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第3章:銅級冒険者昇格編

第30話:ラブレター

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 ノルトがそのことをシスタークレアから聞いたのは、セネカが銅級冒険者になってから一ヶ月後のことだった。

 セネカが昇級したことは知っていた。
 ギルドでも話題になっていたし、尊敬するナエウスがセネカとマイオルのことを大きく褒めていたからだ。

 だが、バエティカを出て王都に行くことになったなんて知らなかった。
 セネカは昔からバエティカで強くなると言っていた。それなのに王都に行くことにしたのは奴がいるからだろう。

「ルキウスめ」

 ノルトは拳を強く握り締め、奥歯をぐっと噛んで激情に耐えた。





 ノルトの両親は冒険者だった。
 ノルトが小さい時に魔物に殺されてしまったため、ノルトは孤児になったと聞いたことがある。

 両親の記憶は朧げだ。正直、孤児院の院長先生やシスター達の記憶と区別がつかない。なのにノルトは両親の遺志を受け継いで、冒険者になると決めていた。

 元々ノルトは身体が大きかった。わんぱく少年で、後から入ってきたピケやミッツと共に孤児院の庭ではしゃぐのが好きだった。
 大きいお兄さんやお姉さんもいたが、孤児院は平和だったのでいじめられるようなことにはならなかった。

 七歳の時、セネカとルキウスが孤児院にやってきた。
 セネカは儚げな顔をした綺麗な少女で、ルキウスは頼りなくてパッとしない奴だと思った。けれど、どちらも見当違いの印象だった。

 その頃、同年代の男友達の中で剣術勝負が流行っていた。孤児院の中でも外でも手当たり次第に試合をして、ノルトは負け知らずだった。

 ルキウスを誘うと、意外にもノリが良かったので軽い気持ちで戦ってみたら全く歯が立たなかった。
 ノルトの初の敗北である。非常に苦い思い出となった。

 だが、ノルトの心をひどく傷つけたのはその後の出来事だった。
 ルキウスとノルトが剣で遊んでいると思ったセネカがやってきて、自分も遊びたいというので立ち会ったら、セネカは目にも止まらない速さで動き、ノルトをこてんぱんにしてしまったのだ。

 その夜、ノルトは孤児院の大部屋の布団の中で静かに泣いた。

 それからは毎日のようにセネカやルキウスと戦った。ノルトが誘わなくても二人はいつも剣ばかり振っている。
 間合いがどうのこうのと言ったりしていて始めは理解できなかったが、二人のやり方を真似しているうちにノルトはどんどん強くなっていった。

 ある時からルキウスとセネカはノルト以外の子供と戦わなくなった。強くなりすぎたのだ。
 二人は良く森に狩りに行っていたし、ルキウスは衛兵や門番から剣を習っているようだった。
 ノルトは羨ましく思っていたが、毎日静かに剣の鍛錬をした。

 孤児院の近くで腕に覚えのあるものはみんなノルトに戦いを挑むようになっていた。
 ノルトは連戦連勝だ。
 周りの子供達から褒めそやされて悪い気はしなかったが、ルキウスとセネカには一向に勝てないため、複雑な気持ちのまま、笑うことしかできなかった。

 ノルトはルキウスが好きだった。セネカが好きだった。

 孤児院のエミリーには、セネカに恋をしているのだろうと良くからかわれたが、ノルト自身はよく分からなかった。
 二人のことを孤児院の仲間だと思っているし、剣を競う好敵手だとも思っている。何よりノルトの身近な目標でもあった。

 ノルトの夢はバエティカを守ることだ。
 冒険者になって街を守る。
 街が無事なら孤児院の人たちも安心して過ごせるだろうし、街に出て立派に働いている仲間達を守ることもできる。

 ルキウスやセネカ達とたまに一緒に旅に出るのも良いかもしれない。そんな風に考えたこともあった。





 時は流れて、十一歳の今、ノルトは鉄級冒険者だ。
 スキル【剣術】を磨きながら必死に冒険者としての生き方を身につけている。

 セネカを除いて、ノルト達は最も出世が早かった。ギルドの評判も良くて、様々な先輩達に可愛がられ、良いことも悪いことも少しずつ教えてもらっている。

 ノルトもピケもミッツも鍛錬を怠ったことはない。時間を見つけては己を鍛えて前進しようとしている。そんな姿が同業者に好意的に思われる要因となっている。
 けれど、三人とも最低限の訓練をしているとしか思っていなかった。だって、あのおかしな二人は孤児院に来た時からそれ以上の修行をしていたのだから。

 セネカとルキウスはいつも涼しい顔をしていた。ノルトはそれをすっとぼけだと、ずっと思っていた。
 なぜなら、顔は綺麗でも手は素振りのしすぎでボロボロだったし、脚は野道を走りすぎて切り傷だらけだったからだ。

 周りの奴らはみんな分かっていないと思っていた。あの二人の凄さは頭の良さでも、顔の綺麗さでもない。常にひたむきに努力する姿勢なのだ。
 敵わないとノルトはずっと思っていた。





 ノルトのスキルは【剣術】だ。
 正統的な戦闘のスキルで汎用性も高い。
 持っている者も多いが、極めれば誰よりも強くなれるスキルでもある。

 二百年前、【剣術】でレベル6になったと言われる人がおり、『剣神』と呼ばれている。
 ノルトは今、剣神が開祖の流派で剣術を習っている。同年代で一番強いのはノルトではないが、一番成長しているのはノルトに違いなかった。

 スキルを得てから一年以上経った。
 あの日、セネカのスキル名を聞いて、自分が守る側になれるのではないかと思い、妄言を吐いてしまった。
 スキルを獲得した高揚感で傲慢になり、つい調子に乗ってしまった。苦い経験だ。

 けれど、ノルトはあのとき吐いた言葉を訂正する気はない。周囲の人が忘れたとしても、ノルト自身は忘れないだろう。

 自分のスキルが『当たり』だと思ったノルトは、セネカのスキルを『ハズレ』だと言った。
 ノルトはその言葉が持つ罪を自覚しながらも、いつかセネカを追い越して、自分の言葉の責任を取ってやろうと必死に努力をしている。

 自分はやっぱりセネカに恋をしているのかもしれないとノルトは思った。居なくなるルキウスの代わりに自分がセネカを守ってあげられるような気持ちに、あの時はなってしまったのだろう。
 だとしたら、この努力は意地なのかもしれない。

 ふと自分の手のひらを見てみると、どこもボロボロでただれたようになっていた。





 セネカの剣は技術が素晴らしいとノルトは思っていた。
 剣筋が非常に鋭くて、間合いの取り方が格別にうまい。
 けれど、スキルがなかったらどこかで頭打ちだろう。そう思う者が多かった。

 しかし、そうではなかった。
 冷静に考えれば、あんなに小さい子供が大人の剣を振り回していたのはおかしい。柄は太くて握りは不十分だし、そもそも重い。それを異常な鍛錬で克服していたのだ。

 セネカの身体は大きくなっている。
 いつのまにか手が大きくなって、これまで以上に剣や刀をしっかり握れるようになった。筋力もついて重さに負けなくなった。
 身体の成長がやっと追いついてきた。

 ノルトは先日、セネカが闘技場で素振りをしているのを偶然目にしたが、手の内が異常に冴えていた。
 達人級とまでは言わないが、剣神流の師範代と比べても遜色がないように見えるほど澄んだ素振りだった。

 今でも脳裏にはあの時のセネカの姿が焼き付いており、いつでも思い出せる。
 おかげで鍛錬が非常に捗り、自分の剣筋も良くなっているように感じてノルトは嬉しかった。

 この話をピケにしたところ、「恋とは違う病に罹ってるね」と良い笑顔で言われたので、何となく肩を強めに叩いておいた。





 ノルトはもう分かっていた。
 セネカは雲の上の存在だ。この歳で銅級になるなんて天才中の天才に違いない。敵う訳がない。
 だが、そんなことはノルトの歩みを止める理由にはならない。

 遅くても良い。
 効率的でなくても良い。
 ただ着実に一歩を進めていく。
 それがノルトの生き方だ。

 だから、セネカが街を出ると聞いて、ノルトが筆を取ったのも自然なことだったのだ。

 紙に尊大な字で口上をしたためて封をし、『果し状』と書いてセネカの住む寮に届けたのも、彼にとっては自然なことだったのだ。





 ノルトからの書状を寮母ミントが受け取った。セネカは外出中だったのでミントはそれをマイオルに託した。
 
 受け取ったマイオルは眉を顰めた。
 大きな字で『果し状』とある。セネカがまた何かやらかしたのだろうと決めてかかって、頭が痛くなった。

 夕方になるとセネカが帰ってきた。マイオルが手紙を渡すとセネカはニコッと笑って楽しそうに開封してから読んだ。

「それ、何よ?」

 マイオルが聞くとセネカは機嫌が良さそうな声で言った。

「幼馴染からの戦いの誘いラブレター
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