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第6章(間章):砂漠の少年編

第59話:群れ

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『パドキアの岩石砂漠を渡り、その先にある渓谷の向こう側には何があるのか?』

 その答えはどこにも載っていなかった。

 魔導学校の図書館でもギルドの資料室でも記述は見つけられなかった。帝国地理院の調査員に聞いても渓谷の先まで行った記録はないと言う。

 始めはただの好奇心だった。

 砂漠の薔薇の手がかりをいくら得ようとしても見つからない。砂漠を探したっていまは落ちている訳がない。

 なんの取っ掛かりもなく、どの方向に動いたら良いのか判然としない。

 そんな状態が続くと段々と飽きてしまう。

 長期休みが始まろうとしていたので、モフは言った。

「砂漠の薔薇のことはよく分からないからぁ、とりあえず砂漠をまっすぐ進んで行けるところまで行ってみない?」

 ルキウスは特に考えもせずに返答した。

「行く行く」





「モフ! 右側からも来てる! なんとか押し留めて!」

「分かったぁ!」

 ルキウスとモフは三十匹ほどのリザードマンに囲まれていた。
 原始的ではあるものの、彼らは武器や防具をつけている。加えて、未熟ではあるが防御係、攻撃係、投石係と役割分担をしている。

 個々の戦闘力はそれほど高いわけではない。銅級冒険者のルキウスとモフであれば一対一で難なく倒せる相手である。

 しかし、これだけの数に囲まれ、役割分担までされていると中々に厄介であった。





 モフの【綿魔法】とルキウスの【神聖魔法】を使って、二人は渓谷を強引に渡り切った。
 谷には強風が吹いているため、何らかの手段で飛んだとしても無理があると聞いていたので、ルキウス達は【綿魔法】をクッションにして渓谷を降り続けた。おかげで苦労はしたものの無傷である。

 巨大な渓谷を執念で渡り切った後、森林地帯に入った。その地は野草や果実が豊富で小獣もいたため、二人はゆっくりと休んだ。まるで楽園のようだとルキウスは感じた。
 森林の端で体力回復につとめ、いざ調査にと入った途端、リザードマンに囲まれたのである。

 リザードマンたちは「グエッ、グエッ」と鳴いて合図をしながら連携をしている。声にあまりパターンはないようなので、知能はあるがそれほど高くはないとルキウスは判断した。

 しばらく戦闘を続けていると、攻撃係、防御係、投石係の中で脅威なのは投石係だとルキウスは気づいた。攻撃係や防御係にやられることはなさそうだ。

「モフ、石を優先的に弾いて! それ以外は余裕があったらカバーしてくれたら大丈夫!」

「はぁい!」

 モフの景気の良い声にルキウスは気分を良くして、そのままリザードマンの群れを殲滅した。

 その後、二人はさらに奥に入ろうとしたが、数十匹規模のリザードマンの群れを三つほど見かけた。それぞれ武器や防具が微妙に違ったので別の群れに見えた。全ての群れから襲われると流石に命が危ない。
 汗びっしょりになりながら二人は森の端の楽園に戻った。

 森林の端に簡易的な家を作って、野営地とした。それから二日間ほど様子を見ていたが、リザードマンは現れなかった。

 魔物に見つからないように森林の端と中を行き来しながらよく調べると、微妙に植生が変わっている。何が原因かは分からないが、端の地帯はリザードマンの縄張りではないかもしれないと考えて、二人はゆっくり作戦を練ることにした。

 渓谷を越えることができたので二人の当初の目的は達成されたはずだが、待ち望んだ冒険に胸を躍らされて、ルキウスもモフもさらに奥の世界を見たくなっていた。





 ルキウスとモフがパドキア魔導学校に入ってから半年が経った。

 血の気の多い学生に囲まれて、学内で戦いばかりの日々が続いたけれど、ルキウスは挑んできた全員を返り討ちにすることができた。
 しかし、それでもルキウスが学年で一番強いというわけではなさそうだ。幾人かの者はかなり強そうな雰囲気を出している。しかし、不思議と誰も手を出さないし、あちらからルキウスに戦いを挑んでくることもない。

 よく考えると彼らは自分を『魔法使い』だと言っていた。なぜそんなことを公言するのだろうと思っていたが、どうやら戦いを避ける意図があったようだ。魔法使いは中遠距離で真価を発揮することが多いため、血の気の多い者が戦いを挑む頻度は高くない。

 ルキウスとモフでは戦いを挑まれる数が圧倒的に違ったのはそこにも要因がありそうだ。
 ルキウスは学校では剣術系のスキルを持っていると言っていて、魔法は使っていない。

 初めは優男を力で捩じ伏せてやろうと邪な気持ちを抱いた者がルキウスに挑んだ。ルキウスは自分のことをいくらでも鍛えたいと思ったのでその戦いを受け、あっという間に相手をのした。

 格好は良いけれど、弱いのでは仕方がないと思っていた少女たちは一気にルキウスに注目し始めた。女性の目が集まれば、そこを見てしまうのも男性の常である。ルキウスは目をつけられてしまい、様々な奴に挑まれた。
 辟易へきえきとしたこともあったし、嬉々として戦ったこともあった。全ては相手次第だ。

 同学年の女の子に誘われてモフと一緒に遊びに行ったこともあった。しかし、セネカほど前向きな子も、キトほど賢い子もいなかったので、ルキウスはすぐに飽きて剣を振りに帰ってしまった。

 無作法な真似をしたという自覚があったので距離ができると思ったが、なぜか逆に人気が上がってしまった。ルキウスはお手上げ状態になり、考えるのをやめた。

 そんな生活を続けているとルキウスは焦りを覚えてきた。
 自分が強くなっている自覚はあるが、何となくそれが表層的なものに思えて仕方がなかった。対人戦の経験は得難いものだが、根本的な強さという面では伸び悩んでいるような気がしたのだ。

 ルキウスは考えた。

 セネカはいま何をしているだろうか。
 あのスキルで何ができるようになっているだろうか。
 布を縫っているだろうか。
 いや、セネカのことだ。何かとんでもないものを縫えるようになっているに違いない。

 キトは何をしているだろうか。
 【調合】のスキルの使い方を覚えて、相変わらず飄々と世を渡っているだろうか。
 だが、もしあのキトが本気で打ち込んでいるとしたらどうだろうか。
 自分のような人間はあっという間に置いてかれて、ただ下から見上げることしか出来なくなってしまうのではないだろうか。

 ルキウスは自分のことはよく分からない。けれど、あの二人のことは分かっている。

 英雄に近づくためには、これまでとは本質的に違う方法で努力をしなくてはならないのではないか。

 そう確信した矢先にモフに砂漠の踏破を持ちかけられたので、つい乗ってしまったのだ。





 ルキウスとモフは森の探索を続けるかどうか話し合った。
 その結果、二人はもうしばらく様子を見ることにした。
 思考停止したのではなく、それが一番効果的だと判断してのことである。

 ルキウスの【神聖魔法】は現時点でも万能な能力を持つ。回復や攻撃はもちろんのこと、魔力を広げて防御もできるので、万が一の場合でも時間を稼げる。

 モフの【綿魔法】もかなり使い勝手が良い。どちらかといえば防御と捕獲に適した魔法であるので、逃げる際の選択肢を増やしてくれる。

 加えて、二人は旅のさなかで『カプセル』という連携技を編み出している。これはモフの綿で相手を包み、ルキウスの【神聖魔法】の殻でさらに外から封じるというものだ。
 試しに金級冒険者相当の教会の騎士を閉じ込めたことがあった。それだけの騎士でも破るのに時間がかかっていたので、普通の魔物なら封じ込めることができる。

 時間をかけた攻めだと、この先にいる魔物たちに取り囲まれる可能性があるので、静かにササっと突撃し、問題なければまた野営に戻り、危なくなったら渓谷に逃げ込もうという算段である。





 ルキウスの斥候能力は、セネカよりは低くてモフよりは高い。
 突発的な攻撃にも慣れているので、ルキウスが先行してモフが付いていくという形態で進む。

 目的は調査だが、気まぐれに進行すると迷ってしまうので直進を意識する。

 リザードマンの群れに遭遇しないまましばらく進むと、突然開けた場所に出た。
 見渡すと、木や葉が不自然に高く積み上げられてた構造物がいくつもある。二人は近づいてそれらを見た。

 高さは人の背を越えるくらい。枝や葉は朽ちているが、長さの揃った枝をつるで束ねている。

「これって住居かなぁ?」

 モフがそう言うので改めて見ると、ルキウスは住居に違いないと感じた。
 大きな葉っぱが上の方に重ねられていた形跡があるし、入り口になるような隙間も作られている。中も空洞だ。
 半分朽ちているので潰れ気味だが、今でもしっかりと中に空間がある。これは住居だろう。

「あいつらが作ったのかな?」

 あいつらとはリザードマンのことである。粗末な棒剣や石斧のような武器、木の皮などの植物で作った鎧を彼らは持っていた。あれを作るだけの技術があれば、家を作ることも不可能ではないだろう。

「ここは集落だったのかもしれないね」

「うん。そうだねぇ。魔物が社会を作るってのは聞いたことがあるけれど、実際に見ると驚くもんだねぇ」

 モフは言葉の割りにはあまり驚いていない様子でそう言った。

「群れによって装いも違ったし、集落ごとに徒党を組んでいるのかもしれないね」

「そだねぇ。これは非常に興味深いけれど、前のめりになりすぎると危ないかもだなぁ」

「うん。僕たちが会っていない大きい群れがあるとしたら、そこには変異種か上位種がいる可能性が高い」

「リザードマンの上位種って強力なのしかいないからなぁ。ルキウス、これは僕たちの手に余りそうだねぇ」

「うん。最低でも銀級冒険者が一人は必要だよ」

「となったら撤退しよう」

 二人はスタコラサッサと森の端まで戻ってきた。

「ねぇ、モフ。結局僕たちは何をしていたのかな?」

「さぁね。でも僕たちは幸せじゃあないか。もっと強くなって、リザードマンの上位種と戦える手立てを得たらまた来よう。今回の経験が無駄になるか宝物になるのかは僕たち次第なんだからさぁ。せっかくだったら楽しいものにしよう!」

 モフが珍しく饒舌に語るものだから、ルキウスは聞き入って、言葉を深く胸に刻んだ。





 リザードマンの森から撤退することに決めたものの、名残惜しかったので、二人は森の手前の渓谷で修行してからパドキアに帰ることにした。休みはまだ半分以上ある。

 ここなら魔物は多くないし、森の周辺部に入って食料を調達することもできる。保存食はあるけれど、果実や獣を食べた方が栄養的にもずっと良い。

 教会にはスキルに関する膨大な情報が蓄積されている。種類はもちろんのこと、レベルアップに関することも良く研究されている。
 中でも【神聖魔法】は最上位のスキルであると見なされていて、レベルアップ方法が最も最適化されたスキルである。

 先代の『破の聖女』は有名で、歴代最速の十一ヶ月と二日でレベル2に上がった。今代の『癒の聖女』は十一ヶ月と二十三日だ。

 ルキウスはレベル上げだけでなくて、騎士たちとの模擬戦に力を入れていたので十三ヶ月かかった。十年経ってもレベルが上がらない人間が大半の中で、再現よくレベルを上げられる方法を確立しているのはとんでもないことである。

 【神聖魔法】のレベルを上げるためにはとにかく祈ることが大事だと言われている。
 女神アターナーのことを四六時中考えて、祈りを捧げれば良いらしい。ちなみにルキウスは身を入れて祈らなかったのに早くレベルが上がったのでこの行為を重要視していない。

 次に大事なのは魔力操作だと言われている。神聖さのこもった魔力を操作するのがこのスキルの肝なので、それさえ出来てしまえばあらゆることが可能になる。

 レベル1の時にはまず魔力操作の基本を身につける。
 魔力を変質させて身体に纏わせることが大事だと教わって、ひたすらその訓練をする。これができると防御力が上がるので、上位騎士からの攻撃を長時間受けることができるようになる。
 上位騎士の攻撃を凌ぐことは質の高い熟練度を稼ぐことにつながるので、効率的なレベルアップが可能だそうだ。
 ルキウスはこの方法でレベル2に上がり、サブスキル[鎧]を得た。

 次の段階では、身体に纏わせた魔力を身体から離す鍛錬をする。これも魔力操作の習熟が必要だ。
 身体から大きく離すことができるようになったら、出来た魔力の壁を上位騎士に殴らせているとレベル3になれるそうだ。この時、[結界]というサブスキルを得られるらしい。

 ルキウスはつまらないと感じていた。
 レベルを上げる大事さは痛感しているが、偉い騎士達にずーっと殴らせているだけの訓練である。レベルは上昇しても目指す強さは手に入らないとルキウスは思った。
 なので効率が悪いのは承知で、ルキウスは普通に騎士達と稽古をさせてもらったし、魔力で防御するような訓練はやらないことにした。

 まずは自分のやり方で数年鍛えてみて、行き詰まったら教会のやり方に従えば良い。それで何年か遅れたとしても、一般的に考えたら十分に早い。

 今代の聖女に聞いた話によれば、レベル3になった後はその人の適正によって訓練を変えるのが良いようだ。しかし、『破邪』が重要になるので、呪物を浄化し続ける訓練はした方が良いと教えてもらった。

 今代の聖女はレベル4になる時に固有のサブスキル[癒]を手に入れたため、『癒の聖女』と呼ばれるようになったと言っていた。先代の聖女もレベル4で[破]というサブスキルを得たそうだ。

 「あなたは何になるのかねぇ」と何とも気の良い顔で聖女が笑っていたのを思い出し、ルキウスは何となくニコっとした。
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