった。

 セクンダにとっての[回復付与]はセネカと似た感覚だが、他の魔法については違っているように感じた。

『スキルとは魔力を使って願いを叶える能力のこと』

 そんな考えがセネカの頭に浮かんできた。

「私はどんな願いを叶えたいのかな」

 自分の胸に問うと返事が返ってくる。

『自分とルキウスが安心して暮らせるくらいに強くなりたい。大切な友人や仲間がどんな窮地に陥っても助けられるくらいに強くなりたい』

「⋯⋯強くなりたい」

 セネカはしみじみと口ずさんだ。

「強くなるためにはいま何が必要?」

 再び自分に問いかける。

『いまは回復魔法を使えるようになりたい』

「じゃあ、やることは決まっているね。魔力を使って回復魔法を使えるようになるっていう願いを叶えよう」

 身体のどこかに宿っている何かの存在感が突然増したようにセネカは感じた。

「レベルが上がったときみたい」

 そう言って回復魔法の練習をするセネカの顔はいつも以上に晴れやかだった。





 それからセネカはひたすらに回復魔法の訓練を続けた。
 授業を受けている時も、剣を振っている時も、間があればとにかく回復魔法を使うための努力を続けた。

 そして気がつくと、王立冒険者学校の初年が終わろうとしていた。
 前期と比べるとセネカの活躍は多くはなかった。しかし、Sクラスの模擬戦で負けることはなく、戦闘能力は向上し続けていた。

 何も知らない人々から、積極性に欠けると詰られることもあった。だが、直接的に害を受けることはなかったので、セネカはこれまで通りに生活をした。

 アッタロスに言われた訓練を続けて、技法の習得も進んでおり、戦闘能力の向上に多いに役立った。

 そんなセネカをマイオルはよく見ていた。
 プラウティアは追いかけた。
 ガイアは真似をした。

 『月下の誓い』の三人は、この後期に驚くほどの躍進を見せた。
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