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【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている④ ~連合軍vs連合軍~】

【第二十五章】 我が道を行く者

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 目を覚ますと、既に隣にセミリアさんの姿はなかった。
 あの人は毎朝日課として剣を振っているという話だ。
 僕を起こさない様に布団を出て、恐らく今頃は汗を流しているのだろう。
 昨夜、色々と格好付けていた僕だったけど、セミリアさんの気が少しでも楽になったなら良かったと思う。
 その時に決めた通り、僕も今日からは気を持ち直して自身の立ち位置を見誤らず、その中で尽力していくという決意は一夜明けても変わりはない。
 多くの人間が命懸けで戦っていて、今の僕はその中に居る。
 知ってしまい関わってしまったならば、異世界の人間だという言い訳で責任から逃れ、一人だけ危ない目に遭うのは嫌だなんてことは許されないのだから。

「出来ることを精一杯、だ」

 そんな決意は何度目だったかというぐらいしてきた僕だけど、言い訳や誤魔化しを捨てたのは今この時が初めてなのだろう。
 人の命が失われていく横でのらりくらりしている場合ではないのだと、人の死を間近で見て、或いはセミリアさんの過去を知って再認識したとでもいうのだろうか。
 少なくともここ最近お城で姫様の相手をしながら何不自由なく暮らしていたことによる危機感の欠落は全くと言っていい程なくなっていると言える。
 立派であることよりも、賢くあることよりも、大事な物はきっとあるはず。
 僕一人というちっぽけな存在では誰かを笑顔にすることなんて出来ないかもしれない。
 だけど誰かの不幸の原因を取り除く手助けぐらいならばその意志があれば誰にだって出来るのだ。
 するべきことと出来ること、進むべき道と守るべきものをたがえず、求められている姿とあるべき姿あろうとする姿を混同させず。
 それが本来この世界にいるはずのない僕がこの世界にいる意味を持つための一番の方法だと思っているからこそ僕は。

「間違えない……絶対に」

 一つの判断が自陣、相手陣、そのどちらでもない人達、いずれかの命の行方に直結するのだから。
 起きがけに抱いたそんな思いを胸に、僕は出陣の朝へ挑むべく布団を出る。
 体感的に割と早めに起きたつもりでいたのだが、布団と二つになった枕を整理し着替えているタイミングでこのお城の使用人の女性が食事を持って来てくれたところを見るに意外とそうでもなかったらしい。
 顔を洗って食事をいただき、食べ終えた食器は置いておけば下げに来ると言われたのでお言葉に甘えてそのまま部屋を出た僕はその足でレザンさんの部屋に向かった。
 これは余談だけど、グランフェルトのお城と違ってこの国の使用人達の格好はいかにもメイドな格好である。もし今回もあの方が同行していたら泣いて喜んだことだろう。
 さておき、三つ程隣にあるレザンさんの部屋を訪ねると幸いまだ部屋に居てくれた。
 あからさまに『なんだお前かよ』的な顔をされたものの、今日の段取りに関して話があると言われれば立場上断れないのか渋々部屋に招き入れてくれる。
 いくら僕が気に食わない上官であっても副将を務めるだけのことはあるらしく、レザンさんは部隊編成に関して二つのお願いをし、その説明をする僕の話をそれなりに真剣に話を聞いてくれた。
 聞き入れてくれる見返りに下心全開の交換条件を出されたとはいえ、本来このグランフェルトの兵士の中では一番偉いレザンさんが協力してくれることで他の三百人にもスムーズに話が伝わるのならありがたい限りだ。
 そんな話も十五分そこらで終わり、レザンさんの部屋を後にした僕はそのまま城の外に出ようと思ったのだが、僕達が借りている部屋が並ぶこの別棟を出るべく廊下を歩いている途中にあるサミュエルさんの部屋の前を通ったところで足が止まった。
 サミュエルさんは勇者でありながら僕が預かったグランフェルト軍に客将として参加している立場だ。
 恐ろしく強いし、実際は面倒見もいいし嫌な顔をしながらでも僕には協力してくれる良い人なんだけど、その反面恐ろしいまでに協調性が無く怖い物知らずなのに加えて己の価値観が行動原理の全てであり基本的に他人に感心が無い。
 そんな頼もしいやら不安やらなサミュエルさんは戦場に向かう朝をどう迎えているのだろうか。
 様子見と釘を刺すことが出来るならそうしたい気持ちもあって挨拶と称し部屋を覗いてみようかと思った僕だったが、どんな理由であれ訪ねていって不機嫌そうな顔をされなかった記憶が無いので躊躇われる。
「…………」
 あー、どうしようかなー。
 と、立ち止まって逡巡したのち、そんなこと言ってる場合じゃないだろうと腹を括って怒られるのを覚悟で部屋の扉を叩いた。
 案の定面倒臭そうな返事が返ってくる。
「……誰?」
「僕です」
「…………」
「…………」
 扉を挟んで謎の沈黙合戦。
 また面倒なのが来た。とでも思われているのだろうか。
 ここで出直しましょうかと言ってしまえば今後ずっとこの対応をされそうな気がするので僕はもう一度同じ台詞を繰り返すことにした。
「僕です」
「はぁ、二回も言わなくても聞こえてるっての」
 呆れる様なうんざりした様なサミュエルさんの口調に観念したのだと勝手に判断し、僕は扉を開く。
 サミュエルさんは食事中だったらしくベッドのヘッドボードにもたれ掛かるようにして座り、パンを手に持っていた。
 髪は湿っていて、首にタオルを掛けているあたり汗を流した直後の様だ。前回みたく素っ裸の状態じゃなくて何よりである。
 そんな感想を抱く僕の心など知る由もないサミュエルさんは『つまらない話なら即刻追い出すわよ』という顔で僕を見て、

「要件は?」

 そっけなく言いつつ、一応は来客であることなど気にも留めずにパンを食べる動作を再開する。
「特に用があったわけではないんですけど、先日怒られたので朝の挨拶をしておこうかと」
「そりゃ殊勝な心がけで。と言いたいところだけど、アンタのことだからどうせ下らない話があるんでしょ」
「いえ、そういうわけでは。ただこの後占拠されている都市に向かうわけですし、どういう感じかなと思って」
「別にどうもしないわよ。戦いに赴くたびにいちいち心構えを見直すほど素人じゃないわ」
「…………」
 呆れるべきか安心するべきか、やっぱりサミュエルさんはいつだって何かを畏れて尻込みをしたりはしない。
 僕は正直に言えばサミュエルさんにも味方でいてほしい、
 しかし、今日ばかりはそれも難しいだろう。
 反乱軍である帝国騎士団にはセミリアさん達と同格であると言われる程の戦士が何人もいるという情報がほぼ間違いない様な状況だ。
 そうなればかつて魔王の少女と対峙した時と同じく、自分が死なないためには相手を倒す以外にない、そういう状況がどうしたって生まれる。
 そんな中で出来れば話し合いで、なんて悠長なことを言っていられるわけもない。それに、

『私は連合軍だろうが反乱軍だろうが向かってくる敵は殺すから』

 今思えばサミュエルさんは出発前、僕がそう言い出す可能性に気付いてそんなことを言ったのだろう。
 少なからずこの世界で行動を共にし、時にはサミュエルさん自身の話を聞いた中で分かったこと。
 それはサミュエルさんの考え方では力とは純粋な強さであり、主義主張を通す何よりも重要な要素であるということだ。
 例えば師事していた誰かが死んだという話を聞いたことがある。
 住んでいた国が無くなったとも言っていた。
 右腕はまるまる義手だし、目だって片方は作り物だ。
 そんな過去と彼女の価値観にどれだけの因果関係があるのかは定かではない。
 だけど乱世を生き抜いたそれらの経験が生き方、考え方を構築する大きな要素になっているはず。
 そんなサミュエルさんのそんな生き方、考え方を正すほど僕はこの人の事を知っているわけではないし、例えばセミリアさんと同じ様に生き方を変えてしまうだけの壮絶な過去がサミュエルさんにもあったとして、僕に今の彼女が間違っているなどと言う資格なんてない。
 仮にあのセミリアさんが復讐心を抱いていたとしても、それが普通の人間だとさえ思ってしまえる程に残酷な過去だったと思う気持ちは今なお変わりはないのだ。
 だから僕には、せめてもの願いを込めてこう言うしかない。
「絶対に……無事に帰ってきてくださいね」
「なんでアンタが心配そうなのよ。もう言い飽きたけど、相変わらずワケ分かんない奴」
「親分がいなくなれば、子分は悲しむものでしょう」
「そうなるつもりは微塵もないけど、そうなったならただ私がその程度の人間だったってだけのこと。その時は人を見る目がなかったと割り切ることね」
 間違っても自分から子分にしてくれと申し出たわけではないので人を見る目は全く関係ないが、やはりその表情や口調態度には何の憂いも感じられない。
 サミュエルさんの場合、負けるつもりがないと思っている部分も大いにあるだろうが、それ以上に負けたとしてもそれは負けた奴が悪いという考えが前提として存在している。
 ゆえに恐れず、躊躇わない。
「人の部屋来て暗い顔してんじゃないわよ、こっちの気が滅入るっつーの。アンタ如きに心配されなくても負けやしないわ。分かったらさっさと帰れ。あとそこの靴取って」
 面倒臭そうに言ったその台詞は僕を安心させようとしてくれたのか、無事に帰って来ると遠回しに約束してくれているつもりなのか、ただ単に煩わしくなってきただけなのか。
 ほぼ間違いなく三つ目だろうけど、それでも問答無用で追い出されないだけただ冷たいだけの人ではない。
 サミュエルさんのそんな性格が戦地であっても変わらずにいてくれたことが分かっただけでも良かった。
 そんなことを思いながら、背後で脱ぎ散らかされていた丈の長いブーツをベッドの傍まで運んでから僕は部屋を後にするのだった。

               
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