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第3章:銅級冒険者昇格編
第29話:まち針
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マイオルが目を覚ましたのはひどい悪臭のせいだった。
「くさい。魔物避けのにおいだ⋯⋯」
そう呟いて身を捩ると大きな葉っぱがかけられていることに気がついた。セネカがやってくれたのだろう。
身体は疲労感でいっぱいだったが、歩けないほどではない。休息をとれば移動できるだろう。怪我の調子もひとまずは悪くない。
マイオルは【探知】を使った。
セネカとアッタロスがこちらに歩いてくるのが分かる。アッタロスがセネカに肩を借りて二人でヨタヨタ歩いてきているようだ。
しばらく待つと二人の姿が見えてきた。
マイオルは起き上がって親友を呼ぶ。
「セネカ! 無事だったのね!」
「マイオル!」
そう言って歩いてくる。
「調子は大丈夫?」
「あたしは大丈夫よ。アッタロスさんは?」
「あぁ、俺も大丈夫だ。この場所なら魔物を避けられるとセネカが言うから真っ直ぐやって来たんだ。ポーションと回復魔法を使えば必ず治る。マイオルも生きていて良かった。飛ばされた時には肝が冷えたよ」
アッタロスの顔は青ざめていていつもの覇気がない。
セネカはアッタロスを樫の木の幹にゆっくり座らせた。
「マイオルは覚えてないかもしれないけれど、信じられないくらい飛んだんだよ。落ちた場所が良かったんだろうけど、私も焦った」
「え、そんなに?」
マイオルが聞くと、回復魔法で淡く光るアッタロスは頷いた。
「そもそも何が起こったんですか?」
マイオルがそう聞いたので、アッタロスとセネカは事の経緯を詳しく説明した。マイオルは真剣に聞いた。
「つまり、あたしがサイクロプスに吹き飛ばされた後、アッタロスさんが身を挺して守ってくれたおかげで難を逃れたものの、その後、苦戦を強いられたと。セネカはあたしをおぶって逃げたけれど、朦朧とするあたしの言葉をきっかけに戦いに戻ることに決めた。そのおかげでアッタロスさんが止めを刺されるのを阻止して、なんとか胴体から斬り伏せることができたって訳だよね?」
「そうそう」
「訳わかんない⋯⋯」
セネカは軽いノリで肯定したが、マイオルは訳が分からず泣きそうな顔だった。
「そもそも、なんでそんな魔物があそこにいたんですか?」
「詳しくは分かっていないが、魔力溜まりの中に根のような空間ができて、そこに強力な魔物がいることがある。これ以上は秘匿度の高い機密だから言えないが、今回もそうだったのだろう」
アッタロスはそれを言って遠い目をした。
セネカとマイオルがじーっと見ていたのに気づいてアッタロスは話を続けた。
「上位の魔物の中には探知系スキルに敏感な魔物がいるんだ。あのサイクロプスの亜種もそのタイプだったのだろう。いま思えばマイオルのことを狙っていたのかもしれない。異常に敏捷性が高くて、力がある厄介な魔物だった。銀級上位か金級のパーティで当たるべき相手だっただろう」
マイオルは血の気が戻って来たところだったのにまた真っ白な顔になった。
「手負いの状態でそんなに強い魔物と長時間戦えるアッタロスさんって⋯⋯」
「そうだな。ちゃんと名乗っていなかったが俺はアッタロス・ペルガモン。金級冒険者だ。と言っても今は専業ではなくて、たまにこうして依頼をこなすだけだがな。命令があれば軍属の冒険者として働くこともある」
アッタロスは冒険者カードを懐から取り出した。そこには金級冒険者の証である印章が刻まれていた。
「やっぱり」
「まぁそうですよね。金級冒険者が相対する魔物と戦えるんですから」
アッタロスは頷いた。
「俺からも聞きたいことがある。セネカがサイクロプスに放ったあの技はなんだ? あんな速さでお前が動くのを俺は見たことがない。正直、あのまま激突して潰される未来しか浮かばず、目を伏せそうになったぞ」
「あれは居合い。スキルの新しい使い方を思いついたから試してみたらうまくいった」
「⋯⋯。そんなに単純なことには見えなかったのだが、まぁいい」
セネカが分かりやすく目を泳がせたので、アッタロスは気を使ってこれ以上追求しなかった。
「セネカ、マイオル、今回のことは俺の完全な落ち度だった。予めしっかり説明をしていればマイオルが怪我をすることはなかった。本当に申し訳ない。だが、二人が生きていて本当に良かった!」
アッタロスは深く頭を下げた。
二人は目を丸くして謝罪を受け入れた。
「俺とマイオルは上級ポーションを飲んで休んでいるから、セネカはサイクロプスの素材を回収してくると良い。あれだけの魔物だ、良い財産になるぞ! だが、くれぐれも気をつけてな」
セネカは目をギラギラさせてあっという間に走って行った。
◆
三人で野営地に戻った。
明日は一日しっかり休み、明後日街に帰る予定だ。
野営地に戻る道すがらマイオルは魔力溜まりを探していたが、『根』を断ったからか魔力濃度の高いものは消えてしまった。
この辺りに何が未知の要素があるようにマイオルは思ったが、アッタロスが口を閉ざしているので、言えないことなのだろうと察して質問しなかった。
夜、セネカは一人で見張りをすることになった。
見張りを立てないで過ごす手立てもあったが、疲労感はないし、身体の調子も良いので自ら買って出た。
「レベル3⋯⋯」
野営地までの道を歩いただけで、自分の身体能力が大幅に上がっていることにセネカは気づいていた。意識とのズレは生じていたものの、身体をどう使えば良いかという面でも能力が上がっているようで大きな混乱はなかった。
「[まち針]」
新たに得たサブスキルを使ってみる。すると一本の針が出現した。
針は針だが、頭の部分に赤い花型の飾りがついている。
念じてもう一本、もう二本と出すと、それぞれ黄色と緑色のまち針が出てきた。
セネカは直感的にこの能力の使い方を分かっていた。
針をすっと空間に刺して手を離すと浮いたままである。これが[まち針]の『固定』の能力のようだ。
次に、五本のまち針が宙に浮いている姿を思い浮かべて魔力を込める。すると、思い描いた通りに[まち針]が出てきた。
それらに内包されている魔力を圧縮して弾くと[魔力針]と同じように飛んでいく。これが『生成』と『射出』だ。
[まち針]に込められる魔力は少ないので、遠方からの狙撃には限界があるように感じた。しかしこの能力は【縫う】必要がないので気軽に撃ち込める。さらに、複数の針を同時に撃つことが出来るので、中近距離で面の攻撃が可能になる。
[まち針]は非常に有用なスキルだとセネカは思った。これだけで戦略の幅が大きく広がる。今は不可能だと思ったことも、熟練していけばできるようになるかもしれない。
まだ力を得たばかりだ。これからたくさん調べて、また試行錯誤をしていこうとセネカは心に決めた。
色々と検証をした後、最後に、セネカは立ち上がって刀を抜いた。
肩まで振りかぶり、昼間のように空気を【縫う】。
『キイン』
想像以上の速さで前進し、袈裟に斬った。
会心の太刀だ。
あの時ほどは魔力を込めていないが、楽に空気を【縫う】ことができる。
だが、改めてやってみてセネカは己の危うさに気がついた。
「運が良かった」
あの時は夢中だったが、この速さで動いてしまうと目標に刃を当てるのが非常に難しい。本当にただの偶然で攻撃を当てられただけで、もう一度やれと言われても無理かもしれない。目一杯に魔力を込めたので格段に速かった。
失敗していた時のことを考えてセネカはブルっとした。刀も危なかった。丁寧に扱わないと折れてしまう。
しかしそれでも勝てて良かったと思うセネカであった。
◆
翌日、マイオルとアッタロスは身体を休めながら近場で採集を行った。
セネカは一人で身体を慣らし、スキルを使って訓練した。
野営地に戻った後は、マイオルを元気づけるためにヒヨケザルの真似をして樫の木に張り付いてみたりもした。
ちなみに大好評であった。
さらに次の日、三人はバエティカに帰り、ギルドに報告をした。
基本的にはアッタロスが偉い人たちと話をしてくれたので、セネカとマイオルは軽い聞き取りをされただけだった。
サイクロプスの素材は高く売れ、二人は小金持ちになった。冒険者学校の入学に関わるお金にはもう困らない。
それからは今まで通りの普通の生活に戻った。
セネカはマイオルとキトにレベル3になったことを報告して、度肝を抜いた。
セネカの話を聞いて、キトは自分のレベルを上げたくなったが必死に我慢した。
何日か後にギルドで尋ねると、アッタロスは人知れず王都に帰ってしまったという。
寂しいような気がしたが、王都に行ったら会えると思ったので、二人はその時の楽しみにしておくことにした。
そして一週間後、銅級昇格通知と、王立冒険者学校の特待生合格通知が二人の元に届いた。
「くさい。魔物避けのにおいだ⋯⋯」
そう呟いて身を捩ると大きな葉っぱがかけられていることに気がついた。セネカがやってくれたのだろう。
身体は疲労感でいっぱいだったが、歩けないほどではない。休息をとれば移動できるだろう。怪我の調子もひとまずは悪くない。
マイオルは【探知】を使った。
セネカとアッタロスがこちらに歩いてくるのが分かる。アッタロスがセネカに肩を借りて二人でヨタヨタ歩いてきているようだ。
しばらく待つと二人の姿が見えてきた。
マイオルは起き上がって親友を呼ぶ。
「セネカ! 無事だったのね!」
「マイオル!」
そう言って歩いてくる。
「調子は大丈夫?」
「あたしは大丈夫よ。アッタロスさんは?」
「あぁ、俺も大丈夫だ。この場所なら魔物を避けられるとセネカが言うから真っ直ぐやって来たんだ。ポーションと回復魔法を使えば必ず治る。マイオルも生きていて良かった。飛ばされた時には肝が冷えたよ」
アッタロスの顔は青ざめていていつもの覇気がない。
セネカはアッタロスを樫の木の幹にゆっくり座らせた。
「マイオルは覚えてないかもしれないけれど、信じられないくらい飛んだんだよ。落ちた場所が良かったんだろうけど、私も焦った」
「え、そんなに?」
マイオルが聞くと、回復魔法で淡く光るアッタロスは頷いた。
「そもそも何が起こったんですか?」
マイオルがそう聞いたので、アッタロスとセネカは事の経緯を詳しく説明した。マイオルは真剣に聞いた。
「つまり、あたしがサイクロプスに吹き飛ばされた後、アッタロスさんが身を挺して守ってくれたおかげで難を逃れたものの、その後、苦戦を強いられたと。セネカはあたしをおぶって逃げたけれど、朦朧とするあたしの言葉をきっかけに戦いに戻ることに決めた。そのおかげでアッタロスさんが止めを刺されるのを阻止して、なんとか胴体から斬り伏せることができたって訳だよね?」
「そうそう」
「訳わかんない⋯⋯」
セネカは軽いノリで肯定したが、マイオルは訳が分からず泣きそうな顔だった。
「そもそも、なんでそんな魔物があそこにいたんですか?」
「詳しくは分かっていないが、魔力溜まりの中に根のような空間ができて、そこに強力な魔物がいることがある。これ以上は秘匿度の高い機密だから言えないが、今回もそうだったのだろう」
アッタロスはそれを言って遠い目をした。
セネカとマイオルがじーっと見ていたのに気づいてアッタロスは話を続けた。
「上位の魔物の中には探知系スキルに敏感な魔物がいるんだ。あのサイクロプスの亜種もそのタイプだったのだろう。いま思えばマイオルのことを狙っていたのかもしれない。異常に敏捷性が高くて、力がある厄介な魔物だった。銀級上位か金級のパーティで当たるべき相手だっただろう」
マイオルは血の気が戻って来たところだったのにまた真っ白な顔になった。
「手負いの状態でそんなに強い魔物と長時間戦えるアッタロスさんって⋯⋯」
「そうだな。ちゃんと名乗っていなかったが俺はアッタロス・ペルガモン。金級冒険者だ。と言っても今は専業ではなくて、たまにこうして依頼をこなすだけだがな。命令があれば軍属の冒険者として働くこともある」
アッタロスは冒険者カードを懐から取り出した。そこには金級冒険者の証である印章が刻まれていた。
「やっぱり」
「まぁそうですよね。金級冒険者が相対する魔物と戦えるんですから」
アッタロスは頷いた。
「俺からも聞きたいことがある。セネカがサイクロプスに放ったあの技はなんだ? あんな速さでお前が動くのを俺は見たことがない。正直、あのまま激突して潰される未来しか浮かばず、目を伏せそうになったぞ」
「あれは居合い。スキルの新しい使い方を思いついたから試してみたらうまくいった」
「⋯⋯。そんなに単純なことには見えなかったのだが、まぁいい」
セネカが分かりやすく目を泳がせたので、アッタロスは気を使ってこれ以上追求しなかった。
「セネカ、マイオル、今回のことは俺の完全な落ち度だった。予めしっかり説明をしていればマイオルが怪我をすることはなかった。本当に申し訳ない。だが、二人が生きていて本当に良かった!」
アッタロスは深く頭を下げた。
二人は目を丸くして謝罪を受け入れた。
「俺とマイオルは上級ポーションを飲んで休んでいるから、セネカはサイクロプスの素材を回収してくると良い。あれだけの魔物だ、良い財産になるぞ! だが、くれぐれも気をつけてな」
セネカは目をギラギラさせてあっという間に走って行った。
◆
三人で野営地に戻った。
明日は一日しっかり休み、明後日街に帰る予定だ。
野営地に戻る道すがらマイオルは魔力溜まりを探していたが、『根』を断ったからか魔力濃度の高いものは消えてしまった。
この辺りに何が未知の要素があるようにマイオルは思ったが、アッタロスが口を閉ざしているので、言えないことなのだろうと察して質問しなかった。
夜、セネカは一人で見張りをすることになった。
見張りを立てないで過ごす手立てもあったが、疲労感はないし、身体の調子も良いので自ら買って出た。
「レベル3⋯⋯」
野営地までの道を歩いただけで、自分の身体能力が大幅に上がっていることにセネカは気づいていた。意識とのズレは生じていたものの、身体をどう使えば良いかという面でも能力が上がっているようで大きな混乱はなかった。
「[まち針]」
新たに得たサブスキルを使ってみる。すると一本の針が出現した。
針は針だが、頭の部分に赤い花型の飾りがついている。
念じてもう一本、もう二本と出すと、それぞれ黄色と緑色のまち針が出てきた。
セネカは直感的にこの能力の使い方を分かっていた。
針をすっと空間に刺して手を離すと浮いたままである。これが[まち針]の『固定』の能力のようだ。
次に、五本のまち針が宙に浮いている姿を思い浮かべて魔力を込める。すると、思い描いた通りに[まち針]が出てきた。
それらに内包されている魔力を圧縮して弾くと[魔力針]と同じように飛んでいく。これが『生成』と『射出』だ。
[まち針]に込められる魔力は少ないので、遠方からの狙撃には限界があるように感じた。しかしこの能力は【縫う】必要がないので気軽に撃ち込める。さらに、複数の針を同時に撃つことが出来るので、中近距離で面の攻撃が可能になる。
[まち針]は非常に有用なスキルだとセネカは思った。これだけで戦略の幅が大きく広がる。今は不可能だと思ったことも、熟練していけばできるようになるかもしれない。
まだ力を得たばかりだ。これからたくさん調べて、また試行錯誤をしていこうとセネカは心に決めた。
色々と検証をした後、最後に、セネカは立ち上がって刀を抜いた。
肩まで振りかぶり、昼間のように空気を【縫う】。
『キイン』
想像以上の速さで前進し、袈裟に斬った。
会心の太刀だ。
あの時ほどは魔力を込めていないが、楽に空気を【縫う】ことができる。
だが、改めてやってみてセネカは己の危うさに気がついた。
「運が良かった」
あの時は夢中だったが、この速さで動いてしまうと目標に刃を当てるのが非常に難しい。本当にただの偶然で攻撃を当てられただけで、もう一度やれと言われても無理かもしれない。目一杯に魔力を込めたので格段に速かった。
失敗していた時のことを考えてセネカはブルっとした。刀も危なかった。丁寧に扱わないと折れてしまう。
しかしそれでも勝てて良かったと思うセネカであった。
◆
翌日、マイオルとアッタロスは身体を休めながら近場で採集を行った。
セネカは一人で身体を慣らし、スキルを使って訓練した。
野営地に戻った後は、マイオルを元気づけるためにヒヨケザルの真似をして樫の木に張り付いてみたりもした。
ちなみに大好評であった。
さらに次の日、三人はバエティカに帰り、ギルドに報告をした。
基本的にはアッタロスが偉い人たちと話をしてくれたので、セネカとマイオルは軽い聞き取りをされただけだった。
サイクロプスの素材は高く売れ、二人は小金持ちになった。冒険者学校の入学に関わるお金にはもう困らない。
それからは今まで通りの普通の生活に戻った。
セネカはマイオルとキトにレベル3になったことを報告して、度肝を抜いた。
セネカの話を聞いて、キトは自分のレベルを上げたくなったが必死に我慢した。
何日か後にギルドで尋ねると、アッタロスは人知れず王都に帰ってしまったという。
寂しいような気がしたが、王都に行ったら会えると思ったので、二人はその時の楽しみにしておくことにした。
そして一週間後、銅級昇格通知と、王立冒険者学校の特待生合格通知が二人の元に届いた。
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