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第3章:銅級冒険者昇格編

第27話:答えはでた

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 調査期間中、魔力濃度が高いままだった小山に三人は到着した。

 マイオルの【探知】には相変わらず高濃度の魔力が検知される。半球型の探知で見ると、地下にも飛び飛びに魔力溜まりが出来ている。しかも下に行くほど明確に魔力濃度が高いようである。

「アッタロスさん、七個の魔力溜まりが地下にあり、下の方に行くほど魔力濃度が高いです。このまま地下深くを探りますね――」

「待て!」

 血相を変えたアッタロスがマイオルを止めようとしたが、それは遅かった。

「えっ!?」

 マイオルのスキルで【探知】されたのは魔物、それも見たことがないくらい強力な魔物だった。

「マイオル、何が見えたんだ!?」

「魔物です! 見たことがないくらい強力な」

「気取られたかもしれん。逃げるぞ!」

 三人は突然肌にビリビリとするものを感じた。

「避けろ!」

 アッタロスがそう叫んだ瞬間、地下から「ボガーン」と音がして山肌を突き破り、何かが飛び出してきた。

 出てきたのは一つ目の巨人、サイクロプスだった。

 アッタロスとセネカは下からの攻撃をうまく避けたが、マイオルは運悪く巻き込まれ、飛ばされてしまった。

 サイクロプスは一目散にマイオルの方に向かう。トドメを刺すつもりのようだ。

 アッタロスは瞬時にサブスキルを使い、全力でマイオルの元に向かう。

「[瞬速]、[光剣]!」

 通常サイクロプスは巨体を活かした攻撃力が自慢の青い魔物であるが、いま目の前にいる個体は赤黒く細身だった。異常に動きが速い。

 サイクロプスが想像以上に速かったので、アッタロスは防御を諦めた。とにかくマイオルが犠牲になることは避けなければならない。
 身体に全力で魔力を纏い、突進する。

「マイオル!!!」

 ものすごい勢いで接近するアッタロスを見て、サイクロプスはニイと唇の端を吊り上げた。そして、方向を転換し、爆発的な力でアッタロスを殴りつける。

「アッタロスさん!!」

 マイオルを助けるために自分も飛び出したセネカが叫ぶ。
 アッタロスはサイクロプスの攻撃を正面から受け、吹っ飛んでいく。

 セネカはアッタロスが殴られるのを見て、瞬時にサイクロプスの大きい眼に向かって魔力針を五本撃った。

 バババババン!!!

 攻撃後の硬直を狙われたサイクロプスは、得体の知れない物が飛んできたので、つい大袈裟に防御し、回避してしまった。

 セネカはその隙に意識を失っているマイオルを回収して、アッタロスが飛ばされて行った方向に走った。

 アッタロスは立ち上がった。
 だが、ヨロヨロとしていて口から血を垂らしている。
 よく見ると左腕が変な方向に曲がっているが、淡く光っているので何かしらの回復をしているのかもしれない。

「セネカ、命令だ。マイオルを連れて逃げろ」

 アッタロスはこれまでになく語気を強めて言った。

「でも⋯⋯」

 セネカは逡巡している。

「逃げろ!!!」

 アッタロスは魔力のこもった声で怒鳴った。
 空気が強く振動して衝撃がセネカの身体に伝わった。

 セネカは頭が真っ白になり、マイオルを背負って逃げ出した。その様子を見ていたアッタロスは安心してひと息ついた後、サイクロプスを睨んだ。

「お前だけは差し違えてでも殺す!」

 サイクロプスは目の前の人間が何を言っているのか分からなかったが、再び『ニィ』と笑ってから構えた。





 セネカはマイオルをおぶって逃げている。
 背後から激しい戦いの音が聞こえる。アッタロスが死力を尽くして戦っているのだろう。

 セネカは戦いの地から十分に距離をとったことを確認した。そして、大きな樫の木の下にマイオルをおろし、横たえた。

 マイオルの様子を確認する。肋骨や腕は折れているが、頭に傷はなく、呼吸も問題ない。専門家に見てもらわなければならないが命に別状はなさそうだ。

「うーん⋯⋯」

「マイオル!」

 マイオルは唸っているが目を覚さない。
 セネカはマイオルの上半身だけ起こし、自分のポシェットから、キト謹製の中級ポーションを取り出した。フタを開けてマイオルの口に当てると飲んでくれそうである。
 ビンを傾けるとマイオルの身体が光に包まれ、体表のかすり傷が治っておく。

 少し様子を見ているとマイオルの目が薄く開き、身体にも力が入った。

「⋯⋯⋯セネカ」

「マイオル!」

「あたし、突然吹き飛ばされて、それで⋯⋯。アッタロスさんは?」

「⋯⋯サイクロプスの変種と戦っているよ。多分、命をかけて」

 それを聞いたマイオルの目が一瞬大きく見開いた。

「セネカ、行って。あたしは大丈夫だから⋯⋯」

「でも⋯⋯」

「キトが作った魔物避けをかけてくれれば、しばらくは大丈夫。少しだけ休むからアッタロスさんを助けてあげて⋯⋯」

 そう言うなり、マイオルはまた目を閉じてしまった。今度は穏やかに寝ているように思う。

 セネカはマイオルの言葉を聞いて、何が正しいことなのか分からなくなった。
 僅かでも考える時間が必要だった。
 セネカはマイオルを横たえ、大きな葉を何枚か取ってかけてあげた。そして言われた通りにとびきり臭い魔物避けの薬を周囲に撒いた。

 驚くことが多くて、心配事が沢山で、セネカはよく考えることが出来なくなっていた。
 どうしたら良いのか分からない。
 何が正解か分からない。

 迷う時間は、実際には半刻にも満たなかったがセネカには異常に長い時間に感じられた。

 セネカがまず思ったのは両親のことだった。
 セネカとルキウスの両親が倒したのはオークキングだった。オークキングは金級冒険者のパーティが立ち向かうような魔物だ。
 銀級に過ぎない四人が勝てる訳がないと言うのが常識だったのに、あの四人の英雄は立ちはだかり、討伐するに至ったのだ。
 それがセネカの誇りだったはずだ。
 自分もそこに至るのが何よりも叶えたい夢だったはずだ。

 次に思ったのはルキウスのことだった。
 彼は剣の才能があるだけの優しくて臆病な男の子だった。
 だけど、そんなルキウスもいつか両親たちのように自分では勝てない相手の前に立ちはだかるのだろう。
 その横にいるのがセネカの望みだった。
 あの夜に誓ったことだ。

 そしてキトのことを思った。
 自分が仲間外れにされて困っている時に助けてくれたのがキトだった。ルキウスがいなくなってから支えてくれたのはキトだった。
 そんなキトに誇れる自分でいたいとセネカはずーっと思っていた。
 キトに顔向けできないことは決してしないとセネカは決めていた。

 最後にマイオルのことを思った。
 マイオルは龍を倒すという。英雄になるのだという。二人で笑い合って、嬉しさに涙したことをセネカは忘れない。
 
 ルキウスとマイオル、二人の未来の英雄の仲間として相応しいのはどんな行動だろうか。

 両親やキトに胸を張って報告できるのはどんな行いだろうか。

「答えはでた」

 セネカは自分でも分からぬうちに走り始めていた。

 腰の刀に触れる。
 刀の柄はセネカにはまだ少し太い。
 だけど、それが力強さをセネカに与えてくれる。
 両親の凶報を聞いた夜、初めてこの刀を持った時から覚悟はできていたはずだ。セネカは自分にそう言い聞かせた。

 怖い。
 身体が震える。
 大したことのない窪みに足を取られそうになる。

 英雄とはこんなに怖いものなのか。
 自分とはこんなに無力なものなのか。
 セネカはそう感じた。

 つつーっと涙がひとすじ頬を伝ってきた。
 心が折れそうになっているのに気づく。

 再び自分に言い聞かせる。

「私は怖くて泣いているんじゃない。英雄に近づけるのが嬉しくて泣いているんだ!」

 大声を出すとストンと気持ちが落ち着いた。

 走れば走るほど戦いの音が大きくなっている。

 死地はすぐそこだ。
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