59 / 186
第6章(間章):砂漠の少年編
第59話:群れ
しおりを挟む
『パドキアの岩石砂漠を渡り、その先にある渓谷の向こう側には何があるのか?』
その答えはどこにも載っていなかった。
魔導学校の図書館でもギルドの資料室でも記述は見つけられなかった。帝国地理院の調査員に聞いても渓谷の先まで行った記録はないと言う。
始めはただの好奇心だった。
砂漠の薔薇の手がかりをいくら得ようとしても見つからない。砂漠を探したっていまは落ちている訳がない。
なんの取っ掛かりもなく、どの方向に動いたら良いのか判然としない。
そんな状態が続くと段々と飽きてしまう。
長期休みが始まろうとしていたので、モフは言った。
「砂漠の薔薇のことはよく分からないからぁ、とりあえず砂漠をまっすぐ進んで行けるところまで行ってみない?」
ルキウスは特に考えもせずに返答した。
「行く行く」
◆
「モフ! 右側からも来てる! なんとか押し留めて!」
「分かったぁ!」
ルキウスとモフは三十匹ほどのリザードマンに囲まれていた。
原始的ではあるものの、彼らは武器や防具をつけている。加えて、未熟ではあるが防御係、攻撃係、投石係と役割分担をしている。
個々の戦闘力はそれほど高いわけではない。銅級冒険者のルキウスとモフであれば一対一で難なく倒せる相手である。
しかし、これだけの数に囲まれ、役割分担までされていると中々に厄介であった。
◆
モフの【綿魔法】とルキウスの【神聖魔法】を使って、二人は渓谷を強引に渡り切った。
谷には強風が吹いているため、何らかの手段で飛んだとしても無理があると聞いていたので、ルキウス達は【綿魔法】をクッションにして渓谷を降り続けた。おかげで苦労はしたものの無傷である。
巨大な渓谷を執念で渡り切った後、森林地帯に入った。その地は野草や果実が豊富で小獣もいたため、二人はゆっくりと休んだ。まるで楽園のようだとルキウスは感じた。
森林の端で体力回復につとめ、いざ調査にと入った途端、リザードマンに囲まれたのである。
リザードマンたちは「グエッ、グエッ」と鳴いて合図をしながら連携をしている。声にあまりパターンはないようなので、知能はあるがそれほど高くはないとルキウスは判断した。
しばらく戦闘を続けていると、攻撃係、防御係、投石係の中で脅威なのは投石係だとルキウスは気づいた。攻撃係や防御係にやられることはなさそうだ。
「モフ、石を優先的に弾いて! それ以外は余裕があったらカバーしてくれたら大丈夫!」
「はぁい!」
モフの景気の良い声にルキウスは気分を良くして、そのままリザードマンの群れを殲滅した。
その後、二人はさらに奥に入ろうとしたが、数十匹規模のリザードマンの群れを三つほど見かけた。それぞれ武器や防具が微妙に違ったので別の群れに見えた。全ての群れから襲われると流石に命が危ない。
汗びっしょりになりながら二人は森の端の楽園に戻った。
森林の端に簡易的な家を作って、野営地とした。それから二日間ほど様子を見ていたが、リザードマンは現れなかった。
魔物に見つからないように森林の端と中を行き来しながらよく調べると、微妙に植生が変わっている。何が原因かは分からないが、端の地帯はリザードマンの縄張りではないかもしれないと考えて、二人はゆっくり作戦を練ることにした。
渓谷を越えることができたので二人の当初の目的は達成されたはずだが、待ち望んだ冒険に胸を躍らされて、ルキウスもモフもさらに奥の世界を見たくなっていた。
◆
ルキウスとモフがパドキア魔導学校に入ってから半年が経った。
血の気の多い学生に囲まれて、学内で戦いばかりの日々が続いたけれど、ルキウスは挑んできた全員を返り討ちにすることができた。
しかし、それでもルキウスが学年で一番強いというわけではなさそうだ。幾人かの者はかなり強そうな雰囲気を出している。しかし、不思議と誰も手を出さないし、あちらからルキウスに戦いを挑んでくることもない。
よく考えると彼らは自分を『魔法使い』だと言っていた。なぜそんなことを公言するのだろうと思っていたが、どうやら戦いを避ける意図があったようだ。魔法使いは中遠距離で真価を発揮することが多いため、血の気の多い者が戦いを挑む頻度は高くない。
ルキウスとモフでは戦いを挑まれる数が圧倒的に違ったのはそこにも要因がありそうだ。
ルキウスは学校では剣術系のスキルを持っていると言っていて、魔法は使っていない。
初めは優男を力で捩じ伏せてやろうと邪な気持ちを抱いた者がルキウスに挑んだ。ルキウスは自分のことをいくらでも鍛えたいと思ったのでその戦いを受け、あっという間に相手をのした。
格好は良いけれど、弱いのでは仕方がないと思っていた少女たちは一気にルキウスに注目し始めた。女性の目が集まれば、そこを見てしまうのも男性の常である。ルキウスは目をつけられてしまい、様々な奴に挑まれた。
辟易としたこともあったし、嬉々として戦ったこともあった。全ては相手次第だ。
同学年の女の子に誘われてモフと一緒に遊びに行ったこともあった。しかし、セネカほど前向きな子も、キトほど賢い子もいなかったので、ルキウスはすぐに飽きて剣を振りに帰ってしまった。
無作法な真似をしたという自覚があったので距離ができると思ったが、なぜか逆に人気が上がってしまった。ルキウスはお手上げ状態になり、考えるのをやめた。
そんな生活を続けているとルキウスは焦りを覚えてきた。
自分が強くなっている自覚はあるが、何となくそれが表層的なものに思えて仕方がなかった。対人戦の経験は得難いものだが、根本的な強さという面では伸び悩んでいるような気がしたのだ。
ルキウスは考えた。
セネカはいま何をしているだろうか。
あのスキルで何ができるようになっているだろうか。
布を縫っているだろうか。
いや、セネカのことだ。何かとんでもないものを縫えるようになっているに違いない。
キトは何をしているだろうか。
【調合】のスキルの使い方を覚えて、相変わらず飄々と世を渡っているだろうか。
だが、もしあのキトが本気で打ち込んでいるとしたらどうだろうか。
自分のような人間はあっという間に置いてかれて、ただ下から見上げることしか出来なくなってしまうのではないだろうか。
ルキウスは自分のことはよく分からない。けれど、あの二人のことは分かっている。
英雄に近づくためには、これまでとは本質的に違う方法で努力をしなくてはならないのではないか。
そう確信した矢先にモフに砂漠の踏破を持ちかけられたので、つい乗ってしまったのだ。
◆
ルキウスとモフは森の探索を続けるかどうか話し合った。
その結果、二人はもうしばらく様子を見ることにした。
思考停止したのではなく、それが一番効果的だと判断してのことである。
ルキウスの【神聖魔法】は現時点でも万能な能力を持つ。回復や攻撃はもちろんのこと、魔力を広げて防御もできるので、万が一の場合でも時間を稼げる。
モフの【綿魔法】もかなり使い勝手が良い。どちらかといえば防御と捕獲に適した魔法であるので、逃げる際の選択肢を増やしてくれる。
加えて、二人は旅のさなかで『カプセル』という連携技を編み出している。これはモフの綿で相手を包み、ルキウスの【神聖魔法】の殻でさらに外から封じるというものだ。
試しに金級冒険者相当の教会の騎士を閉じ込めたことがあった。それだけの騎士でも破るのに時間がかかっていたので、普通の魔物なら封じ込めることができる。
時間をかけた攻めだと、この先にいる魔物たちに取り囲まれる可能性があるので、静かにササっと突撃し、問題なければまた野営に戻り、危なくなったら渓谷に逃げ込もうという算段である。
◆
ルキウスの斥候能力は、セネカよりは低くてモフよりは高い。
突発的な攻撃にも慣れているので、ルキウスが先行してモフが付いていくという形態で進む。
目的は調査だが、気まぐれに進行すると迷ってしまうので直進を意識する。
リザードマンの群れに遭遇しないまましばらく進むと、突然開けた場所に出た。
見渡すと、木や葉が不自然に高く積み上げられてた構造物がいくつもある。二人は近づいてそれらを見た。
高さは人の背を越えるくらい。枝や葉は朽ちているが、長さの揃った枝を蔓で束ねている。
「これって住居かなぁ?」
モフがそう言うので改めて見ると、ルキウスは住居に違いないと感じた。
大きな葉っぱが上の方に重ねられていた形跡があるし、入り口になるような隙間も作られている。中も空洞だ。
半分朽ちているので潰れ気味だが、今でもしっかりと中に空間がある。これは住居だろう。
「あいつらが作ったのかな?」
あいつらとはリザードマンのことである。粗末な棒剣や石斧のような武器、木の皮などの植物で作った鎧を彼らは持っていた。あれを作るだけの技術があれば、家を作ることも不可能ではないだろう。
「ここは集落だったのかもしれないね」
「うん。そうだねぇ。魔物が社会を作るってのは聞いたことがあるけれど、実際に見ると驚くもんだねぇ」
モフは言葉の割りにはあまり驚いていない様子でそう言った。
「群れによって装いも違ったし、集落ごとに徒党を組んでいるのかもしれないね」
「そだねぇ。これは非常に興味深いけれど、前のめりになりすぎると危ないかもだなぁ」
「うん。僕たちが会っていない大きい群れがあるとしたら、そこには変異種か上位種がいる可能性が高い」
「リザードマンの上位種って強力なのしかいないからなぁ。ルキウス、これは僕たちの手に余りそうだねぇ」
「うん。最低でも銀級冒険者が一人は必要だよ」
「となったら撤退しよう」
二人はスタコラサッサと森の端まで戻ってきた。
「ねぇ、モフ。結局僕たちは何をしていたのかな?」
「さぁね。でも僕たちは幸せじゃあないか。もっと強くなって、リザードマンの上位種と戦える手立てを得たらまた来よう。今回の経験が無駄になるか宝物になるのかは僕たち次第なんだからさぁ。せっかくだったら楽しいものにしよう!」
モフが珍しく饒舌に語るものだから、ルキウスは聞き入って、言葉を深く胸に刻んだ。
◆
リザードマンの森から撤退することに決めたものの、名残惜しかったので、二人は森の手前の渓谷で修行してからパドキアに帰ることにした。休みはまだ半分以上ある。
ここなら魔物は多くないし、森の周辺部に入って食料を調達することもできる。保存食はあるけれど、果実や獣を食べた方が栄養的にもずっと良い。
教会にはスキルに関する膨大な情報が蓄積されている。種類はもちろんのこと、レベルアップに関することも良く研究されている。
中でも【神聖魔法】は最上位のスキルであると見なされていて、レベルアップ方法が最も最適化されたスキルである。
先代の『破の聖女』は有名で、歴代最速の十一ヶ月と二日でレベル2に上がった。今代の『癒の聖女』は十一ヶ月と二十三日だ。
ルキウスはレベル上げだけでなくて、騎士たちとの模擬戦に力を入れていたので十三ヶ月かかった。十年経ってもレベルが上がらない人間が大半の中で、再現よくレベルを上げられる方法を確立しているのはとんでもないことである。
【神聖魔法】のレベルを上げるためにはとにかく祈ることが大事だと言われている。
女神アターナーのことを四六時中考えて、祈りを捧げれば良いらしい。ちなみにルキウスは身を入れて祈らなかったのに早くレベルが上がったのでこの行為を重要視していない。
次に大事なのは魔力操作だと言われている。神聖さのこもった魔力を操作するのがこのスキルの肝なので、それさえ出来てしまえばあらゆることが可能になる。
レベル1の時にはまず魔力操作の基本を身につける。
魔力を変質させて身体に纏わせることが大事だと教わって、ひたすらその訓練をする。これができると防御力が上がるので、上位騎士からの攻撃を長時間受けることができるようになる。
上位騎士の攻撃を凌ぐことは質の高い熟練度を稼ぐことにつながるので、効率的なレベルアップが可能だそうだ。
ルキウスはこの方法でレベル2に上がり、サブスキル[鎧]を得た。
次の段階では、身体に纏わせた魔力を身体から離す鍛錬をする。これも魔力操作の習熟が必要だ。
身体から大きく離すことができるようになったら、出来た魔力の壁を上位騎士に殴らせているとレベル3になれるそうだ。この時、[結界]というサブスキルを得られるらしい。
ルキウスはつまらないと感じていた。
レベルを上げる大事さは痛感しているが、偉い騎士達にずーっと殴らせているだけの訓練である。レベルは上昇しても目指す強さは手に入らないとルキウスは思った。
なので効率が悪いのは承知で、ルキウスは普通に騎士達と稽古をさせてもらったし、魔力で防御するような訓練はやらないことにした。
まずは自分のやり方で数年鍛えてみて、行き詰まったら教会のやり方に従えば良い。それで何年か遅れたとしても、一般的に考えたら十分に早い。
今代の聖女に聞いた話によれば、レベル3になった後はその人の適正によって訓練を変えるのが良いようだ。しかし、『破邪』が重要になるので、呪物を浄化し続ける訓練はした方が良いと教えてもらった。
今代の聖女はレベル4になる時に固有のサブスキル[癒]を手に入れたため、『癒の聖女』と呼ばれるようになったと言っていた。先代の聖女もレベル4で[破]というサブスキルを得たそうだ。
「あなたは何になるのかねぇ」と何とも気の良い顔で聖女が笑っていたのを思い出し、ルキウスは何となくニコっとした。
その答えはどこにも載っていなかった。
魔導学校の図書館でもギルドの資料室でも記述は見つけられなかった。帝国地理院の調査員に聞いても渓谷の先まで行った記録はないと言う。
始めはただの好奇心だった。
砂漠の薔薇の手がかりをいくら得ようとしても見つからない。砂漠を探したっていまは落ちている訳がない。
なんの取っ掛かりもなく、どの方向に動いたら良いのか判然としない。
そんな状態が続くと段々と飽きてしまう。
長期休みが始まろうとしていたので、モフは言った。
「砂漠の薔薇のことはよく分からないからぁ、とりあえず砂漠をまっすぐ進んで行けるところまで行ってみない?」
ルキウスは特に考えもせずに返答した。
「行く行く」
◆
「モフ! 右側からも来てる! なんとか押し留めて!」
「分かったぁ!」
ルキウスとモフは三十匹ほどのリザードマンに囲まれていた。
原始的ではあるものの、彼らは武器や防具をつけている。加えて、未熟ではあるが防御係、攻撃係、投石係と役割分担をしている。
個々の戦闘力はそれほど高いわけではない。銅級冒険者のルキウスとモフであれば一対一で難なく倒せる相手である。
しかし、これだけの数に囲まれ、役割分担までされていると中々に厄介であった。
◆
モフの【綿魔法】とルキウスの【神聖魔法】を使って、二人は渓谷を強引に渡り切った。
谷には強風が吹いているため、何らかの手段で飛んだとしても無理があると聞いていたので、ルキウス達は【綿魔法】をクッションにして渓谷を降り続けた。おかげで苦労はしたものの無傷である。
巨大な渓谷を執念で渡り切った後、森林地帯に入った。その地は野草や果実が豊富で小獣もいたため、二人はゆっくりと休んだ。まるで楽園のようだとルキウスは感じた。
森林の端で体力回復につとめ、いざ調査にと入った途端、リザードマンに囲まれたのである。
リザードマンたちは「グエッ、グエッ」と鳴いて合図をしながら連携をしている。声にあまりパターンはないようなので、知能はあるがそれほど高くはないとルキウスは判断した。
しばらく戦闘を続けていると、攻撃係、防御係、投石係の中で脅威なのは投石係だとルキウスは気づいた。攻撃係や防御係にやられることはなさそうだ。
「モフ、石を優先的に弾いて! それ以外は余裕があったらカバーしてくれたら大丈夫!」
「はぁい!」
モフの景気の良い声にルキウスは気分を良くして、そのままリザードマンの群れを殲滅した。
その後、二人はさらに奥に入ろうとしたが、数十匹規模のリザードマンの群れを三つほど見かけた。それぞれ武器や防具が微妙に違ったので別の群れに見えた。全ての群れから襲われると流石に命が危ない。
汗びっしょりになりながら二人は森の端の楽園に戻った。
森林の端に簡易的な家を作って、野営地とした。それから二日間ほど様子を見ていたが、リザードマンは現れなかった。
魔物に見つからないように森林の端と中を行き来しながらよく調べると、微妙に植生が変わっている。何が原因かは分からないが、端の地帯はリザードマンの縄張りではないかもしれないと考えて、二人はゆっくり作戦を練ることにした。
渓谷を越えることができたので二人の当初の目的は達成されたはずだが、待ち望んだ冒険に胸を躍らされて、ルキウスもモフもさらに奥の世界を見たくなっていた。
◆
ルキウスとモフがパドキア魔導学校に入ってから半年が経った。
血の気の多い学生に囲まれて、学内で戦いばかりの日々が続いたけれど、ルキウスは挑んできた全員を返り討ちにすることができた。
しかし、それでもルキウスが学年で一番強いというわけではなさそうだ。幾人かの者はかなり強そうな雰囲気を出している。しかし、不思議と誰も手を出さないし、あちらからルキウスに戦いを挑んでくることもない。
よく考えると彼らは自分を『魔法使い』だと言っていた。なぜそんなことを公言するのだろうと思っていたが、どうやら戦いを避ける意図があったようだ。魔法使いは中遠距離で真価を発揮することが多いため、血の気の多い者が戦いを挑む頻度は高くない。
ルキウスとモフでは戦いを挑まれる数が圧倒的に違ったのはそこにも要因がありそうだ。
ルキウスは学校では剣術系のスキルを持っていると言っていて、魔法は使っていない。
初めは優男を力で捩じ伏せてやろうと邪な気持ちを抱いた者がルキウスに挑んだ。ルキウスは自分のことをいくらでも鍛えたいと思ったのでその戦いを受け、あっという間に相手をのした。
格好は良いけれど、弱いのでは仕方がないと思っていた少女たちは一気にルキウスに注目し始めた。女性の目が集まれば、そこを見てしまうのも男性の常である。ルキウスは目をつけられてしまい、様々な奴に挑まれた。
辟易としたこともあったし、嬉々として戦ったこともあった。全ては相手次第だ。
同学年の女の子に誘われてモフと一緒に遊びに行ったこともあった。しかし、セネカほど前向きな子も、キトほど賢い子もいなかったので、ルキウスはすぐに飽きて剣を振りに帰ってしまった。
無作法な真似をしたという自覚があったので距離ができると思ったが、なぜか逆に人気が上がってしまった。ルキウスはお手上げ状態になり、考えるのをやめた。
そんな生活を続けているとルキウスは焦りを覚えてきた。
自分が強くなっている自覚はあるが、何となくそれが表層的なものに思えて仕方がなかった。対人戦の経験は得難いものだが、根本的な強さという面では伸び悩んでいるような気がしたのだ。
ルキウスは考えた。
セネカはいま何をしているだろうか。
あのスキルで何ができるようになっているだろうか。
布を縫っているだろうか。
いや、セネカのことだ。何かとんでもないものを縫えるようになっているに違いない。
キトは何をしているだろうか。
【調合】のスキルの使い方を覚えて、相変わらず飄々と世を渡っているだろうか。
だが、もしあのキトが本気で打ち込んでいるとしたらどうだろうか。
自分のような人間はあっという間に置いてかれて、ただ下から見上げることしか出来なくなってしまうのではないだろうか。
ルキウスは自分のことはよく分からない。けれど、あの二人のことは分かっている。
英雄に近づくためには、これまでとは本質的に違う方法で努力をしなくてはならないのではないか。
そう確信した矢先にモフに砂漠の踏破を持ちかけられたので、つい乗ってしまったのだ。
◆
ルキウスとモフは森の探索を続けるかどうか話し合った。
その結果、二人はもうしばらく様子を見ることにした。
思考停止したのではなく、それが一番効果的だと判断してのことである。
ルキウスの【神聖魔法】は現時点でも万能な能力を持つ。回復や攻撃はもちろんのこと、魔力を広げて防御もできるので、万が一の場合でも時間を稼げる。
モフの【綿魔法】もかなり使い勝手が良い。どちらかといえば防御と捕獲に適した魔法であるので、逃げる際の選択肢を増やしてくれる。
加えて、二人は旅のさなかで『カプセル』という連携技を編み出している。これはモフの綿で相手を包み、ルキウスの【神聖魔法】の殻でさらに外から封じるというものだ。
試しに金級冒険者相当の教会の騎士を閉じ込めたことがあった。それだけの騎士でも破るのに時間がかかっていたので、普通の魔物なら封じ込めることができる。
時間をかけた攻めだと、この先にいる魔物たちに取り囲まれる可能性があるので、静かにササっと突撃し、問題なければまた野営に戻り、危なくなったら渓谷に逃げ込もうという算段である。
◆
ルキウスの斥候能力は、セネカよりは低くてモフよりは高い。
突発的な攻撃にも慣れているので、ルキウスが先行してモフが付いていくという形態で進む。
目的は調査だが、気まぐれに進行すると迷ってしまうので直進を意識する。
リザードマンの群れに遭遇しないまましばらく進むと、突然開けた場所に出た。
見渡すと、木や葉が不自然に高く積み上げられてた構造物がいくつもある。二人は近づいてそれらを見た。
高さは人の背を越えるくらい。枝や葉は朽ちているが、長さの揃った枝を蔓で束ねている。
「これって住居かなぁ?」
モフがそう言うので改めて見ると、ルキウスは住居に違いないと感じた。
大きな葉っぱが上の方に重ねられていた形跡があるし、入り口になるような隙間も作られている。中も空洞だ。
半分朽ちているので潰れ気味だが、今でもしっかりと中に空間がある。これは住居だろう。
「あいつらが作ったのかな?」
あいつらとはリザードマンのことである。粗末な棒剣や石斧のような武器、木の皮などの植物で作った鎧を彼らは持っていた。あれを作るだけの技術があれば、家を作ることも不可能ではないだろう。
「ここは集落だったのかもしれないね」
「うん。そうだねぇ。魔物が社会を作るってのは聞いたことがあるけれど、実際に見ると驚くもんだねぇ」
モフは言葉の割りにはあまり驚いていない様子でそう言った。
「群れによって装いも違ったし、集落ごとに徒党を組んでいるのかもしれないね」
「そだねぇ。これは非常に興味深いけれど、前のめりになりすぎると危ないかもだなぁ」
「うん。僕たちが会っていない大きい群れがあるとしたら、そこには変異種か上位種がいる可能性が高い」
「リザードマンの上位種って強力なのしかいないからなぁ。ルキウス、これは僕たちの手に余りそうだねぇ」
「うん。最低でも銀級冒険者が一人は必要だよ」
「となったら撤退しよう」
二人はスタコラサッサと森の端まで戻ってきた。
「ねぇ、モフ。結局僕たちは何をしていたのかな?」
「さぁね。でも僕たちは幸せじゃあないか。もっと強くなって、リザードマンの上位種と戦える手立てを得たらまた来よう。今回の経験が無駄になるか宝物になるのかは僕たち次第なんだからさぁ。せっかくだったら楽しいものにしよう!」
モフが珍しく饒舌に語るものだから、ルキウスは聞き入って、言葉を深く胸に刻んだ。
◆
リザードマンの森から撤退することに決めたものの、名残惜しかったので、二人は森の手前の渓谷で修行してからパドキアに帰ることにした。休みはまだ半分以上ある。
ここなら魔物は多くないし、森の周辺部に入って食料を調達することもできる。保存食はあるけれど、果実や獣を食べた方が栄養的にもずっと良い。
教会にはスキルに関する膨大な情報が蓄積されている。種類はもちろんのこと、レベルアップに関することも良く研究されている。
中でも【神聖魔法】は最上位のスキルであると見なされていて、レベルアップ方法が最も最適化されたスキルである。
先代の『破の聖女』は有名で、歴代最速の十一ヶ月と二日でレベル2に上がった。今代の『癒の聖女』は十一ヶ月と二十三日だ。
ルキウスはレベル上げだけでなくて、騎士たちとの模擬戦に力を入れていたので十三ヶ月かかった。十年経ってもレベルが上がらない人間が大半の中で、再現よくレベルを上げられる方法を確立しているのはとんでもないことである。
【神聖魔法】のレベルを上げるためにはとにかく祈ることが大事だと言われている。
女神アターナーのことを四六時中考えて、祈りを捧げれば良いらしい。ちなみにルキウスは身を入れて祈らなかったのに早くレベルが上がったのでこの行為を重要視していない。
次に大事なのは魔力操作だと言われている。神聖さのこもった魔力を操作するのがこのスキルの肝なので、それさえ出来てしまえばあらゆることが可能になる。
レベル1の時にはまず魔力操作の基本を身につける。
魔力を変質させて身体に纏わせることが大事だと教わって、ひたすらその訓練をする。これができると防御力が上がるので、上位騎士からの攻撃を長時間受けることができるようになる。
上位騎士の攻撃を凌ぐことは質の高い熟練度を稼ぐことにつながるので、効率的なレベルアップが可能だそうだ。
ルキウスはこの方法でレベル2に上がり、サブスキル[鎧]を得た。
次の段階では、身体に纏わせた魔力を身体から離す鍛錬をする。これも魔力操作の習熟が必要だ。
身体から大きく離すことができるようになったら、出来た魔力の壁を上位騎士に殴らせているとレベル3になれるそうだ。この時、[結界]というサブスキルを得られるらしい。
ルキウスはつまらないと感じていた。
レベルを上げる大事さは痛感しているが、偉い騎士達にずーっと殴らせているだけの訓練である。レベルは上昇しても目指す強さは手に入らないとルキウスは思った。
なので効率が悪いのは承知で、ルキウスは普通に騎士達と稽古をさせてもらったし、魔力で防御するような訓練はやらないことにした。
まずは自分のやり方で数年鍛えてみて、行き詰まったら教会のやり方に従えば良い。それで何年か遅れたとしても、一般的に考えたら十分に早い。
今代の聖女に聞いた話によれば、レベル3になった後はその人の適正によって訓練を変えるのが良いようだ。しかし、『破邪』が重要になるので、呪物を浄化し続ける訓練はした方が良いと教えてもらった。
今代の聖女はレベル4になる時に固有のサブスキル[癒]を手に入れたため、『癒の聖女』と呼ばれるようになったと言っていた。先代の聖女もレベル4で[破]というサブスキルを得たそうだ。
「あなたは何になるのかねぇ」と何とも気の良い顔で聖女が笑っていたのを思い出し、ルキウスは何となくニコっとした。
10
お気に入りに追加
592
あなたにおすすめの小説
異世界でチート能力貰えるそうなので、のんびり牧場生活(+α)でも楽しみます
ユーリ
ファンタジー
仕事帰り。毎日のように続く多忙ぶりにフラフラしていたら突然訪れる衝撃。
何が起こったのか分からないうちに意識を失くし、聞き覚えのない声に起こされた。
生命を司るという女神に、自分が死んだことを聞かされ、別の世界での過ごし方を聞かれ、それに答える
そして気がつけば、広大な牧場を経営していた
※不定期更新。1話ずつ完成したら更新して行きます。
7/5誤字脱字確認中。気づいた箇所あればお知らせください。
5/11 お気に入り登録100人!ありがとうございます!
8/1 お気に入り登録200人!ありがとうございます!
異世界召喚された回復術士のおっさんは勇者パーティから追い出されたので子どもの姿で旅をするそうです
かものはし
ファンタジー
この力は危険だからあまり使わないようにしよう――。
そんな風に考えていたら役立たずのポンコツ扱いされて勇者パーティから追い出された保井武・32歳。
とりあえず腹が減ったので近くの町にいくことにしたがあの勇者パーティにいた自分の顔は割れてたりする?
パーティから追い出されたなんて噂されると恥ずかしいし……。そうだ別人になろう。
そんなこんなで始まるキュートな少年の姿をしたおっさんの冒険譚。
目指すは復讐? スローライフ? ……それは誰にも分かりません。
とにかく書きたいことを思いつきで進めるちょっとえっちな珍道中、はじめました。
理想とは違うけど魔法の収納庫は稼げるから良しとします
水野忍舞
ファンタジー
英雄になるのを誓い合った幼馴染たちがそれぞれ戦闘向きのスキルを身に付けるなか、俺は魔法の収納庫を手に入れた。
わりと便利なスキルで喜んでいたのだが幼馴染たちは不満だったらしく色々言ってきたのでその場から立ち去った。
お金を稼ぐならとても便利なスキルじゃないかと今は思っています。
*****
ざまぁ要素はないです
称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~
しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」
病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?!
女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。
そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!?
そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?!
しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。
異世界転生の王道を行く最強無双劇!!!
ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!!
小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!
おいしい狩猟生活
エレメンタルマスター鈴木
ファンタジー
幼い頃から祖父の趣味に付き合わされ、自身も大の狩猟好きになってしまった、主人公の狩生玄夜(かりゅうげんや)は、休暇を利用して、いつもの様に狩猟目的の海外旅行に出る。
しかし、今度の旅行は一味違った。
これは、乗っていた飛行機ごと異世界に集団転移し、嘆き悲しむ周囲の人間が多い中、割りと楽しみながら狩猟生活に挑む、そんな主人公のサバイバルレポートである。
【注意】
現実では、自宅の庭に侵入した野生生物以外は全て、狩猟するには許可が必要です。
また、大型野生生物の殆どは絶滅危惧種指定の保護対象です。絶対に真似をしないで下さい。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
狩猟が始まるのは十話辺りからになります。それまで長々と説明回が続きますが、ご容赦下さい。
※ が付いている回にはステータス表記があります。
この作品には間違った知識、古くて現在では効率の悪い知識などが含まれる場合があります。
あくまでもフィクションですので、真に受けない様に御願いします。
この作品には性暴力や寝取られ要素は一切ありません。
作者にとって初の作品となります。誤字脱字や矛盾点、文法の間違い等が多々あると思いますが、ご指摘頂けた場合はなるべく早く修正できるように致します。 どうぞ宜しくお願いします。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
勇者召喚おまけ付き ~チートはメガネで私がおまけ~
渡琉兎
ファンタジー
大和明日香(やまとあすか)は日本で働く、ごく普通の会社員だ。
しかし、入ったコンビニの駐車場で突如として光に包まれると、気づけば異世界の城の大広間に立っていた。
勇者召喚で召喚したのだと、マグノリア王国の第一王子であるアルディアン・マグノリアは四人の召喚者を大歓迎。
ところが、召喚されたのは全部で五人。
明日香以外の四人は駐車場でたむろしていた顔見知りなので、巻き込まれたのが自分であると理解した明日香は憤りを覚えてしまう。
元の世界に戻れないと聞かされて落ち込んでしまうが、すぐにこちらで生きていくために動き出す。
その中で気づかなかったチート能力に気づき、明日香は異世界で新たな生活を手に入れることになる。
一方で勇者と認定された四人は我がままし放題の生活を手にして……。
※アルファポリス、カクヨム、なろうで投稿しています。
異世界キャンパー~無敵テントで気ままなキャンプ飯スローライフ?
夢・風魔
ファンタジー
仕事の疲れを癒すためにソロキャンを始めた神楽拓海。
気づけばキャンプグッズ一式と一緒に、見知らぬ森の中へ。
落ち着くためにキャンプ飯を作っていると、そこへ四人の老人が現れた。
彼らはこの世界の神。
キャンプ飯と、見知らぬ老人にも親切にするタクミを気に入った神々は、彼に加護を授ける。
ここに──伝説のドラゴンをもぶん殴れるテントを手に、伝説のドラゴンの牙すら通さない最強の肉体を得たキャンパーが誕生する。
「せっかく異世界に来たんなら、仕事のことも忘れて世界中をキャンプしまくろう!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる